「低山逍遥」その3の2

f0201348_9395353.jpg 居酒屋の連荘とお呼ばれでここ数日午前中の頭はお留守、そして離せない池波正太郎の文庫本に心身ともに占領されブログの更新がままならない。
そして、写真を開きながら思い出し思いだし書き綴る低山逍遥その3である。

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 f0201348_9433422.jpg露岩のクラックを楽しみながら急ピッチで登って行く、名前は思い出せないが両傍に山野草の小さな花、そして地面に落ちている花弁で気付くミツバツツジとフジ。
 数ヵ所に休息所兼展望所が設けられているが重く垂れ下がる雲に佐賀平野の遠望は利かず、写真を1・2枚撮って立ち去る。
うらぶれて今にも崩壊しそうな中宮の小屋と、後ろの巨岩の対比を如何様写そうかと沈思するが素人写真家には難題である。


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 親不孝岩の案内板に行き当たり、登り着くまで名前の由来を考えたが、案内板の紹介とほぼ同じであった。修験者は巨岩の切っ先に鎮座瞑想したことだろう。
山には稚児落しなど、放送禁止用語に近い名前が付けられているが、仏教修験の山に多くあると言うことは戒めの表現なのであろう。

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いつしかの聞き覚えで、山(やま、さん)、岳などの読みや表記の違いは、宗教に関係のある山は“さん”や岳を使い、関係のない山は“やま”と読むらしい。


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 宗教バリバリの“土器山”を何故“かわらけやま”と称しているんだろうと不思議に思っていたが、山の本には別名“八天山:はってんさん”と括弧書きしてあり、山頂の掲示板には秀麗な三角形の“神奈備山:カンナビサン”とも表記されていた。
また、山頂直下の大岩は確かに“磐座”然とした佇まいであった、納得。
 宝満山に似て、寺社の本殿前の石段を上がると地味な山頂であった。


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by 1944tourist2004jp | 2015-04-20 09:55 | 山登り | Comments(0)
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