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「敬老会のシーズン」

 先日、民進党の新代表に蓮舫氏が選出されたが・・・・。
敢えて二重国籍問題は問わないとして、左から右まで外野の守備範囲を広げ過ぎて球は点々とフェンスまで転がった政権運営、党内の政策論争に火は点くが噛み合わず自民党への対案をまとめきれない。将又、共産党と選挙協力をする無節操さに加え、ポピュリズムに偏りがちな現党に全く興味がないのは私だけであろうか・・・・。
 枡添前東京都知事や富山市会議員の国民を馬鹿にしたような“超せこい行動” 、そして飛び火するかのように築地移転の問題など、政治家・官僚と一部企業の癒着問題と泥沼は果てしない。
M老害の入り混じる2020年東京オリンピックの公共事業の予算額は果てしなく膨張する。嘆きたくなる日本の政治家のモラルと官僚の情報の出し渋り、行政と議会が癒着しているからチェック機能を果たそうにも果たし得ないのが現実なんだろう。
 反面教師的に楔を打ち込んでくれた野々村議員に始まって、枡添前都知事、富山市議員、そして都庁や都議会の皆さん方、国民に分かり易く教えてくれて有難うございます。
国民に「飲み過ぎるな!」と言っても無理だろう。

f0201348_198654.jpg 庶民は。
夏祭りに並んで“ひょっとこ”は相応の人気があり、私が新しく所属した愛好会も18日は昼と薄暮のダブルで組まれていた。しかし、野外での踊りとなっていた夕方は、台湾南部を直撃したスーパー台風14号の余波と16号の九州接近により中止となった。
 昼過ぎ、激しい雨にライトを点けワイパーを最強にして、KI公民館へと15分ほどハンドルを握る。1時間遅れの開会で、“ひょっとこ”の衣装に着替え、新参者として馴染が薄い仲間に遠慮して、廊下の端から定番となっているギター片手の歌謡、子供達の踊り、フラダンスなどを見る。
私の行政区と比べ規模も演芸も1/3ほどとかなり地味であるが、その和んでいるお年寄りの笑顔に子供達との距離の近さを感じさせてくれた。
 プログラムを見ると、“ひょっとこ”の後は“どじょうすくい”、私が前に所属していたR愛好会のF氏であった。
“ひょっとこ”を踊り終わって、廊下で雨の田園を撫でるように涼んでくる風を網戸越しに受け、火照った身体を冷していると、次の出番のF氏が「ひょっとこ会に居るやんね?」と話しかけて来た。「時間を空けると忘れると思いここで踊ってます」と、無機質な返事をする。世の中、得てしてこのようなものだ。
 明日は特別養護老人ホームでの慰問「ひょっとこ」である。・・・・・百寿の方を代表に相当お年を召された方々ばかりであった。僅か15分程度であるが、4列に並んだテーブルの間をすり抜けるように踊って行くと、間近に見るお年寄りの笑顔、踊っている方が慰められる。
”ひょっとこ”をやって、一番の収穫はお年寄りの素直に喜ぶ顔であり、破顔の子供達の歓声である。






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by 1944tourist2004jp | 2016-09-18 22:35 | Comments(0)

「新天地での練習」

 蝉の喧騒が一瞬にして消え、レモンの落葉に秋の始まりを感じた8月の晦日。それ以来、エアコンの振動音は減り、タオルケットに若干の寒さを感じる朝が始まる。
 今日8日、リオパラリンピックの祭典が始まった。
多少なりとも人生を儚む身障者にとって、生き甲斐をもたらしてくれる一つのパラリンピック。色んな障害を持つ人々に多様な種目が用意されている。
競技場を行進する顔に健常者への逆の偏見や劣等感は微塵も感じさせない清々しい笑顔ばかりである。

f0201348_14265962.jpgf0201348_14283461.jpg 昨晩は近所の飲み友達に紹介して貰った「ひょっとこ」愛好会での初練習。
大半の方々が同年輩だろう20人超の大所帯で、世話役からの紹介と私の挨拶で始まる。
練習前の運動が実に面白い、草津音頭に合わせてお風呂でのタオルを使って体を洗う仕草の軽い運動を数分し、先生の合図でこれまた軽い柔軟体操。頸の回転運動、全身の前後屈、後は腓腹筋とアキレス腱を伸ばすだけである。
 先ずは輪になって脚の運びのみを2周、そして手の動作を加えて2・3周、次に公民館を縦に使い、残りの皆さんが全員は見ている中を、5人が横一列となって往復する。15m程度の距離であるが、踊っている方は一挙手一投足を凝視されているので正に真剣である。これを2回。
その間、先生は殆ど注意することは無くじっと見ている。
 新参者の私にだけ、振りだす前の手が“ぐう”に成っていること、そして”顔が下を向きがち”あることの2点のみ、言葉少なに改善の注文が出る。言葉のニュアンスと柔和な顔から、”私はある程度基本ができているのだろう”と、前向きにとる。
私なりに保存会の基本動作を基礎に練習してきたので、躊躇なく理解でるし、自分なりに直ぐに修正できた積りである。が、先生はその評価をしなかった。多分に「今一なんだろう」と、私なりに理解した。
練習に入る前に、手の動作について私達に見本の型を見せてくれたが、一番大事な動作の“切れ”を垣間見ることで、信頼に足る先生であることも付け加えておこう。
 1時間の練習の合間に、世話役から今後の予定について紹介がある。
1年に一度の全員での一泊旅行が来週初め、“日向ひょっとこ夏祭り”と親睦旅行を隔年でやっているとのことで、今年は人吉に泊まり。九州脊梁の山登りで一泊した五木を周って帰って来ることになっている。
私は、協働のまちづくりの防犯部会発表会のパネル打ち合わせの翌日であり、その日SDからの頼まれごともあって断らざるを得ない。
 そして、今月中に敬老会が2回、老人ホーム慰問が1回予定されている。
できれば対象が老人達なので、その破顔と嬌声(?)を楽しみにして参加することにした。
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by 1944tourist2004jp | 2016-09-18 22:34 | Comments(0)

「観閲式と記念行事見学」

 常識外れの進路を辿り東北、北海道の2町に悲惨な爪痕を残した台風10号、そして明日にでも九州を直撃しそうな12号。その影響か、朝から空一面に雲が張り出し、生暖かい風にじわっと汗が滲んでくる嫌な天気である。
 今日3日は、私がモニターをしている駐屯地の“駐屯地創設63周年並び施設団創隊55周年記念行事”に招待されている。

f0201348_19311557.jpg 子供連れの見学の方々も大勢が囲む本部前の運動場で、部隊入場から観閲へと次第が進み、施設団音楽隊の音量を少し絞り込んだ国歌演奏がより荘厳さを増す中、国旗入場と、司令団長(将補)の挨拶や来賓祝辞等が続く。
そして、最後に音楽隊のマーチにのって観閲行進と、公道で見ることの無い施設団の大型車輌が続々と入って来る。

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f0201348_19461297.jpg心配された雨も無く、観閲の後は地元消防団や警察と合同の災害時救助模擬訓が披露された。





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f0201348_1939146.jpg 午後からは体育館で3千円会費の会食。(自衛隊の為に会費制であることをきちんと断っておきたい)
聞く所に依ると500名弱の方々がテーブルを囲んでの立食。司令の挨拶(主催者)、来賓挨拶(衆議院議員や地元市等)と続き、若手隊員のサービスを受けながら歓談会食が約1時間半。
その間、”真夏の集い”で懲りた私は、最前列のテーブルでモニターの方々や自衛官と話しながら、乾杯のビール、枡酒(一合)と焼酎コップ1杯で済ます。


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 その後、雨ならSDに迎えに来て貰うことにしていたが、心配ない空模様に駐屯地からシャトルバスで駅まで送って貰い、最寄りの二駅目で乗り過ごすことなく下車。そして、改札口を前にして胸ポケットに入れたはずの切符を取り出そうとするが無い。駅員を前に暫しポケットを探るが、無い。


f0201348_8452736.jpg 若干ながら酒臭い老人を見て気の毒に思ったか、若い駅員は私に乗車駅を訊ねた後「今回は仕方ありません、今後は気を付けて下さい」と、丁重に改札口から見送ってくれた。
 帰宅後プログラム等をポケットから出して改めてみると、見つけようの無い所に挟まっていた。
気持よく飲み過ぎれば泥酔し当然のように大失敗、心掛けながら微酔しても軽い失敗。
溜息をつきながらブログを書き出したが、ほろ酔いの後の気持よい微睡で身体をソファー投げ出す。





(車両見学)


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 (因みに新聞の地方版で記事になっていたのは9月10日、日付も出さずただの写真と文章であった)





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by 1944tourist2004jp | 2016-09-18 22:33 | Comments(2)

「縁もゆかりも無い地で」

 青パトの“児童見守り”で同乗した防犯部会のY氏。
勿論、彼とは一昨年来の防犯部会の仲間で、ある意味私が次期部会長に指名した彼である。部会統率力と役員会での発信力を持っているのは彼だろうと、深謀遠慮を巡らし事務局を通じて口のでかい部会員に第一発声をさせ、その後の彼の能力を私がフォローする形で根回をした。

                                                                             (後付:遠望する古処山の山並みを背景にした台風前の薄暮の虹)
f0201348_9274617.jpg 2時間の校区内パトロール、車内では当然ながらプライベートの話しも出て来る。
「縁もゆかりも無い地で今はパトロールをしています」と、彼の言葉に「私もF市で育ち上がり何かの縁でこのO市に住んで全く同じ環境ですよ」と、素通りするように返答する。
ところがである、県庁所在地の「私もF市に住んでいたんですよ!どこですか?」と、話は勢いを増し「Kヶ丘」と返すと、「私もKヶ丘です」と、想定外の反応。
そこで、新興住宅地に分校として設置された小学校が1年で本校に昇格し、私の最大の自慢(?)である「私はKヶ丘小学校の名誉ある(?)第1回卒業生なんです!」・・・。
後はトントン拍子に流水の如くあり、彼は小学校、中学校、高校と、一巡り違いの後輩であった。私にすれば53年後の今、青パト同乗で偶然に知り得た余生の知己となるY氏であった。








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by 1944tourist2004jp | 2016-09-01 19:21 | その他 | Comments(0)