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「今年のミヤマキリシマは?」(3)

f0201348_11315189.jpg  山頂で2度目の休憩と水分補給。
同年代の3組の夫婦。1組は登山口で追い抜かれ尾根を話しながら登って来たご夫婦で、私達が山稜を歩いている時に西千里浜からの直登に苦闘されていた。
 私達より先に熊本のご夫婦が星生崎へと向かわれたが、奥さんが怖いとのことで岩稜の途中から引き返して来られた。
岩稜の南側は、足立美術館の生の掛軸風に扇ケ鼻を覗き見る岩の窓もあり面白いが、慣れない女性にとっては少し厳しいかも知れない。

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f0201348_1138428.jpg 私達は北側の裾を通る道を予定していたので、初めてこのルートに入った彼等を僭越ながら先導することになった。
 硫黄山を北に見る斜面で、二人の男性がイワカガミの群生にカメラを向けていた。私もご相伴に預かりイワカガミや、今日最初に出会った小ぢんまりとしたミヤマキリシマを伏せて連山を背景とする。


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 久住分れへ来ると相当数の方々が休憩室とトイレを前にして、また久住山へのゴロ石の斜面とり就いている。何となく居場所も無く、そのまま中岳への山路に入って行く。途中、ベルギーからのうら若い女性が颯爽と斜面を下りてくる。二人して、「日本語も話せないのに女性一人でよく来るもんだ!」と感心する一方、日本の治安の良さが世界の一等国と認識されていることに殊更嬉しく思う。


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f0201348_11463089.jpg 振り返ると「休むよりはゆっくり登った方が楽じゃない」との返事に、一気に中岳の石室まで上り詰め早めの昼食をとる。
星生山に比べると中岳直下のミヤマキリシマを見ると、葉も齧られること無く綺麗な蕾もあり被害は少なそうである。
 因みにネットで調べてみると、ミヤマキリシマについているシャクトリムシはキシタエダシャクと言うガの一種で、昭和初期以降、霧島山、雲仙岳、阿蘇山、九重山ではミヤマキリシマの群落に大発生し被害が出ているらしい。登山者などから薬剤散布による駆除を求める声も挙がっているが、ミヤマキリシマを枯死させるほどの被害に至ることはなく薬剤散布は天敵を失いかねないという説もあり、中々難しい問題のようだ。


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                              (平成21年時の写真)
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7・8月の夜は3~4cmの“ガ”が狂喜乱舞しているかも知れない。
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f0201348_1155305.jpg 20分程度で山頂。平治岳の山頂は何となく染まっているが鮮やかなピンクの斜面とは言い難い。
「天狗はどうしようか」と聞くと、「今日はもうこれで十分じゃない」との返事に、同じルートで戻って行く。
 SDの脚力も問題なく、予定より50分早く牧ノ戸峠に戻って来た。
ミヤマキリシマは凄惨な状態だったが、コバルトブルーの大空に1年振りの九重山群は素晴らしい山登りであった。


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 朝食後、キウイのの雄木を植えるため、下草を払い雌木の枝分かれした朽木を切って後片付けをしている時、突然に腰に激痛が走り腰を曲げることができなくなる。
虫害の平治岳も山登りをする者として確かめたいとの思いで、男池より黎明の平治岳を目論んでいただけに、直ぐに湿布薬を張って貰い横になるが、痛みで正座しかできない。車を運転することはできるので一応山登りの準備だけはしていたが、夕方お長風呂したが痛みは軽減しない。

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 SDを1時半予約の美容院へ送った後、1時45分頃自宅近所の交差点で右折対向車待ちとなっていた時、任意保険に入っていない若者の車に追突される。
バンパーの大きな凹みとサイドがはずれ、いつものディーラーに持ち込むと、バンパー交換と修理費で142千円、1週間の修理中の代車費用等で大凡200千円となった。
加害者へ電話で修理の概要と費用請求をする。
明日にでも私の加入している損害保険会社にも相談しておかなればならない。
 突然の腰痛だったり、追突されたりと三隣亡の今日、「明日の山行はやめなさい」との誰かのお告げかも知れない。
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by 1944tourist2004jp | 2015-05-31 11:58 | 山登り | Comments(4)

「今年のミヤマキリシマは?」(2)

f0201348_21502212.jpg 帰りの車で“口永良部島”の噴火のニュースが流れる。余り聞き慣れないが、「確か屋久島の西側の小さな島ではなかったかな」と。二人ともあやふやな記憶の中で話が飛躍していく。
と、言うのも平成21年の9月に淀川入口から宮之浦岳、新高塚小屋で1泊し縄文杉からの荒川口へと周回していたからである。
そして、朝刊の写真には驚いた。死者が皆無であったことせめてもの慰めである。
 下山している方2・3人に挨拶がてらミヤマキリシマの開花状況を訊ねると、皆さん方揃って時期もさることながら「虫害で殆どやられていますよ!」と残念そうな返事ばかりである。
“岳滅鬼山”と“犬ヶ岳”でシャクナゲに振られ、ここに来てミヤマキリシマも難しいとなれば、今年は全てに裏年で“多良山系”と水無鍾乳洞を登山口とする“井原山”のオオキツネノカミソリも望み薄なのだろうか。


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f0201348_21553965.jpg 沓掛山からの尾根筋をウオーキングペースで歩いていると、ラジコンカーを操縦しながら登っている男性に出会う。4輪が自由自在にゴロ石に反応し登って行くのを暫く眺め、彼の許しを得て写真を撮らせて貰う。
ラジコンの自由改造を人生の喜びとし、ひょっとしたらその世界で名を馳せているかも知れない。

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f0201348_2159391.jpg 扇ヶ鼻分岐点の少し先で、一期一会で色んなお話をしていた方々と分かれ、SDにとっては初めての星生山尾根筋へと登って行く。
 大石に阻まれる急坂はあるが、見る以上に登り易く、北へ長者原方面、南は西千里浜山路挟んで扇ヶ鼻から肥前ヶ城の山稜の景趣豊かなルートである。


f0201348_21592888.jpg登る途中からシャクトリ虫が足元に、或いはミヤマキリシマの葉を食べていたり、或いは数匹が枝にぶら下がっていたり凄い状態である。そして、蕾は無くなり葉は喰いちぎられ無残な状況を呈している。

枯死寸前のミヤマキリシマばかりである。そんな中で申し訳なさそうに萎れながら開花している木もあるが、花芽も寂しい。f0201348_220636.jpg

f0201348_8545655.jpg 例年なら山肌に点々と陽の光に映える薄紅色の現生が点々としているが全く無い。このような星生山の山稜に西千里浜を歩く人々の声が連山に反射して身近に聞こえる。


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そして、路傍に時々見かけるイワカガミであり、青空を背景とした山並みである。
山頂には熊本から来られてご夫婦が記念写真をお互いに撮っている。「撮りましょうか」と声を掛けると、「では」と、三俣山を背景にして1枚パチリ。

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by 1944tourist2004jp | 2015-05-30 22:07 | 山登り | Comments(0)

「今年のミヤマキリシマは?」(1)

f0201348_17332067.jpg 「雨が降る前に一仕事どうですか」と。怠け癖に満ち満ちている私は、不承々々8時前から畑へ付き合う。
SDがカボチャとズッキーニの授粉やニラ、コマツナの収穫をしている間、私は赤タマネギとニンニクの収穫し、ここ1ヶ月ほど刈り込んで山盛りにしていた雑草を集め、低く墨を流したような雨雲を幸いに燃やすことにした。
途中、ポツリポツリと落ちて来るが本降りにならず、予定通りの作業を終え帰って来ると、既に10時前。



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f0201348_17345535.jpg SDがコマツナ、ニラ、そしてお隣さんからのお裾分けのレタスを洗っている間、朝ご飯はお預けでシャワーを浴びてソファーに寝転んで新聞を広げる。
そして、いつもより3時間以上遅れて11時の朝食。空腹を満たしてくれる食事は殊に美味しく、昨日の山登りや畑仕事の疲労をすっかり忘れさせてくれる。
最中に図書館から「13巻帰って来てますよ!」との電話。


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 5月末のミヤマキリシマは少し早いかなと思い、お気に入りブログ入れている“九重の四季”から情報を開くと、今年のミヤマキリシマは虫害で相当傷んでいるとのことである。遅いよりはましだろうし、今回はSDにとって久しぶりの山登りであり、ミヤマキリシマもそれなりに楽しめるだろうと、先ずは行くことにした。

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 例年、季節毎に訪れている九重山群であるが、昨年の3月に孫を連れて中岳へ行ったきりの九重である。
ミヤマキリシマについても、ここ2・3年は男池からソババッケを経由して大戸越を起点にして平治岳と大船山をピストンするが、今日は4年ぶりに中岳から薄紅色に染まる平治岳を観望しようと、星生山の山稜から、久住分れを経由して中岳に立つことにした。


f0201348_17372913.jpg 7時峠の駐車場に入り、 「3時頃に帰って来ようかな」と言いながら、7時50分登山口に就く。沓掛山までの登りは“追い越されることはあっても決して追い抜かず”を肝に銘じ緩い舗装山路を歩いて行く。


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 展望台に着くまでに同じ年代のご夫婦に追い抜かれる。清晨に展望や如何にと三俣山越しに端麗な双耳峰を期待するが全く無い。
木段を上がって行くと、杖を持って片方の肢を引きずるような老人を奥さんらしき人が手を貸しながら下りてくる。展望台に飽き足らず沓掛山直下の展望台まで行ったのだろうか。
 「脳血管障害を起こすまで九重をこよなく愛した方かも知れないなー」と、我が想像を膨らましながら木段を上がって行く。
 いざ展望台に立つと、連山の狭間に小さな三角錐の久住山々頂を望むことはできるが、阿蘇の五岳は高岳が雲の上に薄ぼんやりと頂き見せているだけである。
先ほどのご老人はどのような気持ちでここに立ったんだろうか。



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by 1944tourist2004jp | 2015-05-30 17:53 | 山登り | Comments(2)

「痴呆一直線」

f0201348_10335075.jpg 定年退職数年前から、私の書類棚は仕事関係のファイルから私的な本棚へと様変わりしつつ、定年退職を迎えた時点ではほぼ本棚になっていた。
と、言うのも30分ほどの電車通勤で月に4・5冊読んで、家で読み終えるものを半々として数十冊となっていた。
そして、定年退職の数日前に私物を車で持ち帰り本棚に整理していると、同じ本が2冊あるのを3冊見つける。事の起こりは読んだのをすっかり忘れてしまい、数か月後に読みたい本として購入したとしか思えない。


f0201348_10355978.jpg 今、末娘の本棚から見つけた“池波正太郎”の単行本シリーズに嵌り、不足分を市立図書館の大成20数巻を借りて読んでいる。
 ある方が私と同時進行で読んでおり、第12巻を返却予定日の数日前に返しに行った時、13巻をその方が借りており手ぶらで帰らざるを得なかった。
そして一昨日、何を間違えたか電話で己が返した本12巻がありますかと訊ねると、当然の如く「はいあります、取っておきましょうか!」との色よい返事を聞く。直ぐに借りに行く。何となく違和感があるものの最初のページを開き数行読んでみると余り記憶がない。
しかし、帰宅後に数ページ読むと「あれっ!」と記憶が蘇り、最後のページを開くと間違いなく数日前に読み終えた本であった。SDは「私は図書館で借りる時から読んだのは12巻と思っていたよ!」と、軽侮ではないがにべも無く宣う。


(バラ展でSDが購入したもの)

 そして、夕方いつものように晩酌を始めるが、お湯の次に焼酎を入れるべきところをペットボトルの水を継ぎ足し、「えー、何ともぬるいな!」と一声、当たり前である。何と阿呆丸出しの白湯を飲む酔漢に落ちぶれているではないか。
そして、先の山行ブログで”立石山から可也山”と当てる漢字で”加也山”とタイトルを間違える始末。



f0201348_10375486.jpg 子育てと言うのは本当に大変なことである。
真夏日の予報で、9時前に畑に行って、ゴーヤとキューリのネット張りをしていると、晩春の陽射しに非ずあっという間に上半身は汗びっしょりとなる。そのような中に、菜園仲間のお隣さんが、「キジが畦の草叢で卵を抱いていますよ」と教えてくれる。
 夕方、7・8m離れて望見すると、丈の低い雑草の中から鋭く私を凝視するメス。暑熱の中に伏せる様に凝然と抱卵している。望遠で写真に収めそっと離れる。


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 幼児虐待の末に殺人もどきのような状況下で幼い命を奪う一握りの若者に比べ、暑さにさほど強くないだろう野鳥の何と涙ぐましい事か。



 


 午後4時11分、平和安全法制に関する特別委員会のTV中継をソファーに寝転んで聞いている最中、出し抜けに”ドーン”という感じで転瞬の振動を感じる。テロップにより福岡県筑後地方の深さ10kmを震源とするマグニチュード4(震度3)の地震であった。15分経過して余震はない。
比較するまでもないが平成17年3月、玄海島に甚大な被害を齎した”福岡県西方沖地震”以来の揺れであった。
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by 1944tourist2004jp | 2015-05-27 10:41 | 雑感 | Comments(2)

「有明海の真ん中で潮干狩り」

f0201348_232640.jpg 蒼穹に荒い筆でさっと刷いたような雲、そして思い出の数ページに連なる霞に煙る雲仙の三岳と、中腹に帯を流すように靄のかかった多良山系を遥拝する中での潮干狩り。
先月末、定年退職前に同じ職域で昵懇にしていた後輩から「潮干狩りに行きませんか」と電話を貰い、序でに7・8年振りの再会に「前の晩から来てもらって飲みましょう!」とのお誘いである。

 久し振りに公共機関を利用する。
5月中旬の残照も手伝い、電車内はむっとする空気感が漂う。お年寄りは初春姿、若者は夏姿とその対比が実に面白い。

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f0201348_2371741.jpg お互いに老けているだろうが、加齢する毎にその老け込みも速いだろうから、私の方が見間違えられるかも知れない。小さい頃しか知らない「子供さん達もさぞかし成長しているだろうな」と、電車の揺れに身を委ねながら想像を膨らませる老生。そして、6時20分待ち合わせの駅に到着。
彼が来るまでの間に整備された駅前の広場に時間をつぶす。


 ”バラ展でSDが購入した”ピエール・ド・コン・サール”
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f0201348_1131382.jpg 奥さんに送って貰った彼が車から降りた瞬間に、殆ど変っていない二人はお互いに直ぐ分かり歩み寄り握手。そして、そのまま彼が行きつけの“お寿司屋”さんへと歩き6時半過ぎから飲み始める。
 お互いに飲める素質を持ち合わせ、先ずはジョッキで乾杯し、当然のように焼酎に移って行く。晩酌はお湯のわり方を年齢相応にしているが、ここは一般的な焼酎6に対してお湯4である。

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f0201348_1154022.jpg 積もった話にお代わりも次々として5杯までは覚えているが、その後は朝5時まで記憶が飛んでいる。
 頭痛は余りないが、71歳には応えた2日酔いである。
汗を掻くため直ぐに部屋の風呂にお湯をはり、優に30分以上浸かる。火照った身体に冷えた水を冷蔵庫から取り出し500mlを二口で飲み干す。

(左は映発した”べた凪”の彼方に普賢岳を主峰とする雲仙岳の山影、下は経ケ岳を主峰とする峨々とした山稜の多良岳山群)
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 そして、友達が迎えに来てくれるまでの2時間、だらだらとベッドに横になり朝のTV番組。
10時前に迎えに来てくれた彼の車に乗り、先ずは彼の家にお邪魔する。
昨晩の話で、28歳になる息子さんが世界一周の旅に出てそれをHPを出していると聞いていたので、直ぐにPCを開いて見せて貰う。
 上海に始まり東南アジア、再度中国から中央アジアに出て、トルコからヨーロッパ、モロッコ、フランクフルトからから中米パナマに入りコロンビアから西岸をチリの南端まで、その間ガラパゴス島やイースター島にも空路で足を伸ばし、今はブラジルのマナウスからベネズエラに入っている。帰宅後、早速とHPへコメントを書き込む。

 大川市より漁船に乗り、引き潮に任せるように筑後川を下り干潟へと向かう。干潟まで来て2時間ほど潮が引くのを待ち、その間に昼ご飯とおしゃべり。(ここで小休止、アサリの味噌汁で晩御飯)


f0201348_23213049.jpg 今日のお客さんは男性5人と若い女性2人に幼子である。
「何故カメラを持って来なかったのだろうか」と、後悔しながらガラ携で写真に収める。
(サイズの大きな写真は若い後輩のスマホの写真を送ってもらった)
 干潟のアサリ掘り、私は1時間弱で腰筋が脹り出し、何となく落ち着かなくなり程々のところで船に上がる準備をする。冗談だが、少しでも遅くなると満ち潮で船に上がれず海に取り残される羽目になるらしい。
 満ち潮は引き潮と違いあっという間で船も浮きだす。有明海の中央部に航路があるらしく、ゆっくりとそこまで行くと黒煙を吐き、水を切るように猛スピードで有明海を滑るように登って行く。漁船とは思えないほどの迫力、36ノットと云うから60km超であろう。
 友達の家でコーヒーをごちそうになり最寄りの駅まで送ってもらう。

 橋下徹大阪市長の大阪都構想、投票総数140万票を2分し僅か1万票超の差により敗退。政治の世界で必ずしも正しいと思っていないポピュリズム、その分水嶺は前例主義で変化を好まない国民性ではなかったろうか。





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by 1944tourist2004jp | 2015-05-17 23:17 | その他 | Comments(0)

「立石山から可也山」(4)

f0201348_1716401.jpg 次は可也山である。一方の登山口小富士を通り過ぎ師吉まで走る。
登山口近辺の空き地は数台の車で埋め尽くされ、10時15分にやっとの思いで最後のスペースを探し当てる。そこでは山頂でのお昼を予定して、10数人の老人会風登山グループが出発の準備をしている。
立石山は運動靴で登ったが、雨の昨日と山の雰囲気を考え、400mの山だが登山靴に履き替える。


f0201348_17185134.jpg 10時35分、集落から短い里山道を経て山路に入って行くが、標識を見忘れ竹林の広い道を直進し砂防堤で行き止まりとなる。そこに案内の標識はない。山頂への方向は脳裏に刻んでいるので、砂防堤の上を強引に横切り、踏み跡の無い斜面に入って行く。急斜面であろうと、とにかく登ればルートの何処かに出るだろうと、藪かきは無いが柔らかい地肌にやや梃子摺りながら急斜面方向へと踏み入れて行く。
先を見越しての登山靴ではなかったが、、山は何があるか分からない。

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f0201348_17203344.jpg 「なぜ山に登ってるんですか?」と問われれば、「余生に暇を持て余したくないし、健康寿命を維持するためです」としか答えられない。
”腹八分目”との箴言に頬かむりして、飽きることなく日本酒換算で日に2合ほど晩酌し続け、10時と3時には必ず甘い物を食べる私にとって、ウォーキング!と、山登り!と、畑作業!は健康の砦かも知れない。私は現実的な老生で、文学的でロマンチックな表現能力は無い。

f0201348_1721031.jpgそして、継続を可能にする「モチベーションは?」はとの二つ目の問には、「日記の代わりにキーボードを叩いて、素人写真を貼り付け日記風にブログを綴ること。記憶を辿る鍛錬と指を動かすことで、少しでも脳の老化を予防したい」と、無益なことに自問自答しながら踏ん張りの利かない悪い足場を登りきる。













f0201348_17224810.jpg 案の定、黒田長政が日光東照宮の大鳥居を献上した石切り場から、2・30m下の整備された登山道に出る。

(最初の竹林の写真の横の1枚が、私が正規のルートに左側から飛び出した場所の山路写真)


f0201348_1724558.jpg 電波塔を登り過ぎると三叉路に当たり、左へ行くと展望所、右へ行くと800mで山頂との標識がある。展望所に寄った後、幅広の山稜のなだらか道に歩幅も伸びるウォーキング。


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f0201348_17291181.jpg 可也神社に低頭し、頂きの雰囲気に余りにも乏しい山頂に到着。そのまま素通りして、展望所へと緩く下り、登り返すと7・8人の男女がそれぞれに憩っている。



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f0201348_17303094.jpg 霞み立つ眺望に少し物足らず、しかし晩秋から冬に向けての展望を想像しつつカロリーメイトを2本と水をぺットボトル半分で腹ごしらえして、10分後に下りに就く。
 途中、電波塔で登山口で一緒になった老人会風登山グループに出会う。後は振り返ることなく下って、里山付近で正規にルートを確かめると、曲がり角2ヵ所に間違いなく標識が立っていた。登り50分下り40分の観望登山であった。
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(山の写真と関係ないバラ展のスナップを数枚、稚拙な文章をカバーするために載せておこう)
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by 1944tourist2004jp | 2015-05-15 17:23 | 山登り | Comments(2)

「立石山から可也山」(3)

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f0201348_16372692.jpg 「山頂は樹木に囲まれて眺望は無い」と新聞紙片に記されていたが、西方には濃緑の尾根が指差すように灘を挿んで浮かぶ姫島を瞠る。


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山頂から福の浦越の周回コースへ、丸太で補強されて階段を下ると、雨後の微風に爽やかな絶好の展望が開ける。(2)で載せた写真もここからのものが入っている。

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f0201348_16473696.jpg この展望所から羊の群れの如き花崗岩が露出した山肌等を数枚カメラに収め、20分弱で温気に汗を掻きながら舗装林道に出る。


f0201348_16483088.jpg 夏用の運動靴のお蔭で舗装道路を苦も無く歩いていると、突然バイクに追い抜かれ、池越えの立石山山稜に見送られる。田園地帯に入ると耕運機の響きもあり朝の野良仕事が始まっている。路傍に初めて見る真紅の試験管ブラシ様の花。1時間10分程度の景勝登山周回コースであった。
 帰宅後、ネットで調べるとその花はタイ原産の“金宝樹”。「タイ名は“瓶を洗うブラシ”」と紹介されていた。
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f0201348_165858100.jpg 菓子パンで若干の空腹を満たし、玄界灘に突き出た浸食洞の芥屋の大門へと向かう。
時間にして僅か5分。散策専用駐車場に入ると先客の車が2台。鳥居を正面に海辺へ歩くと左手に大祖神社がある。ポケットから持ち合わせの小銭を取り出し、末娘の平穏無事を祈願して、空に浮くような鳥居へと向かう。老若男女の幸運を祈るようにこぼれ落ちそうなほどの小石を抱えている。

f0201348_16541030.jpg 大祖神社について、ネットからの受け売りによると「主祭神は、天照大神、イザナミノミコト、豊玉姫他多数の中に、製塩に関する神様であり海上の情報を読み取ることのできる知恵の神様“塩土老翁神”が祀られ、古くから、この地方では海上の航行の安全祈願する」とのことであった。
それで、海からの神域の入り口として海辺に鳥居が立っているのかも知れない。

f0201348_1713073.jpg 標識を頼りに200m先の大門展望所へと樹林の中を登り、何も無い展望所先から大門へと続く小路に従い、突端の大門と左右に連なる黒磯海岸を見渡せるところまで貪欲に歩き、周回コースを駐車場に戻る。

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by 1944tourist2004jp | 2015-05-15 16:39 | 山登り | Comments(0)

「立石山から可也山」(2)

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f0201348_2325050.jpg 久留米市、石橋文化センターのバラフェアー。その種類の豊富さ、色彩の多様さ、そして仄かな香りに余韻を残しながらお昼を食べるのが常であるが、今日は午前中の早い時間にあって、他に美術館での「画家の素顔」展も楽しみしているのでお昼は持って来てない。

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f0201348_2372335.jpg 同じ山の会で脊梁を一緒に歩き、その後ブログ友さんになっている“海彦山彦”さんがポスター、チラシ、図録、看板、サインと全てのグラフィックを担当した見逃せない美術展である。
 画家達の自画像もさることながら、そのパレットに表現されている彼等の個性と感情に甚く心を曳かれる。飾りっ気のない簡素で淡泊なパレット、辺縁に連山の如く絵具を山盛りにしたパレット、キャンバス代わりに描かれた裸婦像だったりマドンナだったり動物だったり、面白い所では親指の穴を利用したの絵などなど、凡人にとって只でさえ個性豊かな芸術家にあって、その時の心情を垣間見るようなパレットであった。正に絵ではなく素顔を見る思いであった。


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 丸太の階段と花崗岩と砂岩の入り混じったような露岩の登りが続いた後、直ぐに展望所に出る。その後は振り返る度に眼下に広がる絶景に後押しされるように脚も軽くなる。そして、思い出すのは平成10年3月に登った観海アルプスの一部、太郎丸・次郎丸岳である。
 灌木の下草は新芽から背伸びするようにピーンと伸びきったシダ、大岩を後ろにしたパイプ製の鳥居、登る足場も良く僅か40分足らずで山頂に出る。

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北には岩稜の尾根に広がる紺碧の灘、少し東に目を向けると玄界灘に突き出た芥屋の大門、東には靄に翳む可也山、南の入り江には養殖の筏が並び冬場は牡蠣を食べさせるビニールハウスが立ち並ぶ。そして、西には姫島が浮かび、最高の見晴らしである。

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by 1944tourist2004jp | 2015-05-14 23:13 | 山登り | Comments(0)

「立石山から可也山」(1)

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 畑作業も一段落し、好天を待っての山行。
朝一で新聞を開くと、ネパール東部にM7.3の余震、TVから緊急速報で宮城沖地震で盛岡震度5、箱根大涌谷の異常噴出と火山性微動等々、今日本列島に何が起こっているのだろうか。
地震は海洋プレートが大陸プレートに沈み込む時の軋轢により発生すると聞いているが、40億歳の地球が人間の横暴に武者震いしているのかも知れない。

 奥さん曰く「娘と山の話をしている時は本当楽しそうなんです!」と、山登りの好きな菜園お隣さんに「何処か近場で良い山ありませんか」と訊ねると、「糸島の立石山はどうですか」と教えてくれた。
直ぐに“海彦山彦”さんのHP“山の風”を開く。可也山さんから立石山へと登りその眺望に「予想以上に好感のもてる山」と、標高の低い山にしては甚く感じ入っている様子が書かれていた。
 即決。台風の余波を受けた雨の翌日13日とする。
8時過ぎ、芥屋海水浴場の第一駐車場に入る。“谷さんの低山歩き50選”の新聞紙片を片手に砂浜沿いの道に出ると潮騒と潮風、そして懐かしい香りに先ずは紹介してくれたお隣さんに、背中を押してくれた海彦山彦さんに感謝をする。途中、タイヤ痕の無い真っ黒なアスファルトと白線も真新しい第二駐車場が完工し、碧空と碧海に舌を出すように飛び出した立石山の山稜が浮かぶ。
子供達が小さい頃、数回連れて来た記憶がよみがえり、潮の香りを聞きながら5分ほど山の姿で海浜に腰を下ろす。

f0201348_8544113.jpg 8時20分、廃屋となったビーチホテルの左奥に登山口があり、入って行くと壁面の落書きと進路の水溜りに簡易的に置かれた踏み板、玄界灘に面した素晴らしい海辺を見た後だけに、その余りの落差に落胆も一入である。

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しかし、直ぐにそれを忘れてしまうほどの景観が待っている。標高0から209mまで結構な急坂に丸太の段々と露岩の山路、喬木を抜けると背後に“芥屋の大門”の大眺望が広がっている。
 今日は気忙しく、池波正太郎大成の図書返却、そして石橋文館センターの美術館とバラ展を楽しみ、夕方には“協働のまちづくり”の役員会もあり、とにかく慌ただしい日である。

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by 1944tourist2004jp | 2015-05-14 09:03 | 山登り | Comments(2)

「野峠から犬ケ岳へ」(4)

f0201348_871118.jpg 朝刊の社会面を開くと”高齢者の薬漬け深刻”との記事。副作用と医療費の観点から”かかりつけ薬局”制度導入の検討に入ったとのニュースである。遅きに失した感は否めないが、病気を癒すく薬が病原になっているという2重3重の社会の病苦である。

 山頂には2・3人しか居なかったが、笈吊峠への険峻な下りに入ると、単独、夫婦、グループの人達が次々と気息奄々息を切らしながら登って来る。道を譲り合いながら、そして簡単な言葉を交わしながら下りて行く。

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f0201348_8102892.jpg 途中南西へ満山の景観が広がるが、地域に全く馴染が無く名前が判らない。
二人連れの男性に笈吊峠のシャクナゲ情報を聞くと「駄目ですね!蕾も少なく、咲いてる花も腐っている」と直截的な表現で分かり易い。








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が、“腐っている”とは。如何なる生物も晩期には腐りだし世代交代していくことを考えれば、年齢的に言った本人も私も腐っているのかも知れない。

f0201348_8123691.jpg 茶臼岳の直下まで行って情報通り残念の一言、折り返す。犬ケ岳への途中で野峠の彼に会い、シャクナゲ情報を引き継ぐと、彼も「じゃ、そこまで行って引き返します」と残念そうである。
 山頂直下の新しく誂えたベンチに座り昼食をとっていると、今度は彼が私の対面に座り話しかけてくる。闘病中の辛さを聞きながら、若い人の癌と言うのは本当に可愛そうだ。
若い世代と違って、加齢に従った命に執着して来るが、積み重なった経験と多岐に渡る人間関係への思い入れのせいかも知れない。

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f0201348_81462.jpg 丁度12時、山頂には多くの人が其処彼処でお昼の団欒中、私は挨拶する人もいず場所もなく素通りで一の岳へと自然歩道を下りて行く。


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二の岳、大竿峠も素通りし、一の岳の山頂に来ると野峠の彼が一息入れている。私も同じベンチに座り雑談の一時を過ごす。

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f0201348_818982.jpg  彼が「じゃーお先に!」と先に立ち、私も12時50分に一の岳を後にする。
眺めもないし、花ももないし、喉の渇きもないし、空腹感もないし、あるのは登り下りの変化だけ。停まることなく2時15分に登山口に着くと、彼が着替えの準備をしていた。



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 お互いに「また、どこかの山でお会いしましょう」と、緩く優しい一期一会を楽しみ別れる。
私は豊前坊により、今日の出会いと無事の山登りに感謝し、神水をペットボトルに満たし帰路に就く。



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             (レモンの花)
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(この山行に、少ないが今我が家に咲いている花を鏤めておこう)
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by 1944tourist2004jp | 2015-05-11 08:19 | 山登り | Comments(0)