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「キャロラインブーム」に思うこと

f0201348_1122122.jpg 古くは皇后様の“ミッチーブーム”。
煌びやかなバックグラウンドに似合わず楚々とした美しい笑顔。日本人が一番愛する謙虚さを兼ね備えたレディーである。
今後、東北地方や沖縄を訪問されると言うが、全国でキャロライン旋風が巻き起こることだろう。
そして、ここ暫く彼女を通して“おもてなし”の国「日本」がメディアに乗って世界中へ流されることだろう。これを日本の資産として、また将来への財産として大事にしなければならない。
 私は決してナショナリストではないが、日本を愛している国民の一人として、彼女がカナダやフランスの大使を断ってまで選んでくれた日本を、改めて誇りにしたい。

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(秋ジャガの開花が遅い。冬野菜に防虫ネットとマルチの保温、来週は少し遅れているがタマネギの定植予定)


f0201348_1152048.jpg お隣の中国では任期を待たずに大使が辞任すると言うし、反日の韓国ではセレブ大使にジェラシーにも似た雰囲気があるのではと思料される。
 他国の国旗を焼いたり、はたまた総理や元首の写真を面前で踏みにじる民度の低い国にどうして、米国民が愛するキャロライン・ケネディー氏を大使として送れるだろうか。
とある新聞に連載されている“冷える日韓”による反日無罪・親日有罪を読んでいると、柔道・剣道・はたまた寿司まで韓国が起源と流布されているし、鉄腕アトムでさえ若者は自国のアニメと思われていたらしい。
 明治初期に英国のイザベラ・バードによって上梓された「日本奥紀行」と日清戦争前後の「朝鮮紀行」を比べても、貧乏でありながら正直で清潔な日本人と朝鮮人の対比は面白い。更に両紀行は妄言と歴史捏造がどこにあるか教えてくれる。
f0201348_116372.jpg この両国で安倍総理の下に日本の軍国主義回帰が狂気のように喧伝されているが、世界中見回してもこの両国だけである。勿論、私達日本人の99%は戦前回帰の思想なんか持ち合わせていない。




 只、今まで日本を揶揄する言葉に反論しなかったことを反省して、史実を元に逐次反論するようになっただけのことである。
両国の国内事情も分からないではないが、国民の目を欺くために反日を利用されては叶わない。
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by 1944tourist2004jp | 2013-11-22 11:13 | その他 | Comments(0)

「今年の流行語大賞」

f0201348_1273414.jpg “あまちゃん”を凌いで高視聴率をとった“半沢直樹”。
年末の流行語大賞を殊更気にするタイプではないが、今年は東北の“じぇじぇじぇ”か、金融の“倍返し”なのか何となく気になる。
 古稀と生活環境を痛切に感じさせた朝の連ドラ。現役の頃は見向きもしなかったが、年金生活に入ると朝食の頃合いを見計らうように放映され、SDに釣られるように観てしまった前2作。そして今年の“あまちゃん”は何故か、私の方が積極的にビデオ収録していた。
 一方、“半沢直樹”は世間の評判を気にしながら、チャンネルを合わせる気にはならなかった。
しかし、「チャンスがあれば本でも読みたいな」と思っている時、孫の運動会でお会いした義理の息子のお父さんに「本お貸ししますよ!」と嬉しいお話。
借りた4冊は“俺たちバブル入行組”、“俺たち花のバブル組”、“ロスジェネの逆襲”、そして直木賞の“下町のロケット”である。
どれが“倍返し”の半沢直樹か分からず、まずは関係ない“下町のロケット”から読んでいく。そして、主人公が半沢直樹となっている“ロスジェネの逆襲”を一気に読み終える。いずれも、読み始めたら止まらず、夜を徹してあっという間に読んでしまうほどに埋没してしまった。
 最後にTVドラマ『半沢直樹』の“俺たちバブル入行組”から“俺たち花のバブル組”へ、「基本は性善説、それに己の哲学”倍返し”」を込めた勧懲的な話が展開していく。胸のすくような理想的な上司像であり、サラリーマン像である。
流石都市銀行出の作家、ノンフィクション紛いの金融環境に虚構を織り混ぜてのスピーディーな展開に、視聴率を納得しながら読了。面白かった!経済誌に連載中の“銀翼のイカロス”が待ち遠しい。

 そんな中、一昨日は娘の実習農場を紹介して頂いたN氏のバーベキュウーハウスに招待された末娘。嬉しいことに私の同窓4人も同時に呼んで頂いたとのことで、末娘を挟んでのミニ同窓会。
歓談酒宴の中で私も携帯で参加したが、慣れない実習で疲れのピークにある娘にとって、正に時宜を得たBBQになったようだった。
「皆さんいい方々で、本当に楽しかった!」とのメールに、幾重にもお礼を申し上げたいN氏と同窓達である。
 今年7月の東京での同窓会に続いて、監事であったF君から「来年の6月に札幌で古希の同窓会を予定しています」との嬉しい言葉があった。


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 SDは冬野菜の間引き、私はタマネギのベト病対策として畝高を上げるために”もみ殻燻炭”を1㎥ほど混ぜ込む。
それにしても我が菜園のキバナコスモスの寿命は長い。梅雨明けから夏真盛りを経て、立冬過ぎの今日も鮮やかな色を薄暮の陽に輝かせている。
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by 1944tourist2004jp | 2013-11-17 12:27 | その他 | Comments(2)

「立冬過ぎの日々」

 休刊明けの新聞の1面、レイテ島の壊滅的な被害。
瞬間最大風速90m。分かり易く想像するに、90m×3600秒=324km/時速、一瞬にして通り過ぎる新幹線以上の猛スピードである。
低気圧による高潮も相乗した30号の爪痕。比政府の発表によると死者の数は1万人超とされている。
 現在、南シナ海のスカボロー礁問題で中国の侵略と国際政治の場で嫌がらせを受けているフィリッピン、何と悲しい現状か。安倍総理は海への覇権国家を目指す中国を牽制するために東南アジアを数回歴訪しているが、最大限の物的人的援助をして欲しいものでる。


f0201348_9454318.jpg 昨朝は“今朝はうっすらと”雪の写メが送られて来たが、今朝は”すっかりの雪景色”。
全く畑違いの酪農実習へと北海道に旅立って早1ヶ月の末娘。酪農業の苦労と楽しさを綯交ぜにしながら充実の日々送っている。そして今、冬型の低気圧が張り出し厳しい寒さを迎えようとしている。

f0201348_946386.jpg 日本酪農の嚆矢であり、牛乳の生産から乳製品やスウィーツまで自社製品化している農場は、石狩川河畔の地理的環境もさることながら、娘から送られてくる写メを見ると牛舎、パーラー、堆肥場は清潔に保たれ、メタンガスによる再生エネルギーの利用まで流石に先進的な農場である。

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 一方、私は左目の白内障手術をして5年。数か月前より白内障と同じように視野がかすみ、光を眩く感じるようになっていた。知識として術後に水晶体嚢に残った細胞が水晶体を作り直そうとするための生理的現象と知っていたので、慌てることも無くつい先日レーザー手術を受けた。
レーザー光線をカチカチと目に照射し汚れを消し去ること20秒ほど、終わった瞬間は全く見えず、徐々に視野が広がって行くが緑がかぶさり違和感を覚える。
しかし、病院を出る頃にはすっきりと美しい視界が広がる。



f0201348_10452292.jpg 視界鮮明になったところで錦秋の逍遥登山をもう1度と欲張りたいが、孫の公開教室があったり、11月中旬には定植予定のタマネギの畝起こし、そして冬野菜の2回目の播種もある。その狭間にと思うのだが、山日和の天気が訪れてくれない。
 3日前、真夏にガレージの上に大葉で日陰を落とすキウイの収穫をしたが、35kgとここ数年で最大の収穫。唯の1本の木から、孫達や近所へのお裾分け、そして残りをヨーグルトに乗せて朝食のパンの横に添える。



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 仕方なくネットで囲碁を楽しんだり、借りた本数冊で立冬後の日々を過ごす。
そして、炬燵をいつ出そうかと悩む南国九州だが、北海道の冬の部屋は集中暖房で夏のようにぽかぽかと喜んでいる娘。

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by 1944tourist2004jp | 2013-11-12 10:30 | その他 | Comments(4)

「山友さんと念願の大崩山」(6)

f0201348_1731538.jpg 昨晩用意されていた昼の弁当を食べた後、尾根を伝いに広濶な湧塚への展望を見ながら、改めて言い知れぬ充足感が満ち溢れる。

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予定の時間を相当オーバーしてしまい、渓谷美の三里河原へのルートを諦めたが、坊主尾根も山登りの粋を集めたコースである。

f0201348_17331851.jpg 順路から逸れ数分で小積ダキの先端部。高所好きの彼はいつも一番乗りで感嘆の面持ちで妻(?)を見るが如く。二番手の私は、先ずはその偉観を眺め、カメラのFと露出を設定して2枚3枚とシャッターを押す。三番目の彼は若干疲れ気味なのか最後に来て最初に戻る。
 北東から縦方向に見る湧塚は岩峰も鋭くその急峻さを窺い知るが、坊主尾根から眺めると、正に長く険峻な花崗岩の壁である。また、小関ダキから見る坊主尾根も紅葉の彩りを添え中々の景趣である。山路もそれに比例するかのように険阻にして侮りがたい。


f0201348_1734095.jpg ロープとアルミ梯子が次々現れ、岩壁に張られた鉄線を頼りに狭い足場を渡る道筋は景色も危険度も絶好調である。
20mほどの岩に固定された鉄線が終わると、残りの2・3mにロ-プがつながれている。が、何と浮石ならぬ浮ロープで先が固定されず宙ぶらりんである。
“終わり良ければ全て良し”と言うが、何とも無情なお助けロ-プである。
事故が無いことを祈るばかりである。
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f0201348_17355864.jpg ロープに気を取られ下に行くべき所を岩の隙間へと上がって行く。行き止まりに後戻りすると、案の定赤いリボンが2ヵ所木に結ばれていた。
保全している方達へのお願いであるが、事故が起こる前に鉄線の終わりに結ばれていロ-プを道筋にある木にでも固定して欲しい。

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f0201348_1845081.jpg  ここからは岩尾根の上や隙間を梯子とロープで縫いながら進んでいく。そして最後の長い急坂の途中、平坦な所で林道と小屋への分岐点に出る。
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 渓流音が近付くにつれ普段なら足も速くなるが、最後まで急坂が続き油断ならない。
渓流まで来ると、祝子川の流れが想定外の逆である。恥ずかしい話であるが、地図を見ずに来たせいである。しかし、支流であることは水量と岩の大きさで直ぐに判断できる。


f0201348_1738450.jpg早朝の登攀時と一緒で、靴を脱がずに渡れる所を探すが、ここも中々であった。私は冷たい渓流水も肌に記憶したく脱いで渡ったが、お二人さんは転ばずとも登山靴を濡らす羽目となる。
色んなことが重なり、また岩峰での寛ぎもあり、10時間弱の山登りとなってしまった。
峻厳険阻な山であるが、渓谷美の三里河原へのピストンにはSDを連れてきたい山でもある。

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 早朝の暗闇で撮れなかった案内図と、最後に夕暮れの暁に染まりだす大崩山地の写真を載せて完了しよう。
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by 1944tourist2004jp | 2013-11-03 18:11 | 山登り | Comments(4)

「山友さんと念願の大崩山」(5)

f0201348_14163015.jpg 高所好きの彼は真正面から岩塊を登って行く。私も彼に付いて行くが、コンパスの違いは如何ともし難く諦めて下りてくる。
その時、岩塊の右の藪から一人の男性がひょいと出て来る。一歩先んじていた広島の彼である。巻くような安全なルートを教えて貰い、正面突破した彼と再挑戦。急崖であるが距離は短くロープや木の根っ子があり全く安全である。

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f0201348_14311046.jpg 岩上に立つと四方に大パノラマが広がる。深い谷を挟むように湧塚と小積ダキ、南には緩くせり上がる山稜の先に大崩山の山頂が見える。
また、北西には今風の髪をしたナイスガイの岩の先に深い峰々。地図を見ると鹿納山、五葉岳や夏木山が霞んでいる。
高所好きの彼は若かりし頃に数回大崩山に来ているらしいが三湧塚の岩峰に立って感激も一入である。

f0201348_14321224.jpg 広島の彼を入れての山談義の後、4人並んで山頂へと足取りも軽くなる。坊主尾根コースとの分岐点に来ると、彼は「私はここから下ります」と鈴音を残しながら下って行った。
 私達は、10数年前に感激に乏しい上鹿川コースから入ったもう一人の彼の「何も無い山頂・・・」へと、少し荒涼とした斜面の山路に就く。


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f0201348_14385580.jpg 疎林の緩慢な登りが終わると、スズタケの遊歩道の道筋が延び、ダミーと思しき岩群を通り、平坦な道を進むと山頂に出る。岩に挟まれるようにして一人で食事をしている男性に逢ったが、寡黙な彼とはお互いに「こんにちは」だけであった。
 程なくすると、数グループがお昼をするに丁度良い広場に出る。確かに観望も無く何の変哲も無い山頂である。しかし、どのような山でも一度は山頂を確かめたいし、記念写真を撮りたいものである。踵を返すようにしてザックをデポしていた場所から分岐点へと向かう。帰り道、一輪の秋リンドウと岩の間隙に小さい秋を見つける。
 途中、斜面の落葉に消えた道筋を近道するように下りて行くが、私は正規の道に戻り、2人はそのまま落葉と枯れたスズタケの斜面を下って行く。全く姿が消えた後に、数回呼ぶが小さな尾根越しながら全く反応なし。
私が分岐点から坊主尾根コースへと入り、数百m下った所で私の方へ歩いて来る彼等と対面する。


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 リンドウの丘で景色を楽しんでいると直下で話し声が聞こえてくる。5分ほどして急斜面の水場で水を補給している時、先ほどの声の主だろう同年輩風のご夫婦がやって来る。





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by 1944tourist2004jp | 2013-11-03 14:50 | 山登り | Comments(0)

「山友さんと念願の大崩山」(4)

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 山から帰った翌々日から風邪が悪化。風邪薬の処方欄に出ている通り、悪寒、頭痛、鼻水、喉の痛みと症状が揃い踏みをしている。

f0201348_10381548.jpg 風邪薬は全てが対症療法で原因療法になる薬は無いと承知しているので、病院に行くこともないし、また市販薬を飲むことも無い。
唯々温かくしてTVとPCの前に座り、夕方には相変わらずの晩酌をしている。
お蔭で同行のお二人には早々と順路に沿った写真をDVDに落して渡すことができた。反面、倦怠感で私はブログ更新が行き詰ったままになっている。

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 いつもなら書きながら路傍や観望を、また何を考えながら歩いていたか等々思い出すが今回はままならない。お恥ずかしい話であるが、順路などに自信が無い。
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 感激も一入の岩峰が眼前に続いたり、先導せずに後ろから写真を撮りながら付いて行った所為かも知れない。偶々、このブログを見た方々から疑問が出ることを承知で、マイブログとして次回の為に残しておきたい。

f0201348_10491752.jpg 清晨に下湧塚から懸隔の中湧塚を見上げると一人の男性(前ページの写真)。登山口で会ったワンボックスカーの男性だろう。一人が手を振ると、向こうからも返礼の両手挙げが返ってくる。単独行が好きな人間でも、深山での出会いは嬉しいものなのだろう。
 一頻り岩峰の上に立った喜びに浸った後、下湧塚を播くようにして急坂を登り、中湧塚の北壁に沿って剣難な山路を進むと中湧塚の岩峰に出る。清秋の上湧塚には紅葉の兆し。眼下には先ほどの下湧塚越しに木山内岳が峨々としている。
 歓談と観望の一時を過ごし、上湧塚への道はと捜せば、はたと困る3人。岩峰を渡って直進するのか、はたまた岩を下りて巻いて行くのか。


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 岩を八双飛びしても先が分からない。戻ると案の定踏み跡とリボンがあった。老境は安全な道を選び北壁をトラバース、壁に沿って下り、丸太橋や補助ロープに助けられ、難路を登り詰めるとポコンと飛び出た上湧塚の岩峰の直下に出る。
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by 1944tourist2004jp | 2013-11-03 10:51 | 山登り | Comments(0)

「山友さんと念願の大崩山」(3)

f0201348_20522166.jpg 渓流の滾々とした間断のない音を聞きながら、緩い登りを20分ほど歩くと河原に出る。そして、対岸には待望の嶄然と切り立つ岩峰が聳立している。
前もってアルミの橋が流されていることは聞いていたが、残骸は全く無く僅かに起点の痕跡が残る程度ある。

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f0201348_20555411.jpg 靴を脱がずに岩上を渡渉できないかと、3人で20分ほど探すが中々で見つからない。
男なら着地時に四つん這いになればどうにか渡れそうな所を見つける。
少しでも増水していると靴を脱がなければ無理だったかも知れない。広島の彼は私達が後から来ていることに安心して踏み入ったらしい。

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 渡渉後、スズタケの中を踏み跡に沿って登って行くと、情報通りの岩屋が続く。ヒメシャラのするっとした冷たい樹皮を心地よく感じながら、ロープやアルミ梯子の手助けを借りてガレ場の急坂を上り詰めると袖ダキの展望台への分岐点に出る。

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f0201348_2122659.jpg 数年来、私の垂涎の的となっていた峻険な岩峰下湧塚。幾重にも蹶然と屹立する白い岩峰は言葉で表現できないほど壮観で美しい。絶壁の下にはやや早めの紅葉の彩もあり、正に豊かなる絶景である。花崗岩の屋久島にもあるかも知れないが、本当に感動的な景趣である。その上、間もなくそこに立てるのである。

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f0201348_2133448.jpg深い谷底を挟んで小積ダキの偉観、陽はまだ浅く素人カメラでは上手く捉えられないが、屋久島のタマネギ岩のように皮がはげ落ちるような模様が一層雄大さを醸している。


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 f0201348_2171823.jpg 袖ダキの岩上を進み梯子の助けを借りて下の山路に合流し、尾根筋を進むと北西の方向に峰々を大観するが、私の知識では名前を特定することはできない。
岩峰を巻くように進むと急登に2段3段のアルミの梯子が誂えてある。そして、ほどなくすると磐座のように仰ぎ見た下湧塚の岩峰である。岩上に立ち中湧塚の岩峰を見上げると、峡谷を挟んで対峙するかのように小積ダキの大峭壁が迫ってくる。

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尋常でない花崗岩の岩峰の迫力に感動の声しか出ない。高所に強い長身の彼は岩端に近づき平然と谷底を見ている。私もさほどでも無いが、もう一人の彼は高所が中々苦手なようで感動の言葉が口から迸り出ることは無い。

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by 1944tourist2004jp | 2013-11-01 21:12 | 山登り | Comments(2)

「山友さんと念願の大崩山」(2)

f0201348_15475011.jpg 日も暮れやらぬ5時、まるで病院の夕食を思い出す。
明朝5時起床とは言え余りにも早い夕食である。突然の振替え宿泊客で宿側も都合があったのかも知れない。
 三者三様の酒飲みであるが、宿の奥さんとの話題を肴に定番のビールから日本酒へと移る。瓶ビール2本にそれぞれ日本酒2合で終わる。そこは老成達も弁えている。
50年前に延岡から嫁いで来てからのお話は歴史が深い。絶滅したとされる九州の熊や日本カモシカの話から、祝子地区の生業の変遷、登山客の実態と第3セクターの“美人の湯”までと初耳の話ばかりである。実に妙味豊かな話が聞けた。

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 壁に貼ってあった大崩山の簡明にして非常に判り易い“登山ルート図”と“俯瞰写真”を見ると、1部300円也。早速奥さんにお願いすると、台所の奥から持って来てくれるが、何処に引っ掛けたのか2cmほどの裂け目が入る。セロテープで貼った後「お金要りません」と差し出してくれた。申し訳ないと思い「300円どうぞ」と言うが受け取ってくれなかった。


f0201348_15492360.jpg「悪銭身につかず」と言うが、只で貰ったものも同じなのか乳房岩を前にしてポケットから紛失していたから情けない。
 1時間半程度の晩酌を終えると、平家の落人が住むような深山の集落で、することをいくら探しても出てこない。早朝5時起きを考えると7時とはいえ床に就く以外にない。
お二人は私と違って早寝早起き型で何の躊躇いも無い。枕が代わると寝つきが悪い私だが気付くと翌朝5時10分過ぎであった。

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 女性と違い男は実に簡単である。山姿で布団に入り着替えすることも無く洗顔さえすれば直ぐに朝食。昨晩のうちに朝ご飯と山での昼弁当を折詰にして貰っていたので、自分達でお茶を入れてそそくさと済ます。後は生理現象を始末して身を整えれば完了、6時ジャスト。薄暗い中に鄙地を登山口へと向かう。


f0201348_15574295.jpg 登山口直前の路肩にワゴンが1台。適当な場所を見つけることができず私達も直ぐ後ろに付け、彼から15分程度遅れて登山口に就く。
広島の彼とは上湧塚で合流するが、車中泊で色んな山へ行っているとのことであった。四国中国山地の情報満載な中で、私達の最大の興味は石鎚山である。彼曰く「石鎚の紅葉は10月10日前後が見頃」とのことであった。その彼とは坊主尾根への分岐点まで同行する。





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 山荘までの間、早く山頂に立てれば三里河原経由、遅ければ坊主尾根の周回コースと話し合う。
山荘に着いて最初の休息。一人だと休息もそれなりに短いが3人となるとやはり少し長くなる。先を急ぎたがる私にとっては絶好である。
三里河原方面へと向かう前に、一人帰りの渡渉を考え増水の程度を見に行くが問題はなさそうであった。
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by 1944tourist2004jp | 2013-11-01 16:16 | 山登り | Comments(0)

「山友さんと念願の大崩山」(1)

f0201348_11483617.jpg 全身に気怠さと、そして鼻かぜ気味なのか上顎に若干の痛みを感じながら早朝5時半に目が覚める。
二度寝ができるような眠気は無く、真っ暗な中に新聞を取りに出る。熱いコーヒーを飲みながらざっと目を通すと、上原投手が9回を3人でしめ、レッドソックスがワールドチャンピョンに輝くニュースほか様々。

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 昨晩は2人の山友さんを送って9時頃帰宅、ゆったりと長時間かけてお風呂に浸かり、噴き出る汗を拭きながら缶ビール1本と、飲みかけにしていたワインを飲み干す。緊張したゴムが一気に緩むように、全身が大観の山に溶融していく。


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 アケボノツツジの大崩山は逃したが、九重に続く錦秋三山目として計画する。宮崎県までの遠征登山に一人では余りに勿体ない、また仲間がいると奥深い山は安心である。

f0201348_116314.jpg そこで、組内で4月に定年退職した方に話しをすると、「お願いします」との快諾。もうお一人は、菜園仲間で若干早期退職した山好きの方である。彼とは畑作業の合間に時々山の情報交換する中で、同行するのは今回初めてである。計画を持ちかけると快く「お願いします」との返事。


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 台風が続けざまの先週、計画予定日の5日前に天気予報を確認して、「大崩の茶屋」に宿を予約する。
が、世の中想定外の事が起こるもので、宿泊の2日前に入宿時間の電話を入れると、「身内の不幸で予約の前後はどうしても宿を閉じたいんですが」との返事。私も承知せざるを得ず「ご愁傷さまでした」と言うと、直ぐに「別の宿をご紹介します」と“渓流荘”の携帯番号を教えて頂いた。


f0201348_11132193.jpg 11時に家の近所でお二人を拾って、一路大崩山へと大分自動車道の大分米良ICから10号線へ、そして326号線に入って行く。山奥の素晴らしい2車線道路でカーブも少なく、ダム湖を横切る橋もモダンな2尖塔型で延岡まで通じている。交通量も少なく非常に走り易い。
北川町の下赤から2本尾根越えし、山頂付近でトンネル2本を潜ると大崩の山稜が見えてくる。少し靄の掛る朧げな深山だが、ここで最初の1枚を撮る。
 通りすがり”美人の湯”に寄ると、スポーツカーが1台。
私達が車外に出ると同時に、30歳過ぎのやや細身の落ち着いた女性が下りてくる。
私が「どのコースを登ったんですか」と訊ねると、「今日は10時に着いたので、三里河原を往復しただけです」と仰る。数分立ち話をしただけだが、何とも優雅な深山逍遥である。

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 一度渓流壮に荷物を置いて”美人”の湯に戻る。
露天もあり中々のお風呂である。台風明けの平日、客は少なく私達を含め数人であった。
 夕食までの時間に民宿の横の河原に下りて行くと、花崗岩の大石が常に祝子川の豪流に洗われているのか、真っ白な岩肌を見せ、陽の光が水面に燦々として、透き通る青緑色の清流が一層際立っている。
老境の身ながら、子供のように胸高鳴る祝子川の渓流である。
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by 1944tourist2004jp | 2013-11-01 11:18 | 山登り | Comments(0)