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「七夕ひょっとこ愛好会」鰯雲の旅(3)

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ご来光に間に合うようにとH氏に「6時ですよ!」と、声を掛けて頂く。吐き気も頭痛もないし、昨晩は酒量閾値からすると6分目ほどだが、微かな二日酔い。
坐骨神経痛の興奮性神経伝達物質の遊離遮断薬の副作用としか思えない、ぼんやりとした寝覚めである。

露天風呂へのカメラの持ち込みは禁止となっており、ご来光を撮ることは出来なかったが、黎明に霞んだ朝凪の有明に対峙し坐骨神経痛の寛解を祈念してご来光に水面下でそっと手を合わせる。

朝はバイキング、酒明けの生理的嗜好か和食に手が出る。ご飯とみそ汁、海苔、レタス数枚にハム、ベーコン各二切れ、そしてヨーグルトの代わりに牛乳、最後にいつものようにコーヒー。



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 2・3年前までは四季毎に雲仙岳(妙見、国見、普賢、九千部)の岩峰の山々で寛いだが、今は車窓からの眺望に感懐し再踏を誓う。
雲仙温泉街へと運転手はエンジンに負荷を掛けていく。

 


 見慣れた道路や景色の冴えた空気感に浸りながら「雲仙地獄巡り」へ。15人の溌剌とした高齢者の皆さんの中に、一人判らない程度の跛行で付いて行く。




 バスで長く座っていると右臀部の疼痛と、大腿から脛部にかけての痺れで膝が十分に上がらない。並歩していたお二人も坐骨神経痛の持病持ちで、リリカ75mgを服用しているとのことであった。嬉しい(失礼)ことに坐骨神経痛の大先輩である。


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 硫黄臭に包まれながら”雲仙地獄”の逍遥、皆さん方淡々とした歩調で写真を撮ることも無い。何事にも驚かない老生群にとって、佳景とは全く趣きの違う噴気と火山岩では魅力に乏しい。
僭越ながら、仁田峠まで足を伸ばして妙見岳の中腹にあるロープウエーに乗り、錦秋には少し早いが絶景を楽しんだ方が良かったのかも知れない。






 何故、この温泉街の地にビードロ美術館があるのか分からないが、1階はガラス製品の商品が並び、2階はベネチュアグラス他、有名な磁器、油絵の展示場となっていた。一見の価値あり。
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 男性3人は有料とも知らず一巡堪能して階下に下りて行く。お店の方に「素晴らしい美術品でした、管理も大変でしょう」と話しかけると、にっこりとした笑顔の返事。入館料については高齢者割引の積りで言いそびれたのかも知れない。知らなかったとは言え、大変申し訳ありませんでした。

冬期、一般の登山口となる仁田峠は侵入禁止となり、雲仙温泉街から少し登った所にシュガーパウダーの霧氷雲仙岳の登山口駐車場がある。そこを迂回し、トンネルを抜けると“妙見岳や九千部岳”の登山口がある。



 


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運転手さんが、「この山はヤマボウシで白く染まるですよ!」とご紹介する。6月の九千部岳の山肌は樹冠に白い花を付け山肌が白一色となる見事さ。

 裾野に戻り、先ずは地場名産店「みゆき蒲鉾」へと案内される。
私の一番の好みはイワシである。私に似て色はこげ茶、濃厚な味と弾力のある歯応えが素晴らしい。勿論、お土産としたい。

 江戸時代は長崎も鍋島藩の直轄領であり、石塀の武家屋敷が並ぶ奥に藩主鍋島氏の別邸が静かに佇む。本日は休観日とのことで(?)で素通り。
国見高校の元サッカー部監督の小嶺氏のお宅と国見高校を車窓から左右にちら見しながら、サッカーボールが傘となっている街灯の道を昼食の「山の寺 邑居」へ。
と、思っていたが、何故かカステラ本舗の2階で、山頂に雲のかかった雲仙岳を遠望しながら釜飯定食を食べる。

未だに分けの判らない紛争中の諫早干拓の潮受け堤防道路(7km堤防土手の上部にはローズマリーの帯)を突っ切り、207号線に入る。ユニークなバス停が次々現れる。コンクリート造りのスイカ、メロンやイチゴ、ドライバー曰く「インスタ映えし、人気スポットになっています」とのこと。“道の駅太良”へ。

M女史の「皆さんお小遣いの全てを使い果たして下さい」とのラストミッションの言葉を背中に各自お店の中へ散って行く。
明日予定の鮎の開きを肴にしたN氏宅での飲み会の為に、名産の“カキ”でもと思ったが時期尚早で店頭に並ばず。仕方なく“茹でカニ”をお土産とする。酒席にはM寺元住職、T女史、K氏が侍ることになっている。


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事前の日程表では5時着となっていたが、1時間早く到着。文化会館にバスが進入しようとした矢先にブルーの車。窓越しのご婦人(???)が笑いながらバスを避けるために駐車スペースへ。

時期を過ぎても花をつけるハイビスカス。中秋の情趣にそぐわないが、晴れの日にはコバルトブルーの空に、その真紅が一層映える。少々場違いの写真であるが、花の無い紀行文に一つ載せてみた。







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by 1944tourist2004jp | 2018-10-10 12:15 | 趣味 | Comments(0)

「七夕ひょっとこ愛好会」鰯雲の旅(2)

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 潮の香りとカモメの飛来とくればフェリーの定番、利尻・礼文島以来である。長洲港より雲仙市多比良(たいら)港へと、僅か45分ながら清秋の温泉旅行。

 バスの中は、何故か直近の”ひょっとこ”の並びを踏襲し、“きつね”の私は一番前、2番目は世話役の“おかめ”Iさん、そしてMさんに序で“ひょっとこ”の皆さん方 。

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 女性が居ると、高齢者とは言え華やかさと艶が潮騒の如く溢れ、お世話も十二分に行き届く。
クーラーボックスにはビール、酎ハイ、お茶にコーヒーに”おつまみ”のお菓子、そして何方かが持って来られたゴーヤの佃煮と至れり尽くせりである。
男性だけの旅行だとこうは問屋が卸さない。がさつで、話題も飛躍することなく続かないし、世話も拍子抜けするほど行き届かない。やはり女性あっての男性群である。



 バス一番で、出てきたゴーヤの佃煮。大好物でありビールのお供にしたいほど美味いが、陽が上がっている間はどうしても飲めない酔漢の私である。
 バスの運転手さんの話しも面白いが、「人生はアゴしだい!!!」に始まる、事務局のM女史を”ドン”と柱に据えた女性群の話もユーモアとウィットに富んで、これまた笑いが絶えない。

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多比良港に到着すると、腹が減っては戦は出来ぬとばかりに、真っ先に昼食。予約済みの“とっとっと” 食堂に入る。

 北部九州の方言、先着として“とってますよ”とか、何かを“残してますよ”と言う意味と思うが、当食堂の名前は鍋島藩松平家の米蔵3棟の1棟を残して食堂にしたことに由来するらしい。土壁で屋根は高く、印象的な梁は見事である。
 何故か分からないが、傍らに龍馬と勝海舟が初めて長崎に上陸した記念碑が建っている。しかし、この入り江なのかどうかは不明である。





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腹熟しに定番の地元名産品店の漬物屋を訪ねて買い物を15分程度、それから島原の乱の主戦場となった堅牢な原城跡を散策し、有馬キリシタン遺産記念館では江戸初期から明治維新までの禁教令に始まる残酷極まるキリシタン弾圧の歴史を十二分に勉強をさせて頂く。日本歴史の悲しい1ページであろう。
人権が守られ、信教の自由もあり、平和を満喫している今、秋麗の鰯雲の下で雲仙岳をバックに集合写真を1枚。幸せな日本人である。



 16時過ぎ、早目にオーシャンビューの“ホテル南風楼”にチェックイン。直ぐに露天風呂へ、残照に眺望する有明海の平面的な薄墨色の海原の対岸は熊本県。
同部屋のS・H両氏3人で気持ち良く湯船につかっている時、階上の女性の露天風呂では、冗談の延長線上でM女史が漁船に向かって仁王立ちとなり「“どうぞ”と 大きく手を広げると漁船が鋭角的に曲がって向かってきましたよ!」と、翌日のバス談話で面白可笑しく一花咲かせてくれた。流石に脚長の肉体美、万歳!。真に、何処までも大胆で面倒見の良いMさんである。

右臀部から上下肢の痛みを少しでも緩和するために長風呂をしていると、S氏が「自分も坐骨神経痛に罹ったが、整体で腰椎の歪みを治して貰って以来、月1の整体通いで調子良い」との有難い情報を頂いた。

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(原城跡から見る雲仙岳の峰々)
 

 満潮時には露天風呂の水面延長線上に水平線が重なり、明日10月9日は6時17分にご来光を拝めるとのこと。

 そして、18時半からの宴会は時を忘れる程に、予想に違わぬ程に、また”おひねり”を投げたい程に大盛り上がり。
会長のT氏とC女史の日舞を基本にした玄人はだしの掛け合いが How wonderful!内臓が反転する程に笑い楽しんだ2時間であった。
酒席の場にスマホを持参できず動画が無い。残念至極!!!












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by 1944tourist2004jp | 2018-10-09 22:24 | 趣味 | Comments(0)

「七夕ひょっとこ愛好会」鰯雲の旅(プロローグ)

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 “七夕ひょっとこ”愛好会に入会して3年目、今年も各地域の夏祭り、敬老会、或いは養護老人ホーム等でひょっとこ踊りをご披露して、10月8・9日はホテル送迎の慰安旅行。
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(平成新山をバックにした国見岳の紅葉)

 月々千円を積み立てして毎年旅行することになっているが、昨年は行事や個人的理由が重なり延期の果てに中止となっていた。

 ほぼ65歳以上の高齢者の温泉旅行。いかなるハプニングがあるのか、また私が酒席で如何なる体たらくを発揮するのか楽しみである。
いずれにしても多勢に無勢の男性5人、全てを仕切る女性群のなすがままに付いて行くことになるのだろう。










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 数年前までミヤマキリシマ、ヤマボウシ、紅葉、霧氷の時期に登っていた雲仙岳を久々に遠望する旅行でもある。(貼り付けた写真はその時々のもの)
(霧氷とは雲・霧などが氷点下で、北風に吹き付けられ木の枝へ付着し成長した氷の結晶)


                         (妙見岳から国見岳への尾根筋の霧氷)
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文化会館を9時出発。先ずは一般道で長洲港まで、そこからフェリーで雲仙市の多比良港へ。
“とっとっと食堂”で昼食し、お土産店(お漬物屋)、隠れキリシタンの里を逍遥後、北村西望記念館に行き、宿泊先の「ホテル南風楼」に入る予定となっている。






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(九千部岳のヤマボウシ)


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 雲仙を源泉とする温泉でご老体を存分に癒し、18時半から宴会予定。“七夕ひょっとこ”愛好会は、その名の通り酒より演芸である。

(普賢岳山頂から平成新山を望む)

 






 翌日の9日は「みゆき蒲鉾」、「雲仙ビードロ美術館」、「雲仙地獄巡り」、「山のゆうきょ」にて昼食を摂り、諫早干拓潮受け堤防道路を通り、”キツネノカミソリ”の群生の多良岳や経ヶ岳の多良山系と有明海、山の幸と海の幸に恵まれた地「道の駅多太良」で最後のお土産を詰め、バスに揺られて夢見心地の中で17時到着予定。さぞかし面白い旅行になるだろう!





 

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by 1944tourist2004jp | 2018-10-07 18:40 | 趣味 | Comments(0)

「初めての落語」

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 公民館の食堂。縦長の12畳ほどの広さにテーブルを向かい合わせに丸椅子が20脚程度、小規模な会議や種々の愛好会等が利用する。

190戸超の小さな自治会の老人会も2ヶ月に1度の定例会で利用している。私は未だ加入していないが、飲み先輩から誘われて一度だけ参加したことがある。催事について色々と意見を交換した後、仕出し弁当を前にして、お楽しみのお酒とカラオケで賑わう。

敬老会対照(75歳超)の方々でも80名ほどいるし、65歳以上ともなると100人は越えるだろうが、会員は未だ20人程度しかいない。










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 私が思うに、共助が少なくなってきた今日、定年退職後の開放感を満喫しているのに、また組織に縛られる煩わしさ、時には老人特有の頑固で柔軟性に欠ける方向性への嫌気、或いは個人間の感情の縺れがある方がいるかも知れない。



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 自治会長時代に僅か1万円であるが、予算で補助金を組んだ経緯もあるし、個人的にお付き合いしている方もいるので、勧誘される度に悩んでしまう。
敬老会対象年齢(75歳)を前にして、”老人会”との言葉の響きに抵抗を感じているのかも知れないし、また少なからず組織に縛られる窮屈さがあるのかも知れない。



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 昨日18日、その「老人会」で落語を初披露した。

落語への出発点は私が属している“ひょっとこ愛好会”での忘年会にある。

 20数名の会員の芸達者振りに、何かを身に付けなければ居場所が無いと思案した挙句の果てが“落語”だった。

演目の選定は、定年退職前に生で観た“三遊亭歌之助”師匠である。ユーチューブから引っ張り出した彼の話芸にSDと笑いながら“B型人間” をターゲットとした。

40分弱はあるだろう演目を、個人的に面白い所を15分程度に編集し直し、ウォーキングや野良仕事の行き帰りに反復練習。そして、何処かで披露する約束をしておけばある種強制的な励みになるだろうと、農作業の道すがらに時々お会いする老人会の方に「定例会で落語をさせてくれないだろうかと」話すと、「マンネリ化してきたところで是非お願いします」と、快く会長に取り次いで頂いた。

 
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人前で話すことに緊張することはないが、73歳にして初挑戦の落語である。噛まないことと、言い淀まないことだけに気を遣った。

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“呆け” 防止等が落語への切っ掛けと、数分照会した後に縮小版“B型人間”を話し始めた。

 幸か不幸か教室形式でなく、直接的に皆さん方の反応を捉えることは難しかったが、ほくそ笑む先輩方の顔々に流れを削ぐことも無く、また言い淀むことも無く、常に全員を見渡しながら話し終えた。

 プロの表現力や表情の豊かさとは雲泥の差があったろうが、私なりに95%以上の出来と満足できたし、事後の拍手や懇談で皆さん方から感謝されていたことも分かった。

 しかし、酒席に変わり老人会への加入のお誘いには口を淀まさざるを得なか
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by 1944tourist2004jp | 2017-05-19 13:00 | 趣味 | Comments(0)

「囲碁天元戦第3局」

f0201348_22465298.jpg 認知症は直近の話題や体験を忘れ、一方古い過去については決して置き去りにしないと言われている。
私も時間的尺度は不透明であるが、直近の事を度々忘れ自己嫌悪に陥ることがある。忘れたことを認識しているので、まだ問題無しと思っているが、それなりに将来を不安に感じるものである。
認知症が進むと、現実の妻や子供達の顔を忘れ、鮮明に覚えている若き日の顔の思い出を頼りに他人と思い込む日が来ないとも限らない。

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 ブログに残した特記事項を、「昨年の今頃はどうしていたのかな・・・」と時々振り返えるが、記憶力の劣化の所為か時間的誤差を相当感じている。
昨年12月は、同窓会の余韻を二日酔いの中で楽しみ、冬野菜の収穫と食卓の喜び、そして見逃せない特記事項はコザクラインコの逃亡である。
私達を親と思い込んでいることに慢心して、ケージの掃除をしている時に私が薄暮の野外へ逃してしまったことである。30分以上の捜索の結果、家から5・60m離れた家並みでSDの「○○ちゃん」と呼ぶ声に、聞き慣れた鳴き声で反応した時の嬉しさ。暗く見知らぬ家の軒上での不安な姿、私達の呼び声で手元に戻って来た我が家の奇蹟である。

f0201348_22533233.jpg そして、今年12月1日の特記事項は、趣味としている囲碁の天元戦の話題である。対戦は名人位を高尾九段に譲って尚6冠の井山裕太天元に19歳の気鋭の一力遼七段の挑戦手合い、1勝1敗後の第3局。
私は、過去3回ほど番碁の大盤解説を見に行ったが、いずれもホテルでの対局で解説場は溢れんばかりとなる。今日は宗像市ユリックスでの対局、大盤解説場は階段状になっているので大人数でも相当ゆとりがあり、前に行く必要はなく皆さん方齷齪と席取りはしない。
1時開場、三村九段と万波女流棋士の解説で2時から始まる。

f0201348_22545871.jpg 白番一力七段の優勢で中盤まで推移するが、白の大きな地の中で3・3に打ち込んで隅の生死を見ながら井山マジックで逆に白石を仕留め、秒読みに追われながらも無難に終盤を乗り切り中押し勝ちで井山天元2勝1敗とする。
 途中、“次の一手”問題に解説者が示すA案とB案、その他C案が提示され、参加者が選択し当てた者から抽選で、対局者や解説者が一筆認めた色紙やセンス等が記念品として渡されるが、私は今回も手ぶらで帰る。
一期一会、隣の丑年の年配者から話しかけられ、休息時間に囲碁談義に花を咲かせたが、その彼が高尾現名人のセンスを貰った。羨ましい限りであるが、一期一会で3時間半楽しんだ彼が貰ったのだから良しとしよう。


 今朝の新聞に九大の先生が苦心の末に発見したと言うか創出した原子、第113番目の原子名「ニホニウム」が認められたとのニュース、アジア人として初めて周期律表に日本由来の名前が載ったことは、ノーベル賞に匹敵する誇りかも知れない。



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by 1944tourist2004jp | 2016-12-01 22:55 | 趣味 | Comments(0)

「ひょっとこ愛好会を退会」

f0201348_21925100.jpg 23日の練習日をもって「Rひょっとこ愛好会」は解散し、次月よりH小校区公民館のサークル活動へと統合されることになった。
そして、私は今日25日のH公民館での練習日に、ここ数回、最後尾を相前後して踊っていたY会長へ“日向ひょっとこ夏祭り”の写真にお礼の文章を添えて、サークル活動からも退くことをお話しする。
昨年の7月に始めて13か月後の今、先導する“キツネ”やお淑やかな“オカメ”と違い、後に続く“ひょっとこ”の魅力をやっと分かりかけてきたところである。
 ネットで保存会の模範演技や夏祭りetc.を観たり、また自分なりに「如何に観客に笑って貰い、子供達を喜ばせるか」と、踊りを工夫しながら練習していると、下手は下手なりに分かって来るものである。
また、狭い部屋で、しかも如何に効率的に練習すれば上達可能かと考えた1年でもある。分かったことは、練習方法によって1日に精々5分も練習すれば、名人に近づけなくとも底辺の仲間入りは可能だということである。
 夏祭りや老人ホーム慰問での俯瞰的な自分の踊りは、正調“ひょっとこ”から程遠いかも知れないが、「ご老人や子供達にそれなりに喜んで貰えた」との自負が、早合点と分かりつつも自信になった。


 その魅力を知り得た今、このまま残り少ない余生から捨て去る積りは毛頭無い。
そのきっかけを作って頂いたFさんには感謝するが、Fさんご自身が習っている先、或いは保存会と、揺れ動く朝三暮四的な指導で”3歩進んで2歩さがる”現状に限界を感じ始めた。
 保存会の方々は基本をマスターした上で、面白可笑しく、そして枠からはみ出した踊りであることを理解しなければならない。
私が指導者に求めることは、保存会が出している基本動作のビデオのみで教え、随時個々の身体的個性を理解した上での踊りを尊重してあげるようにしないと、皆さん方嫌気がさしてくるのではないかと危惧している。観客を喜ばせ得る個性ある集団の愛好会であって欲しい。
 私は、「一つ借りをかえせたかな!」でも書いたように、「スポーツや芸術等全てに於いて基本が非常に大切であることは論を待つまでも無いが、田楽や祭礼の道化師的存在と知れば、私は観る方々を喜ばせるスタンスで個性を大事にしたいと思っている。72歳(!)の初心者にして生意気であるが、主張したい動作を織り交ぜながら黙然と練習の列に従っている」と、家では基本練習をして我が道を貫いていた。

 27日は市民祭り、人伝にどこかの愛好会が駅前広場に繰り出すらしい。


f0201348_218224.jpg そして、27日7時半予定の”ひょっとこ踊り”に間に合うようにと、7時過ぎに駅前大通りを交通封鎖した会場へと入って行く。
地元の太鼓愛好会の演奏3曲、透き通るような音色の横笛とコラボする和太鼓の壮大な音は、いつ聞いても胸を打つ、やはり日本人である。
 ひょっとこ踊りが始まるまでの間、出店など雑踏をうろちょろしていると、自治会長時代の監査のKさん、今日お世話になった自衛隊広報課のKさん、そして”Rひょっとこ会”のFさん、そしてM1行政区で踊った時の区長のTさんにお会いする。
全て相手の方からお声掛け、何とも目立つ髭である。
 予定より30分遅れてテンテコテンのリズムが鳴りだす。道路の中央を20名以上の方々がうねり踊る。毎年恒例の”ひょっとこ会”らしいが、観客の皆さん方は少しでも近づこうと踊り手へ接近していくが、何の違和感もなくお互いに握手したりおどけたりと楽しんでいる。
祭りでの踊りはあくまでも観客が主役、踊り手も型に拘泥することなく余裕をもって踊りたいものである。
背中を見ると、如意輪寺の風鈴祭りで踊られた愛好会の方々であった。
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by 1944tourist2004jp | 2016-08-25 14:39 | 趣味 | Comments(0)

「平成28年3回目の夏祭り」

 来年の農作業の参考に書き残して置きたい。
f0201348_993517.jpg猛暑に隔日菜園で収穫と水遣り。ネットのキューリは3本とも既に枯れ落ち、今ではアップルゴーヤも日に2・3個と少なくなりつつある。代わって若干苦味のある濃緑色の細長いゴーヤが点々ネットにぶら下っている。
「日に2回収穫できる」オクラは10数本、そしてピーマン類は赤と黄色のカラーピーマンを細々と、ベーナスは思いの外に長く収穫できている。

 今日20日は今年3回目の夏祭り、同じ小校区の三沢神社である。
5時過ぎまでの暑い盛りは室内で、孫は夏休みの宿題と借りてきたDVD。SDが主婦としての仕事に追われている中、私はネットで時間潰しに囲碁や麻雀を楽しむ。
 先日、「勝負事は下駄を履くまでわからない」との言葉を実感した。私は相当沈んでいて、満願以外では“ケツ”を免れることの無い“オーラス”、

ここまで書いているところで※オリンピック男子400mリレー、米国を差し置いてジャマイカに序で堂々の銀メダル:ついつい応援の声が大きくなり過ぎたが許して貰おう!万歳!万歳!万歳!夢が広がるTOKYO五輪※

 リオ・オリンピックでの日本の活躍は目覚ましい。
金メダルを量産している柔道やレスリング、そして男子体操やバトミントンで「君が代」聞く機会が非常に多く、孫達も教えられること無く自分の国の栄誉と同時に“日の丸”掲揚と「君が代」を聞くことにより、愛国心が増すことだろう。
”愛国心”と言うと、直ぐにノイジィー・マイノリティーが目を剥くかも知れないが、親兄弟を愛するように国家を愛することに何の違和感もなく、己のアイデンティティーを確認するために必要なことである。


 麻雀の話しに戻して、10巡目で「ホンイツ・ハツ・ドラ1のイーシャンテ」、そして私より持ち点が7千点ほど多い3番手の親がリーチ。これで万事休すと思っていると、私の“カミチャ”が2巡後に突然のツモと同時にシンバルのような音。見ると“国士無双”の役満である。お蔭で私は辛くも3番手となり、1800点台を維持することが出来た。




f0201348_9104134.jpg 陽も陰らない5時過ぎ、ビーチサンダルを引っ掛けひょっとこの衣装等を入れたナップサックを肩に、神社へと汗の20分。
到着すると直ぐに差し出されたお弁当を食べ、2演目後のフラダンスが終わるとひょっとこの衣装に着替える慌ただしさ。
 今日は”ひょっとこ大会”ではないので自由に、大袈裟に思う存分踊ることを心に決めて臨む新米ひょっとこ。おばさん達には腰を振り、子供達には“髭ダンス”風に両肩をすぼめながら近寄って行く。
 お母さんに抱かれて泣く幼児にはお面越しに「ごめんね!」と声を掛け、小学生には極力顔を近づけ喜びの雰囲気を共に味わう。
「肢の毛でおじいちゃんってすぐ分かったよ」と言う孫にも2回ほど大接近して終了。
22日には緑寿館に続いて、老人ホームで予定が組まれているがどうしても都合がつかない。

 晩酌のウィスキーの美味しい事!4杯でかなり酔いがまわり、400mリレー金メダルのビデオを数回観た後、ネット囲碁でぼろ負け。そして孫と花火。

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f0201348_9273769.jpg 翌日、「上野盛果園」へ孫を連れて行く。
毎年盆明けに訪れ親戚や友人へ送ることにしているが、今年の巨峰は暑さ続きで散水が大変とのことであった。
例年のことであるが品質は良く、小粒ながらとりわけ甘味は素晴らしい。
帰り際に巨峰ワインを頂く。有難うございました。


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by 1944tourist2004jp | 2016-08-21 09:49 | 趣味 | Comments(0)

「日向ひょっとこ夏祭り」

 日向市を9時に発ち帰福の約5時間半。会長と先生が運転を交代し、私は後ろで昨晩の“日向ひょっとこ夏祭り”について談笑する気楽なドライブである。気忙しい私の運転に比べ滑らかでスピードに変化が少ない非常に優しい運転である。私も見習わなければならない。
「来年はマイクロバスを仕立てて会長運転で10数名で行きましょう」と、昨夜の興奮の余韻を残すかのようなF先生の言葉に会長初め4人に異論があろう筈もない。


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f0201348_9155854.jpg 未熟な私達の教室から8月5日の個人戦出場は無く、8月6日の集団パレードにF先生は“福岡ひょうきん族”の列に加わり、私達4人は個人出場枠の“にわか連“86人の中に名を連ねる。








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 夏の陽射しに一汗掻きながら待ち合わせのF先生宅まで15分のウォーキング、家並みの生垣から覗く百日紅の濃い紅色、淡いピンク、そして純白の花が蒼穹に映え、その美しさが蝉時雨を存分に忘れさせてくれる。約束の時間通り8時に日向市へと先生がハンドルを握る。

f0201348_9302133.jpg 熊本地震で途中通行止めになっているだろうことを想定しながら、日田市から一般道に入り小国経由で“やまなみハイウェー”の瀬ノ本高原、“荒城の月”の岡城を経て、岩峰「大崩山」への分岐道がある326号線を下って延岡市から日向市に入るルートを設定していた。

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 案の定、松原ダム手前で通行止め。温泉地帯に張り巡らされた若干狭い道路を縫いながら、いつしか私がいつも九重連山に入る道路へと出る。
後は一本道。途中、行きがけの駄賃として502号線沿いにある“原尻の滝”に寄り昼食をとる。私は”椎茸のチーズフライ定食”に少なからず満足して後部座席に着く。老生の5人、途中トイレタイムで道の駅に寄り日向市へ一直線、14時20分に”ホテルメリッサ日向”に到着。


f0201348_9353492.jpg 高架となったモダンな日向駅前に在り、更に私の4階の角部屋から会場の舞台が一目に入る。

f0201348_937419.jpg そこから延々とした待ち時間。
6時のパレード開始まで駅前広場のひょっとこ関連の露店を廻り、パレード後の9時半の夕食懇親会までの繋ぎとして、ネムの木立に日陰を求めビールに焼きそばを添えて軽く腹拵え。

           (観光客にひょっとこ踊りの指導)⇒
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 北は北海道から南は鹿児島まで、2千人超の参加者に噎せる会場。
1コース20~30mを7コース踊るが、概算1kmの道程に2千人の踊り手と観光客や応援の人出。予想を遥かに超えての待ち時間に、コース毎にボランティアによるスポーツ飲料と水のサービスを受けるが、茹だる汗と立ちん坊の下肢への負担はそのまま気分を徐々に削いでいく。

f0201348_12142615.jpg 一つの救いは私達4人の前には個人戦で2度の金メダルを獲得したNさんがいる。踊りの合間々々にコツを習い、踊りに魅了されながら、また経験談で決して飽きさせない彼である。
 反面、その名人が傍らに侍っているお蔭で、観客の私達への視線も笑いも拍手も無く、全てを毟り取られ唯々諾々と基本に徹しテンテコ テンテコ テンテコテン。
更に、”にわか連”には一番人気の子供達が後ろで可愛らしく踊っているので、視線の無さを肌身に感じる。やはり囃す観客あっての踊り手であるし、同時に「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」も実感する。
 73歳の名人の薀蓄ある言葉と踊りには余りあるほどの匠さが漂っている。私が一番足りないと感じている「切れと間」を踊りで見せてくれる。そして、指先から爪先まで神経の行き届いた一連の流れるような動きに30数年積み重ねた練習の日々を垣間見る。
また、彼のお面は自分流に特注した恵比寿様のようであり、軽くおどけ顔に品も備えている。そのお面はやはり彼にしか似合わない。
そのお面を撮りたく「宜しければお面を撮らせてくれませんか?」とお願いすると、観る人を喜ばせる精神そのまま、その場でお面だけではなく切り取ったように形(なり)をしてくれた。永六輔さんや曽野綾子さんの言葉通り、73歳にして世の中に借りを返している。
 偶々、彼が片手間で繁殖和牛を飼っているとの話から、共通点を見出した私は、先ず東国原前知事がTV番組(プレバト)で詠んだ俳句を先生が手直しした「ひまわりや 畜魂29万頭」の句を話すと、「いやー素晴らしいですね!」と、当時を感懐するような態で即座に反応して頂き話題が拡がって行く。
 競走馬に匹敵するように遺伝子検査によって厳しく守られる黒毛和種の系統や、家畜法定伝染病による殺処分と移動禁止の範囲を理解しているので、僅か数キロ離れて家族同然の牝牛の殺処分を免れた彼の気持ちを忖度するにつけ、その素直な喜びが手に取るように分かる。私も当時担当していた事業で、本県への侵襲時の実害とリスク管理システム作りに苦労したことを思い出す。


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f0201348_1242741.jpg 最後は観客の待つメイン舞台を全員が踊りきって審査発表に入る。既に9時を過ぎている。朱に染まった最終の審査発表会場に名残り惜しさを落としながら、9時半となっていた懇親会の会場へと会長と人垣を分け出でる。
 N名人が”にわか連”の最優秀賞に輝いたことを特筆しておきたい。(残りの成績は「2016日向夏祭り」http://www.hyottoko.jp/で)





 10時前から“福岡ひょうきん族”の方々7名と合同懇親会、当然のように深夜まで大盛り上がり。
3日前に参加した自衛隊O駐屯地での「真夏の集い」で缶ビール2本飲んで、卑しくも72歳にして冷酒を4合飲み干し、目が覚めると玄関で寝ていた体たらくを思い出し、f0201348_15354299.jpgf0201348_1536050.jpgジョッキの後はお湯7に焼酎3をお隣の女性に作って頂き、二日酔いが出ない程度に杯を重ねた。
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 帰りはほぼ同じルートで竹田へ、途中11時前にSDから”萩野=金、瀬戸=銅”のメイルが入る。道の駅でレモンソフトクリームと”ゆでもち”(ひしゃいだ餡餅)をご馳走になり、往路より1時間ほど早い帰着となった。



f0201348_105432.jpg そして、4時間半後の7時からは先生の行政区での夏祭りの”ひょっとこ踊り”。
珍しく17人の大所帯、開始から間もなくの夕立に、会場を傍らの公民館へと疎開するが、スコールの如き雨上がりの良さで、区民の皆さん初め直ぐに元の公園へと取って返す。
 昨晩から来ているSDの妹もいる中、子供達を極力喜ばせながら、また日向夏祭りで消化不良になっていた分を倍返しにしながらの思う存分に10分間の踊りをする。

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by 1944tourist2004jp | 2016-08-08 09:47 | 趣味 | Comments(0)

「晴耕雨描」

 熱射病と隣り合わせの野良仕事。
水田と菜園に囲まれた私達の畑、貴重な夏野菜の葉や実を食い荒らす害虫を寄せ付けないために、そして近傍の畑にご迷惑を掛けないためにも雑草は適度に刈っていかなければならない。

f0201348_11123097.jpg 家庭菜園を始める時に、決して機械に頼らないこと、そして二人で協力することをモットーにしていたので、遠くに耕運機の呻る音、また草刈り機の唸る音を聞いても、黙々と鍬で畝を起こし鎌で雑草を掃わなければならない。
そして、栽培の知識と方針はSD、肉体労働は私との役割分担に何の違和感もなく続いている。
 借りている休耕田は4畝ほど。放置している70坪超も責任上草刈をしているが、一通り刈り終わる頃には”振出し”に戻る炎暑の”すごろく”。
おまけに、昨年来「三無し農業」を実践しているので、冬野菜の畝造りに向け、枯草も豊富にとっておかなければならない。老生にとっては健康に良い運動を通り過ぎ、過酷な農作業である。


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f0201348_17174598.jpg 2時間弱の畑仕事に疲れ果てるようにして帰って来ると、一風呂浴びるのがやっとである。そこに出て来るしっかりと冷えた赤紫蘇ジュースを立て続けに2杯。口腔、食道、胃にしびれる冷たさを感じてやっと生き返る。


f0201348_17204573.jpg 昼からの雨に、ネット碁にも飽き絵でもと思い立ち、「野菜は旬でなければ」と表題を決め、取れたてのカラーピーマンとゴーヤを小盆に置く。
 水彩画を描くのは7・8年振りかも知れない。中々と手が進まないが、書き出すと適当&適当と5分程度で下書きをし、パレットから色を落していく。
至極当然であるが、「鮮やかさと立体感に乏しくない!」とSDから注文が出る。「下書きも無く一発勝負の素人の絵だ!あったり前田のクラッカー!」。


 プロとアマの違いについて、英文学者小田島雄志さんの駄洒落、「その道に苦労するのが玄人。その道を知ろうとするのが素人」と、今日の新聞に載っていた。






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                           2枚目を今夏の絵手紙に””残暑お見舞い申し上げます”
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by 1944tourist2004jp | 2016-07-26 17:15 | 趣味 | Comments(0)

「クンシランが凍傷に」

 鳥類は生まれて(孵化)きた時に、最初に見た動物を親と認識するらしい。鳥類店で売るほどの雛として対面したにも拘らず、私達を親と思っていて二人がいなくなると、外まで聞こえる甲高い鳴き声を連発する“コザクラインコ”。
失敗に懲りて部屋で放して、朝食前に外で掃除することにしているが、今朝は僅か数分の作業で指先が痛くなるほどの冷たさを感じた。温度計を外に出すと2℃を切って、暗雲から今にも雪が落ちてきそうな気配である。と、言った傍から降りだし、あっという間に近隣の屋根が白くなる。
先ず、脳裏を翳めたのは「初午奉納の“ひょっとこ”が昨日で助かった」との思いである。しかし、1時間もしないうちに雨どいに音がしだす南国の地。

f0201348_14441290.jpg 1月末の寒気団襲来時に起きた我が家の”ぼけ”を認めておかなければならない。
「可哀そうなことした!」と嘆くこと頻り。花については、こよなく愛し、労を労とも思わず世話をして、常に用意周到なSDであるが、水道管凍結等の準備でど忘れしてしまったのか、はたまた加齢のなせるところなのか分からないが、屋内に入れ忘れた5鉢を無残にも寒冷と雪で凍傷にしてしまったのである。無事にしているのは玄関に入れていた2鉢。

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 末娘も帰って来た時に「随分可哀そうなことしたね!」と言うほどに、肉厚の葉は完全に萎れている。
私も写真を撮ってみてその”惨さ”を改めて感じたのであるが、「枯れてはいないので持ち直すだろう・・・」と慰めにもならない言葉を呟きながらPCの前に居場所を求める。一方、その惨劇(?)を凝視しながら,SDまで萎れきっている。

f0201348_1571822.jpg 「生物は本当に豊かで面白い!」と言ったらSD怒られそうであるが、寒冷や雪に負けず青々としている冬野菜を見るにつけ、その違いは何処にあるのだろうかと不思議でならない。
紅葉の機序はネットで分かったが、細胞膜の構造や細胞内液の氷点の違いなど、専門家に聞いてみたいものである。

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 「夏場の雑草は冬を越して、己の季節になると刈れども刈れども繁茂して私を困惑のどん底に落とし入れる」と言うことは、クンシランも根は生きていていずれ綺麗な花を咲かせてくれる筈である。が、私に確信はない。






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         (平成27年4月28日)
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 ハンドルネーム“甘党&酔漢”が注目した新聞の記事。
その1は高梨沙羅のWCでの快挙である。今シーズン11戦10勝で2位が一回、現在9連勝中で日本時間深夜の大会に10連勝がかかる。第4戦の札幌大会からTV観戦しているが、別格の強さに毎回日の丸と君が代。他国の代表達も飽きる以前に、その強さに完全脱帽し尊敬の眼差しや態度が見える。
大倉山シャンツェの上に立った時の恐怖以外知らないジャンプの世界で、技術的なことは全く分からないが、飛び出しのタイミングと直ぐの前傾と飛行中のぶれない姿勢が自然条件を消化し距離を伸ばしている要因だろう。余りの痛快さに、飽きることなく炬燵に入って二人で喜ぶ女子ジャンプWC観戦である。
 今一つは、国が定める「アルコール健康障害対策推進基本計画」に基づき、各都道府県に専門医療機関や相談所を精神福祉センターや保健所を設けると言うものである。日本は本当に「至れり尽くせり」の国である。
自己責任で飲んでいる酒に国が関与する必要も無いと思う。シートベルトと全く同じ発想である。人生を大切にする常識的精神があれば済む話である。
表向きは飲み過ぎによる高血圧、糖尿病、がん、また依存症のリスクを啓発したいとのことらしいが、酒気帯び運転などで他人に多大な迷惑を掛けたり、DVで家族に困らせたり等の事件に結びつく問題は既存の窓口で処理できるのではないだろうか。と、解釈しているが、多様な意見があるのも理解できる。
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by 1944tourist2004jp | 2016-02-07 15:05 | 趣味 | Comments(0)