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「畑が待っている」

 f0201348_17142370.jpg今朝のスープには新タマネギ、そして昨日初収穫したキヌサヤが数個。
ぷっくりと豆の形が浮き出て、手前味噌ながら食感も食味も実に素晴らしい。
例年、この時期のスープにはキヌサヤかスナックエンドウが具として賑わいの一素材となる。今年の畦は全くの更地に植え付けたので、一段と期待できそうな誇り方である。
 しぶとく収穫してきたブロッコリーもえぐ味が走り、昨日からは豆類に加え数本のアスパラガスを収穫するのみとなっている。
新タマネギのお裾分けにお返しとして頂いた一抱えのセリは、アサリの味噌汁に旬の風味として、またアスパラはカツオのキレ身を主賓にタマネギのスライスとキヌサヤを添え生姜汁と刺身醤油を垂らし食卓を彩る。自産自消(?)の質素な夕食だが中々乙なものであった。


(8鉢あるクンシラン。今年は6鉢花をつけ最高は16個の花をもった。そして、20粒ほど実をつけたさくらんぼの鉢。毎年早い者勝ちで、野鳥か5月2日にやって来る孫達のどちらが先に口に入れるか楽しみである)
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 世に言う駄目亭主の条件で、少しマイナーなものとして、食後に「美味しかった!」と言わないことが挙げられるようだが、私もその一人で最後の一言が照れくさくて言えない。
SDは料理番組を必ず観るし、必要に応じてメモるほどに好きで、その味付けは私の口に間違いなく合っている。
が、私は「美味しかった!」と言う代わりに、出された全てを綺麗に片付けることで表現している積りであるが・・・・・。そのことについて、SDについぞ訊ねたことは無いが、如何に。アンケート調査によると、世の女性は許してくれていないようである。

f0201348_1718462.jpg 晴天が続く中、“九重”へと思いは馳せるが、夏野菜の植え付けは決して待ってくれない。
“ぐうたら菜園”を自称している我が家の畑には、季節毎にお隣さん方の「もう植えましたか!」との無言の刺激が飛び込んで来る。
 「昨年の今頃は?」と、ブログを開くが全く記載がない。そこで、一昨年の4月を開くと、玄関先に美しく咲いたツツジと紫のオダマキの写真を添え、27日付けで夏野菜の準備と植え付けられた菜園の写真が載っている。野菜作りに学習無きが如く変わり映えしない。
 予定しているキュウリ、ゴーヤ、ナス、ピーマンの畦は元肥も入れ定植可能になったが、トマト、ズッキーニ、オクラ、枝豆、落花生の畦は手つかずとなっている。
機械無しの2人三脚で来月初めまでに夏野菜の植え付け完了ともって行かなければならない。
 今日の午後は公民館で囲碁の予定であったが、午前中2時間半の肉体労働で行く気にもなれず、また読みかけの池波正太郎を開く気にもなれず、食後にTVから流れるネパールの大震災と安倍総理の8日間訪米のニュースに見入る。


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 先週末、特筆すべきことがあった。
現役時代の同じ職域の友人から、7・8年振りに突然の電話で「潮干狩りに行きませんか」とのお誘いを受けた。
彼とは家族の交流もあったし、私の携帯番号を保持していてくれたことも嬉しかったが、唯の電話でなく季節的なお誘いも倍にして心に残るものであった。
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by 1944tourist2004jp | 2015-04-28 17:43 | 家庭菜園 | Comments(2)

「低山逍遥」その3の3

 錦秋に思い出す“九年庵”と“二比山神社”。
行列に戸惑うシーズンを外れて、「山笑うシーズンや如何に?」と、無人の神社の駐車場に入って行く。静謐な中に、緑滴る楓の並木と苔むす大木に“九年庵”の門扉は固く閉ざされ、本殿への美しく掃かれた参道に一人歩く。

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 一眼レフを構えた老成がお一人、共通の趣味に愉楽の一時を過ごす。
そして、石段の落ち葉を送風機で清掃している方の傍らを通り過ぎ本殿へ、拝礼した後、閑散とした本殿を廻り静かに味わうように下りて行く。

 大変申し訳ないが、水車でお会いした方から「帰りに寄って下さい」と勧めれられていた“からくり人形館”を素通りして“鷹取山”へと急ぐ。

f0201348_12391183.jpg 九州横断道路の高架をくぐり、寒水川沿いの登山口にある広い駐車場へと入って行く。
“土器山”にも居なかったが、ここにも護岸工事の車両のみで登山者らしき車は見当たらず。
11時40分に車を留め、里山らしく途中まで簡易舗装道を歩き、5分ほどすると金網で閉ざされた登山口に就く。

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 指示通りそこを開閉し、小さな渓流に沿って湿潤の道を歩く。気軽で歩き易い運動靴だが、このような場所は流石に不適、じわじわと横から水気が入り込んでくる。15分ほど登って行くとアスファルト舗装の林道に出会う。

f0201348_12441212.jpg そこを標識通り西へ2・30m歩くと、山頂への道が開け、平坦な登りを10分ほど歩くと塩ビのパイプで設えた階段の山路が見えてくる。
それなりに急坂であるが道程は短いし、歩き易いので全く気にならない。登山口から僅か35分の山登りとなった。f0201348_1244384.jpg
“土器山”と全く雰囲気の異なる山頂、 しかし、眼下に広がる物寂しい眺望は同じであった。本来なら雲仙岳まで遠望できると本には書いてあったが、残念である。
f0201348_12471173.jpg 話す相手もいず、山頂からの風景をメイル添付して、「これから御手洗ノ滝を周って帰る」とSDにメイルする。

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f0201348_12492451.jpg “石谷山”への登山口駐車場に入って行くと一台のRV車、今回の低山逍遥でやっとであった登山者の車。
“石谷山”の山頂は最も山頂らしくない山頂で、今日は滝までと歩いて行く。



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by 1944tourist2004jp | 2015-04-20 12:59 | 山登り | Comments(2)

「低山逍遥」その3の2

f0201348_9395353.jpg 居酒屋の連荘とお呼ばれでここ数日午前中の頭はお留守、そして離せない池波正太郎の文庫本に心身ともに占領されブログの更新がままならない。
そして、写真を開きながら思い出し思いだし書き綴る低山逍遥その3である。

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 f0201348_9433422.jpg露岩のクラックを楽しみながら急ピッチで登って行く、名前は思い出せないが両傍に山野草の小さな花、そして地面に落ちている花弁で気付くミツバツツジとフジ。
 数ヵ所に休息所兼展望所が設けられているが重く垂れ下がる雲に佐賀平野の遠望は利かず、写真を1・2枚撮って立ち去る。
うらぶれて今にも崩壊しそうな中宮の小屋と、後ろの巨岩の対比を如何様写そうかと沈思するが素人写真家には難題である。


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 親不孝岩の案内板に行き当たり、登り着くまで名前の由来を考えたが、案内板の紹介とほぼ同じであった。修験者は巨岩の切っ先に鎮座瞑想したことだろう。
山には稚児落しなど、放送禁止用語に近い名前が付けられているが、仏教修験の山に多くあると言うことは戒めの表現なのであろう。

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いつしかの聞き覚えで、山(やま、さん)、岳などの読みや表記の違いは、宗教に関係のある山は“さん”や岳を使い、関係のない山は“やま”と読むらしい。


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 宗教バリバリの“土器山”を何故“かわらけやま”と称しているんだろうと不思議に思っていたが、山の本には別名“八天山:はってんさん”と括弧書きしてあり、山頂の掲示板には秀麗な三角形の“神奈備山:カンナビサン”とも表記されていた。
また、山頂直下の大岩は確かに“磐座”然とした佇まいであった、納得。
 宝満山に似て、寺社の本殿前の石段を上がると地味な山頂であった。


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by 1944tourist2004jp | 2015-04-20 09:55 | 山登り | Comments(0)

「低山逍遥」その3

f0201348_21444844.jpg 気軽に手に取って、展開が速く、寝床まで持ち込みたくなる老人向けの本として、一昨年来百田尚樹、池井戸潤を読み漁り、今は娘の本箱から、東野圭吾と池波正太郎の文庫本を取り出して読んでいる。
有り余る時間を消化するに持ってこいである。とにかく飽きない。



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(二比山神社の滴る緑と御手洗ノ滝)
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 焼酎党が久し振りにワインを飲みながらのWBCタイトル戦。チャンプ山中慎介が得意の強烈な左ストレートでKO、安心して観ていられる一戦に気を良くしてワインも頗る味わい深い。
酒肴をこよなく愛した父が、晩年に飴をしゃぶっている姿に苦笑いしていたが、遺伝子に組み込まれた素質は我が意志を完全に凌駕し、私もいつしか二刀流の使い手となり、SDが困惑するほど甘い物を要求するようになっている。
成人病に縁が無い事を良いことに、好きなものを我慢するストレスよりは存分に飲み食いして、その分運動することで新陳代謝を促し、息災を維持しようと見え見えの食い意地の張った老生に成り下がっている。


f0201348_2241912.jpg 薄墨を刷いたようなここ数日の空模様、今日も曇り後夕方から雨との予報。
山笑うと季語にあるように、薄靄の立つ春天の山登りを期待しているが、中々と難しい。

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 低山なら雲も掛らないだろうと、佐賀県の山に向かう。
「何故佐賀県の山に?」、SDが昨年友達と登って岩峰の写メを送ってくれたことにある。と同時に、その読み方「かわらけ山」がどうしても理解できず脳裏に残っていたことに起因する。辞書を引くと、“かわらけ”とは「釉をかけずに焼いた素焼きの陶器」と紹介されている。吉野ヶ里遺跡から出て来る甕棺を焼いた集落があったのかも知れない。と、すれば土器(はじ)さんと言う名前の方が多数いらっしゃるかも知れないが、そこは判らない。


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 後方の藪に圧迫されるように少し影の薄い“八天神社”に低頭し、標識に従い左傍に目を向けると小さい石段と鳥居の向こうに、小さな社があり、竹林に沿って山路が延びている。
 山頂まで道筋はしっかりとしているが、「登拝道の大部分は、風化した花崗岩の露頭を掘削したもの」と紹介されているように、水路として抉られて様な狭く深いクラックが山路に度々出て来る。

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by 1944tourist2004jp | 2015-04-16 22:09 | 山登り | Comments(4)

「低山逍遥」その2

f0201348_1638524.jpg 花冷えの早朝、部屋の隅で片付けを待っている温風器に目が行く。しかし、老生とは言え如何にも大袈裟過ぎると、軽やかな音のエアコンに暖を求める。

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 靄の立たない清晨に、「ダイコンとゴボウの種を撒きたいので畑に行こう!」と、SDの誘い。
8時前にいつもの朝食、バナナ、リンゴ、コマツナに豆乳を加えたジュース、食パン一切れにスープ、そして食後にコーヒーを1杯。野菜は変われど、この数年来全くのワンパターン朝食である。
 食後1時間半ほど新聞やTVで過ごし、10時前に長靴を履いて畑へと歩き出す。
菜の花満開のこの季節、ボリジの繁殖している我が家の菜園の収穫は細々として、少し旬を過ぎたレタス、ワサビ菜、カツオ菜、それにスティックのブロッコリーである。
一方、栽培中のタマネギ、ジャガイモ、そしてキヌサヤとスナックエンドウは、上下の菜園仲間に「生き生きしているね!」と褒められるほど順調に成長している。"ずぼら菜園"を自称している私としては余りにも面映ゆいお言葉である。
 2時間ほど陽と土の香りに春を利きながら、長さ10m×幅1.5m×髙30cmの畦を造り上げる。今日は陽の光で土壌消毒し、明日は石灰、有機肥料と若干の化成肥料で仕上げ、来週初めに播種予定とする。  
この1年間、全く菜園の記事を書いていなかったので、貧弱な菜園日記であるが記録しておきたい。



f0201348_16464484.jpg 昨日は、低山逍遥の第2弾として、これまた“神功皇后”縁の山「砥上岳」へと足を運ぶ。低山歩き50選によると、朝鮮出兵の際に兵器を研がせたことに名前の由来があるらしい。
“砥上神社”にて二拝二拍一拝。境内の駐車スペースに車を留め10時半に出る。
取り柄の無い山路にシャッターチャンスも少なく、今日も夏用の運動靴とウエストバッグに我知らず歩幅が伸びる。躓かぬよう路面を注視しているが、心ここにあらずで全く覚えていない。

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 年金生活に入っての趣味の一つとしてオンラインゲームの囲碁をここ数年楽しんでいたが、数日前に忽然と消え去った。
視力が衰えつつある老生にとって、PCに向かう機会が減るということは喜ばしいことであるが、毎日のように2・3局打っていたので心にぽっかりと穴が開いたような感じである。

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f0201348_16531882.jpg 今後は有料オンラインで全世界に繋がる“パンダネット”を利用する以外なくなってしまった。
お一人、同年輩らしき女性が登っている。後ろから「お早うございます」との突然の声と、私の髭面を見て少なからず不安に思ったのか、凝然として直ぐに道を譲ってくれる。
 山頂直下の斜面に自然石を配した20mほどの登り道を一気に登り着くと、長年の風雨に少し古び傾いた小さな祠、その前に3坪ほどの砂が敷いてある。足跡も無くその端然とした竹箒の掃目に誘われ、眺望の前に祠に頭を下げる。丁度40分の行程であった。
 反射板の方に少し足を延ばし夜須高原から古処山群の遠望を楽しみ、カブト岩に寄って下山。約1時間40分の山登りであった。

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 若干の物足りなさを感じ「大平山」へと向かう。モデルルートの甘木公園を避け、12時45分にデイケア“うらうめ”から入山して行く。
朝倉市民の憩いの山らしく、山頂まで林道が走り、山登りと言うよりはピクニック気分の山である。特記すべきことも無く僅か30分で、二筋のこいのぼりが泳ぐ山頂に到着。
 先日登った目配山と高宮山、そして砥上岳と宝満山遠望する。朝倉市を一望する景勝をSDにメイル添付して下山する。
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by 1944tourist2004jp | 2015-04-09 17:08 | 山登り | Comments(4)

「低山逍遥」

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 総会も事無く終わり、事務引き継ぎをして自治会長の仕事を終える。

f0201348_17164361.jpg 年々歳々花相似たり、敷島の大和心も開花宣言。気苦労を消化するように、SDと近くの名刹と公園に2日続きの花見。幽すいの一時が、その風趣に溶け込む。

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 そして、3日目の今日は朝から鉛色の雲が低く沈む中、1年振りの低山逍遥に山頂の桜が素晴らしいと聞いていた「目配山」に出かける。
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「低山歩き50選」によると“その昔、神功皇后が頂上で腰を下ろし、四方の景色に目を配った”ことに名前の由来があるらしい。
 大己貴神社の花びらの舞う駐車場に車を留め、小さなウエストバッグにペットボトル1本とカメラを入れ、9時40分に登山口へと向かう。

f0201348_1773481.jpg里山に通じる麦畑を二分するアスファルト道路を5分ほど歩くと、菜の花の向こうに如何にも補助金で仕上がったような分厚く頑強なコンクリート造りの農業用水の溜池に出る。





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f0201348_17103739.jpg池を包み込むように迂回し、数基の墓石に寄り添うように佇む3本の桜、その見事さに魅入って10mほどで登山口に就く。
鳥の声すら全く無い植樹林に閉ざされた退屈な道に、レーチェル・カーソンの「沈黙の春」を想いながら、一人歩幅を伸ばしていく。英国の牧歌的な緑の広がる丘陵も、その昔は、ロビンフットの映画に出て来るように針葉樹林帯が広がっていたことだろう。f0201348_17105734.jpg
植樹林もある意味で死んだ山かも知れない。


f0201348_17122342.jpg 夏用の運動靴に足も軽く、スピードが上がる。山頂までの距離を考えると、歩幅もウォーキング並みに拡がる。
歩き易い山路を15分程度で“子鷹城山”への分岐点に出る。先ずは“目配山”山頂の花見と決めていたので、山野草も景色も無い道を一目散に上がって行く。

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 途中、登りの3人さん、下りに5人さん、また登りのお一人さんに挨拶しながら、高宮山との分岐点に10時18分到着。そこからの登りに若干の汗を背中に感じながら5分で山稜の頂上に出る。

“基山”同様綺麗に草刈りされた山頂には、神功皇后の石碑(腰掛石)の後塵を拝するように数十本の桜が植樹されている。青空の無い景観を増幅するような2・3分咲きに腰も下ろさず。

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f0201348_17192283.jpg 5分ほどの休憩の後、高宮山との分岐点まで戻り、20分ほどの“高宮山”山頂を往復し、最後に子鷹城跡の展望台に出て下山する。
大己貴神社を起点にしてぴったり2時間の山登りであった。




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by 1944tourist2004jp | 2015-04-02 17:23 | 山登り | Comments(4)