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「お百姓さん気分」

 焼酎が一段と美味かった昨晩。
“ひねもすのたりのたりかな・・・”と過ごした日に比べ、お湯を注ぐ音も軽やかにして心地よく、知らずに知らずに目一杯注ぎたくなるものである。そして、その労働なり運動なりの激しさに比例して“美味く”感じるのも酔漢ならではの嬉しさである。


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 春ジャガの植え付けと収穫に3時間半の農作業、そして帰宅後に野菜洗いに30分、足腰を使う4時間のお百姓さん仕事であった。


f0201348_12252784.jpg 度数21の“濁り酒”を飲むときはコップ1杯半、芋焼酎ならお湯割りで3杯。未だに続いているNYR、”一升瓶を空けて2日の休肝日”。昨日は休み明けの晩酌ときて二重に頬が弛む。細やかながら「生きてるな!」と実感する老境であった。
 余生を豊かに生きるために、何にも代えがたいことは夫婦そろっての健康であるが、煩悩に左右され易い私にとって、ある程度相方に協力を貰っての律した生活である。起床時間と三度のご飯と“晩酌!”は規則正しくできている。


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 後期高齢期に向けての体力の衰えをカバーするために、四季を通じて自家菜園での収穫に喜びを求め、山野草の花や紅葉、はたまた雪景色や大パノラマを求めての山登り、三途の川のマーメイドに会うまでQOLの向上に努めて、やっと維持できると思っている。

f0201348_1245573.jpg 昨日はPM2.5の所為だろう、空は青に薄墨色を塗りたくったようにどんよりとして、遠望する山並みの稜線も淀んでいるかのように翳み、2人共マスクをして、種芋5.5kg(切り分けて約120個)を3畝に植え付ける。


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 物忘れの年齢、明日の為に来年の為にと記録を残して置くに絶好のブログ。過去2年は遅霜を避けるように3月上旬に定植していたが、今年は早々と畝ができあがり、翌日から雨予報であったが植え付けを決行。
そして野菜の収穫、ダイコン、カブ、チンゲンサイ、ホーレンソウ、ミズナ、コマツナ、シュンギク、ブロッコリ-、レタス、ワサビ菜、カツオ菜と今年は葉物がふんだんにあるので、胃腸の動きも若者に決して負けない。



 ”ソチオリンピック”の選手達が帰国。
ジャンプの葛西選手初め、メダルを胸にした選手達には大いなる喝采を送りたい。そして、期待されながらもメダルを逃した選手達にも「感動をありがとう!」と、静かに言葉を添えたい。
SPとフリーのギャップが大きかった分、完全燃焼できた涙の真央ちゃん。九ちゃんの“上を向いて歩こう”ではないが、演技後に涙がこぼれないように上を向いて咽んだくしゃくしゃの顔、そして直後の笑顔、余りに印象深いシーンに涙腺がゆるみっぱなしで、見る度に涙が出てしまう。
しかし、不完全燃焼のまま終わった沙羅ちゃん。会見では涙を見せていなかったが、扉の内側ではどれほど嗚咽していたのだろうか。世界大会13戦10勝から来る国民の期待を一身に背負った17歳の子である。言い訳もせず「次を頑張ります!」との言葉本当に素晴らしかった。


f0201348_12264571.jpgまた、毎オリンピックで6・5・4位と上がって来て、また4位の愛子ちゃん。「メダル取れなかったんですが、なんででしょうか清々しい気分なんです!」と、笑顔にうっすらと涙を浮かべていた。
本当に可愛くて素直で凛としたナデシコ達である。選手の皆さんご苦労様でした。





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 お茶のあては“だいだいピール”。グラニュー糖にまぶされ、かんきつ類特有の苦みが舌に走ったところで書き終える。
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by 1944tourist2004jp | 2014-02-26 12:46 | 家庭菜園 | Comments(2)

「雪山と氷瀑の筈だったが」

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 生垣剪定の今日、遠望する積雪の山並みを見ていると、矢も盾もたまらずアイゼンと水とカロリーメイトを無造作にザックに突っ込んで、少し物足りなかった1月の氷瀑に期待を膨らませて宝満山へ、難所ヶ滝である。

f0201348_18512567.jpg 8時半過ぎに竈門神社の駐車場に着くと、前回に続いて最初の1台である。拝殿で無事の登山を祈願して、掃き清められた砂地振り返ると、歩幅の狭い私の足跡しかない。神社から登山口に向かう下り坂が凍てついていないから、「寒は程々、目論見外れかな・・・」。
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 林道を2回横切って一の鳥居に出ると乗用車と単車。今日の平日はいつものように、老成達の貸し切り宝満だろう。
相前後しながら登る男性達も私と同年齢の顔貌と足の運びである。上下とも下着の上に1枚重ね、レインウェアーの上っ張りを着ているだけであるが、休堂跡辺りに来ると早々と背に汗が滲んでくる。水場の柄杓で喉の渇きを潤すが、久し振りに味わう冷水の美味しさであった。

f0201348_19174234.jpg 下から望んだ山肌は相当な積雪と思われたが、4合目過ぎからやっと路傍や石段の隙間に雪が残っている程度である。そして、“百段がんぎ”前でアイゼンを装着。

f0201348_19192714.jpg 次第に雪深くなっていくが、先日の英彦山の印象が強すぎて何とも物足りない。
一定の歩幅で、そして一定のペースを守っているので疲れることも、また息が上がることも無く山頂に登り着く。約1時間半の登り。

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 北には福岡市から立花山、そして宝満から三郡への縦走路からタコ足かのように延ばす幾筋もの雪の小尾根、そして南東には筑豊平野を挟んで先日の“雪の英彦山”。靄の立つほどの暖かさになく、PM2.5も予報通り少なく、中等度の透明感ある山頂からの眺望である。

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 “難所ヶ滝”へと鎖を頼って大岩の隙間を下りて、縦走路とキャンプ場との分岐点に来ると、一人の男性が仏頂山の方から下りてくる。私より一回り下かも知れない。
「難所ヶ滝に行かれましたか」と訊ねると、「昭和の森から滝経由で来ましたが、上の方だけしか凍っていませんでしたよ。3日前にも来ましたが今年は駄目のようですね!」と、如何にも残念そうな口振である。
予定を変更して宝満山のピストンとして、彼と並んで山頂へと戻って行く。同類の彼と、冷たい風を避け暫く山談義をし、彼は元来た道へ、私は竈門神社への自然石の階段を延々と下りて行く。3時間の鍛錬登山であった。
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f0201348_19593078.jpg 山友さんであり、ブログ友さんでもある方が性悪のコメントにほとほと困り果てている。こう言った類の人間をどうにか排除できないものだろうか。誰にも相手をして貰えない寂しい人間と思っても、被害を受ける方は精神的に参ってしまう。
私もネットで囲碁や麻雀を度々するが、顔が見えないことをよいことにして、口汚いコメントを書いたり、囲碁では負け碁をずるして勝とうする人間がいる。空しい自己満足と解らないのだろうか、いやはや何とも情けない輩である。











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(娘からの写メ)
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by 1944tourist2004jp | 2014-02-19 19:33 | 山登り | Comments(2)

「雪の英彦山」(5)

雪景色
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                                        (少し遅くなり、帰りの田園地帯に神々しい夕日を見る)
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by 1944tourist2004jp | 2014-02-18 00:49 | 山登り | Comments(3)

「雪の英彦山」(4)

f0201348_2313914.jpg 灌木の差し出す枝や根っこに身を委ねながら急坂を登りきると、スズタケの軽い登りが続き、展望の開ける尾根に出る。両手を広げるように谷を挟んで中岳の上宮を遥拝する。

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 適当に広い尾根では彩り豊かな登山服姿の若い女性が4・5人、そしてリーダーらしき男性がお湯を沸かしている。お互いに挨拶した後、軽い冗談を交えながら私達も一休み。

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南岳へのルートに入ると気温の上昇により枝に積もった雪がぱらぱらと、時にはどさっと塊が、時には氷の欠片が落ちてくる。

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 カメラをレインウェアーの中に押し込んで長い登りに就く。途中一人の男性が路傍の雪に腰かけて休んでいたが、この男性は私達の後を付かず離れずの距離で南岳から中岳へと一緒に来る。
憔悴しきっているのかどうか分からないが、所構わず、そして誰憚ることなく大きな声で「もう死にそうだ!」とか、「参った!」とか、雪景色を見ながら「こんなにつらい思いをしてきて良かった!」とか、初心者なのかどうか知らないが中年の男性にして余りにも劇場型で慎みを知らない。一人静かに消耗した身体を癒しているような方なら直ぐにでも声を掛けるが、このような男性には同情する気にもなれない。
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 長年の風で歪んだ上宮の社殿入口の庇に並ぶ氷柱が時々どさっと落ち入口の雪に突き刺さる。上を見ながら中に入りお賽銭を上げ、今日の素晴らしい雪山登山に感謝する。
雪深い山頂では先ほどの女性群がベンチで賑やかにお昼を取っている。どのような仲間か知らないが、山と言うのは単独でもパ-ティーを組んでも楽しいものである。

 私達も軽く食事をとって東から南に広がる深山に焦点を合わせる。東にはシャクナゲの鷹ノ巣三山や犬ヶ岳と、懐かしい山々を展望し、20分ほど頂上で楽しみ表参道正面コースを下りて行く。
雪が無いとかなり荒廃した印象のある緩斜面であるが、新雪に隠され、立ち枯れの喬木や杉も雪のお蔭で視線を釘付けにするようなオブジェに変身している。
 陽が高くなるにつれ雪解けも加速度的となり、中津宮を過ぎる頃から樹上の雪が滴となって間欠雨のように降ってくる下りであった。
躓きが度び重なった山登りであったが、大好きな雪山を堪能した逍遥であった。
コーヒー店の駐車場に少し邪魔するようにとめていたが、朝と変わらず「本日の営業は終了しました」と、案内の紙がドアの内側に掛けられていた。

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by 1944tourist2004jp | 2014-02-17 23:39 | 山登り | Comments(0)

「雪の英彦山」(3)

f0201348_19121273.jpg ニット帽で耳を隠すほどの冷え込みでも無い。
普段使っている冬用の帽子を被り、気を取り直して「2度あることが3度あったので、後は順調だね!」と出発する。
しかし、重なる時は重なるものである。

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 慣れとは怖いもので“梵字ヶ岩”への分岐点を通り過ぎ玉屋神社方面へと進んでいく。勿論前後を歩く人は居ない。
障子ヶ岳方面へ広がる山並みに深呼吸して、玉屋神社で拝礼する。

f0201348_19212959.jpg4・50cmほど積もった山路ながら数回通った路を“鬼杉”方面へ踏み入って行く。一筋の踏み跡を辿りながら沢沿いに進み、途中から一段と雪深い “梵字ヶ岩”のルートへと舵を切る。






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f0201348_19233513.jpg不安は全く無いが少し遅れ気味のSDが少し気になる。

 30分もすると複数の声が重なり合う様に大きくなってくる。“梵字ヶ岩”のルートを歩いている複数の若者たちに、ラッセルしながら登り着いたかのような私達に、「こんな所から」と若干驚嘆したような表情を見る。
 渡渉後直ぐに“四王寺滝”への分岐点に出る。ここから氷瀑まで結構な距離と登りがある。一昨年の2月は積雪がなく歩き辛かったが、適度な積雪とアイゼンのお蔭で楽な足取りである。が、迂回した分SDに疲労があり数組の人達に抜かれながら氷瀑の直下まで来る。

f0201348_19554238.jpg 一昨年に比べ規模は大きく、蒼穹に透明感のある氷柱群とその表面を流れる融水が陽の光に照り輝き、また周りの樹々を撓ませるほどに積もった雪が相乗してことほどに美しい。
氷瀑をバックにして撮った直後、突然に直径20cm以上の氷柱の一部が落下しSDの足元近くを転がって来る。
 雪景色と氷瀑を10分ほど楽しみ、2年前と同じように氷瀑の横の急崖を南岳へと向かう。


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by 1944tourist2004jp | 2014-02-17 19:33 | 山登り | Comments(2)

「雪の英彦山」(2)

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 SDも運動靴にアイゼンを付けるわけにもいかず、少し窮屈そうにしながら履き替える。そして、“けち”の付き初め、その第2弾が直ぐにやって来る。

f0201348_16115451.jpg 雪に覆われた参道の石段を前にして、角のお店のベンチに座ってアイゼンを装着していると、突然私のアイゼンの硬質ゴムが千切れる。山登りの時に常備している靴紐で応急処置してどうにか“けちの2弾目”も切り抜ける。



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 奉幣殿にお参りしただろう若いカップルが長い石段を下りてくる。
運動靴のお2人は腰を引き、参道の中央を走っている鉄パイプをしっかりと両手で握って戦々恐々の態で下りてくる。「用心してな!」と、すれ違ってウォーミングアップがてらにゆっくりと登って行く。
途中、下りの男性に「氷瀑どうでしたか」と声を掛けると、「早朝から登って見て来ましたが、本当に美しかったですね。しかし、正面から陽を受けるので溶け始めるのも早いかも知れませんね」との返事。

f0201348_16212456.jpg 奉幣殿に上がると、巨木杉に囲まれた境内には雪かきの後を数ヵ所残し、社務所横の休息所で登山者が数人休んでいる。
先ずは拝殿に行き、今日の雪と好天に感謝し無事の登山を祈る。社殿の屋根に分厚く積もった雪が陽に照り返し眩しい。
そして、氷瀑へのルートへ入って奉幣殿を見晴らす場所に来る直前、前を歩く私に「ニット帽を落したかも?」と、突然に独り言のように話し掛けてくる。そして「奉幣殿で手を合わせる時に脇に挟んでその時落したに違いない」と言う。



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 展望所に待たせて奉幣殿に取って返す。拝殿前には落ちていない。社務所等に落し物を訊ねるが、「届いていません」との返事。下山時にもう一度伺うことで15分程度の足慣らしで戻る。
帰宅後PCに写真を落して整理していると、夫婦杉前での写真では確かにニット帽をかぶっていたので礼拝した時に落したのは間違いなさそうだ。
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by 1944tourist2004jp | 2014-02-17 16:17 | 山登り | Comments(0)

「雪の英彦山」(1)

 
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たっぷりと脂肪を蓄えたホッケ、毛ガニ、ホタテなどを別便で送って帰省した末娘。お蔭で久し振りに我が家に集った家族は、今年2度目の正月となった。

f0201348_1644641.jpg 私は大好きな“鮭とば”を肴に焼酎のお湯割りが心地良く喉元を過ぎ、知らず知らずのうちに一升瓶がどんどん減って行く。“鮭とば”とは秋鮭を半身におろして皮付きのまま縦に細く切り、海水で洗って潮風に当てて干したもので、漢字で“鮭冬葉”とあて、肴やお茶うけとして親しまれていると紹介されている。

f0201348_2310246.jpg老境の歯には少し堪えるが、噛めば噛むほどに鮭を燻製にしたような豊満なうま味が口内を満たしていく。スルメ以上の味わいである。
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そして、昨日近郊の雪山に魅入られながら娘を北海道に送り出す。

f0201348_22481912.jpg 蒼穹の雪山を期待しながらSDを英彦山へと誘い出す。
雪深い九重山群に行きたいところであるが、通行止めとなった大分自動車道を考えたら雪道に無防備の車では事故は避けられない。老成危うきに近寄らずである。
 英彦山には毎年出かけているが冬山は2シーズン振りである。新聞で幻の滝と紹介されていた“四王寺滝”を見に行って以来となる。

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f0201348_23132228.jpg 9時頃別所到着予定で早めに寝る積りが、ソチオリンピックにはやはり勝てない。30分遅れの起床に続き準備に手間取り9時半過ぎの到着となる。
 流石好天の日曜日、駐車場は寸分の余地もなく満杯であった。
最後の一台として、コーヒー店の駐車場に1/3程度罹りながら滑り込む際どさであった。お店に断りを入れようと思うが開いてない。
帰りに何か飲んで許してもらおうと思い準備にかかるが、直ぐに「これ古い靴だよ?」とSDの苦笑を見る。前日私が間違って古い登山靴を積んできたことが躓きの始まだった。
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by 1944tourist2004jp | 2014-02-16 22:59 | 山登り | Comments(0)

「博多一望」(3)

f0201348_1332231.jpg 肥料や剪定などの世話の行き届かない我が家のキウイであるが、1本の木から毎年100個ほど実をつけてくれる。昨年収穫した実もまだ硬いまま箱に残っている。

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 お裾分けする時にはビニール袋にリンゴ(フジ系はダメ)と一緒に入れてあげたり、我が家でも適当に同じ方法で追熟させてヨーグルトの上に乗せていた。

f0201348_135369.jpg このように親しみあるキウイについて、先日「ためしてガッテン」での果樹の特性が余りに衝撃的で“目からうろこ”であった。

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 将来恩恵を受けるかも知れないSTAP細胞とは次元が違い過ぎて比べようも無いが、私にとってはキウイの情報は余りにも身近で抉られるようなインパクトがあった。
先ずキウイは収穫した後、時間がいくら経過しても熟さず硬いままであること、そしてエチレンガス発散の為にリンゴを密封せずとも、キウイを軽く“ごつん”として凹ませると、己がエチレンガスを発散して自家追熟するとのことである。
経験則から何等かの原因で落下したキウイが土の上で柔らかくなっていたことが再三あった。私達は腐敗前と勝手に思い捨てていたが、まさかの自己追熟とは・・・。


 山の話に戻そう。
其処彼処に鎮座するお地蔵さんに一々と合掌しながら、懸崖の袖触れ合う間隙を通って奥の院へと下りて行くと、想像もしないお土産物屋があり、小時間そこのおばちゃん達と話し、電波塔が立ち展望の乏しい頂らしくない山頂へと上がって行く。

 “ここで突然、ウィーンフィルNYコンサートのDVDを見ていたSDの「これ誰かよね?」の声に振りむくき、一旦停止するとミュージカルスターのジュリー・アンドリュースであった。”


f0201348_13132985.jpg 楽園を出てまだ2時間弱、疲れも無いので弘法大師の石像の前を通り、車の滑り止めの為に横溝の刻まれた角度のある舗装道路を下って行く。

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車両通行止めの前から北の尾根に上がり、下った後再び舗装道路に出て、直ぐ木製の鳥居をくぐり短い登りを経て米ノ山の山頂に出る。

f0201348_13172963.jpg 社らしきものに拝礼して下って行き、展望所前小高い丘に上がって行くと男性2人、そして博多湾を望む大パノラマに圧倒される。
ここからの夜景は函館のそれに匹敵するかも知れないと一頻り感激しながら、同年齢の気安さも手伝って、大きな眺望の峰々や博多湾に浮かぶ島々へと話しが弾む。


f0201348_13175897.jpg 脊振山系から百万都市を挟んで東の立花山、そして博多湾には能古島と奥に糸島半島、海ノ中道に続く金印の志賀島、そして重なるように玄海島。
正に博多一望である。舗装道路が入り口で途切れた展望台には広い駐車場があり夏の夜はカップル天国かも知れないと想像が膨らむ。 

f0201348_13195052.jpg  東屋で春のように薄靄の立つ福岡の眺めをおかずに軽い昼食。


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半時間ほどゆっくりとして舗装道路を下って行くと、トイレのある広い分岐点に出る。左は車止めのある大祖宮への道、そして右にUターンするように下りて行くと地図上では荒田高原や楽園に通ずる道路、また直進するチップ道路の脇から滑り止めの簡易舗装の道路は楽園に直結する。

f0201348_1320498.jpg 私達はチップの
道路を直進して、間もなく右への道に折れ、“大和の杉”“七又杉”“綾杉”を見ながら起点の楽園へと下りて行く。
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by 1944tourist2004jp | 2014-02-01 13:21 | 山登り | Comments(2)