<   2013年 10月 ( 16 )   > この月の画像一覧

「観楓連荘」(写真集2)

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by 1944tourist2004jp | 2013-10-25 12:35 | 山登り | Comments(4)

「観楓連荘」(写真集1)

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by 1944tourist2004jp | 2013-10-25 12:19 | 山登り | Comments(0)

「観楓連荘」(6)

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f0201348_1044118.jpg 石室を眼下にしながら西峰の南東の斜面を巻くようにのぼっていくと、南西方向には久住山と星生崎の間に阿蘇五岳の嶮山根子岳を遠望し、南東には昨日の大船山が逆光に落ち着いた雰囲気で重厚感を出している。

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f0201348_1071793.jpg 西峰の頂上直下から斜面を横切り本峯へと向かう。途中で会う人達は殆どグループ登山で私が会話に入る余地は無く、今日の目的地は大鍋と小鍋、黙々頂上を目指す。偶々、団体さんの会話に耳を欹てると、大船山の御池と三俣山のお鉢巡りの比較である。まだ見ぬ私には分からないが、甲乙つけがたい評価であった。

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山頂に着くと珍しく若い山ボーイ&山ガールが20人以上、単独行の老生数人は声も無く小さくなっている。


f0201348_10204112.jpg 遠望する大鍋と北峰壁の彩に感激しながら、お鉢巡りを時計回りにするか反時計回りにする検討をしている。
本峰からの急坂と太陽の位置を考えると反時計だろうと、写真を数枚収めて南峰への道筋に入る。下草に隠された山路は危ない、木の根っこや飛び出した石に躓かないとも限らない。へっぴり腰に両手で路傍の小枝やササをつかみながら小幅に下って行く。

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f0201348_1022487.jpg 鞍部からの北峰西壁の紅葉を堪能しながら南峰へ来ると、ここも平日には珍しく若い人達が多く30人以上の人集り、山頂標識に挨拶をして直ぐに直下から小鍋へと向かう。

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 何故か英彦山の中岳から北岳へと向かう山道を思い出しながら下って行くと小さな鞍部、そこで道が二筋に分かれる。左へ小さなピークへ入って行くと専門家コースで行き止まり。右に入り灌木帯に下界を閉ざされた中に歩を進めると小鍋を一望する。
御池に負けず劣らず秋の彩は素晴らしい。時計回りしてきた女性群と遭遇、一番の見晴らしの場所を譲って貰い写真を数枚。お互いに道筋の状況を確認し合って「お気を付けて」と別れる。
 今は通行止めとなっている雨ヶ池ルートとの分岐点を過ぎ、北峰へ急崖を登っては大船方向に絶景を楽しみが続く。
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 あとは特記することもないので、写真だけ載せておこう。
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by 1944tourist2004jp | 2013-10-25 10:36 | 山登り | Comments(0)

「観楓連荘」(5)

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f0201348_22505538.jpg 現住所に来て26年、スポーツ委員と隣組長をそれぞれ1回ずつ任されたが、当時は現役と言うこともあって全てSDに任せ、団地の会合や総会に一度も出席したことの無い甲斐性なき住民であった。
しかし、年金一筋の今年は隣組長を任され我儘も言えず、SDの協力を貰いながらお世話している。
その為に今朝も自治現会長と公民館で2度目の事務打ち合わせ、責任ある仕事から解放されて10年、頭髪は白く、そして薄くなり、頭を振っても音こそしないが頭骨の中で脳は萎縮し劣化していることだろう。

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f0201348_22522850.jpg 大船山行の21日は帰宅後風呂に入る暇も無く、山帰りの姿で昔働いていた職場の後輩と会い、預かった大事なメモを胸ポケットに入れたまま洗濯かごに入れる始末。
勿論、後の祭り。
 数え年の古稀、物忘れの延長線上に痴呆症が確実待ち構えている。健診で引っかからないことを良いことに、年に休刊日程度しかとらない禁酒の日、せめて1週間に1・2日は休肝日を取らないと他人事では済まされないかも知れない。


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 翌朝は肢に違和感もないし追突された影響も頸になく、やや腰が重く感じる程度であった。
30分遅れて6時前に一人で家を出て高速道路へ向かう。昨日以上の好天、山日和である。
昨日と同じ長者原の駐車場は半分程度と少なく、三股山を見るとうっすらと靄に霞み、ツーンと鼻を衝く硫黄臭が漂ってくる。
 作業道を足慣らしと思い、準備して直ぐに舗装道へと歩き出す。登山靴で舗装道路を歩くのは気のせいかややしんどい。
硫黄山からの土石流を防ぐ砂防ダムを右へ迂回して程なく、大回りする作業道を直進する様な山路の入り口がある。
急ごしらえの階段と滑り易いクレイに足を取られないように上がって行くと、朝霧の立つ三股山の全景を見る。

 話す相手もいない一人旅、前にぶら下げた一眼レフのケースに両手を置いてペースを守りながら登って行く。私にとって一番楽な歩様態勢である。真正面に無機質で黴色の硫黄山を見ながら涸沢を渡り、火山礫の斜面を上がって行くとスガモリ越えの石室。屋根の無い石室に数人、黄色い声と錦秋に相応しい登山服がちらほらとする。
 息遣いも心臓の鼓動も正常、しかし発汗量は凄い。一気にペットボトル1/3ほど飲み、直ぐに西峰の斜面へと踏み込んでいく。

                                      (小鍋の向こうに大船山)
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by 1944tourist2004jp | 2013-10-24 23:01 | 山登り | Comments(0)

「観楓連荘」(4)

f0201348_17263162.jpg 登り下りの待ち時間ごとに、壮大で聳然とした満山を観望しながら段原へと戻ってくる。そして、草叢に腰を下ろして俗塵を忘れ、錦秋の御池を脳裏に余韻に浸る。

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 坊ガツルを挟んで対面に、割れた雲間に見える三俣山。明日の紅葉狩りとして心を馳せながら望遠で写真を撮っていると、突然に見覚えのある顔。

f0201348_1851067.jpg 印象深い髭面に気付いて「○○さんですよね!」と声を掛けてきた。物忘れの激しい私であるが、直ぐに公民館「山の会」の副会長(現在は会長さんかも知れない)と分かった。
「明日、山の会でここ来るので先遣隊としてきましたよ」と、逆光にシルエットのように人影の並ぶ山頂に目を遣る。
その内、奥さんも上がって来て妻との再会を喜ぶ。4年ほど前に由布岳と三俣山に一緒に登った仲である。

(岩の上の小さな秋)
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ここの下りは長い。私は登りより長く感じる。悠揚とした歩調に、時間つぶしに青空に透かした紅葉を撮りたく脇道に逸れるが、塩梅の良い楓や広葉樹が無い。
長い道のりを相前後しながら、山の話題から離れて色んな話をするが、やはり最初は末娘。

f0201348_17384980.jpg 今月19日より北海道で全く異種業実習に入っているが、暖かく綺麗な部屋を貰い、メイルには「搾乳、哺乳、パーラーや牛舎の掃除を主に行っております。そして、牛の治療の際は獣医さんについて回り、分娩があればその後の処置を教えてもらったり、酪農の苦労と楽しさを経験しながら、とても充実した毎日を送っております」とあった。紹介してくれた在礼の旧友に感謝である。
 坊ガツルに来て一休みしていると、“素性知らぬ山友”さんと今日3度目の再会。私同様、彼も単独行が多く、気安く会話して一期一会を楽しんでいるような雰囲気が漂っている。

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f0201348_17403266.jpg 静謐な樹間に逍遥気分で歩く。タデ湿原を前にして作業道を歩いている時、前を歩く女性二人の持つ竹製のストックから、道路を打つ時に出るカーンと乾いた心地良い音が響いてくる。追い着いた所で、後ろの女性に「竹製のストックとは珍しいですね」と話しかけると、前を歩いていた女性が振り返る。
驚いたことに同年代風の男性であった。ぽってりとして女性的雰囲気の歩く姿と帽子からはみ出した長い髪に誤魔化されていた。
霧島神宮近辺で仕入れて竹をストック用に手直したものであるが、握る所は径3cmほどで、節間が狭く非常にフィットし、乾燥した竹は相当強じんそうである。ご主人用が少し太く、奥さん用はやや細く、先に金具を付けて器用に加工されている。私も持ち歩きたくなる逸品である。


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 ストックの話から山の話、そして同年代の好と言うか気安くプライベートの話へと敷延していく。
SDが私達の住んでいる町名を奥さんに話すと、「お父さん、お父さん!○○よ!」。何と!ご主人の生まれ育った組内であった。私の飲み友達やお寺の住職と小中同期で、現在は弟さんがお母さんと一緒に住んでいるとのことであった。
余りの奇遇に口あんぐりの二夫婦、お互いに疲労を忘れるタデ湿原の木道に和らいだ息遣いが平治号まで続いた。
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季節を食べ、季節を愛で、季節に愛される年金生活万歳である。
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by 1944tourist2004jp | 2013-10-24 17:47 | 山登り | Comments(2)

「観楓連荘」(3)

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 段原まで休みを取らずにSDのペースに合わせて先導する。10mほど遅れてついて来るSD、自分から「休みたい」とは言わない。

f0201348_1925440.jpg テント組、法華院温泉組、男池登山口組が一堂に出会う段原へ一気に上がって来ると、30名ほど人が自由に屯している。
間食の時間であったり、カメラを三脚に据え岩峰に焦点を合わせえている人達、私達のような小休止の人達、流石に皆さん方見頃とカメラアングルを心得ている。
SDのザックにお昼を入れ、私のザックとストックを草叢にデポして20分ほどの平たん路とゴロ石の急坂を登って行く。

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 途中、清秋に大パノラマが広がる。坊ガツルを懐に抱くような九重山群の眺望、段原への山稜に広がる錦、その向こうには米窪を半円形に囲む北大船山。ミヤマキリシマの季節になると、この山稜は色鮮やプロムナードに化ける。
登りと下りで道を譲り合いながら山頂に立つと、こぼれんばかりの人出と感激の喧騒。
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f0201348_18415868.jpg 私達もその輪に加わるように御池を見下ろす。昨年に比べ色鮮やかな紅葉が水面に揺れ言い尽くせぬほどの錦秋の山頂である。

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f0201348_195584.jpg 少しの間景観を楽しみ混雑御池の畔を避け、先ずは東に回り込み上から眺めを楽しみ、岩峰に向け紅葉をカメラに収め、人気スポットから少し外れた南へと回り込んで行くと、白水鉱泉からのご夫婦に遭遇。お互いに錦秋を愛で一言二言今日の喜びを言葉にする。





f0201348_18293759.jpg それから混雑する御池へととって返し畔に下りて行く。
カメラの放列に寸分の余地も無く高みから一通り楽しみ、鮮やかな紅葉を見ながらお昼とする。
山頂へ戻る前にもう1枚と思い下りて行くと、素性を知らない山友さんと再会。


f0201348_1835834.jpg 新聞社のヘリコプターが引切り無しに旋回す中、大いに満足して山頂へ戻り2人とも振り返ることなく段原へと下山する。

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                                            (段原より、明日予定の三俣山と北峰の山肌)
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by 1944tourist2004jp | 2013-10-23 18:25 | 山登り | Comments(2)

「観楓連荘」(2)

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 喬木林に日は無く、薄着に適度な温度としっとりとした山路はフィトンチッドに満ち溢れ清々しい。

f0201348_1335579.jpg 単独だとやや気忙しく前の人達を追う山登りになるが、今日は久し振りにSDを連れての登山である。
釜炊きご飯と同じで、後々ばてないように歩き始めは気負い過ぎずゆっくり歩きたい。休む場所を考えながら、そして滑り易い足元に気配りしながら一定の歩調を保つ。

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最初の休憩地と考えていた涸沢に来ると、崩落の筋が数本入った北峯の北東壁は鮮やかに彩り、今年も大鍋・小鍋が期待できそうな様相を醸している。

f0201348_1347762.jpg 5分ほど休んでいる間に、数組のグループに追い越される。SDにとって5月以来の登山であり、今日は相当長い道のりである。自戒を込めて急がず慌てずである。
 ここから少しの間黒土の登りが続き、下界への展望所を過ぎると雨ヶ池に出る。
束の間の木道に歩幅を広げ時間を稼ぐが、直ぐに泥濘の道となる。靴の汚れを気にしながら、そして足を捕られないように不格好なカニの前歩きで進む。
 SDはいつものことであるがマイペースを崩さず、路傍の山野草にも目を配る。花豊かな山路であるが、今は少し草臥れたマツムシソウと狂い咲きのミヤマキリシマ、そして秋リンドウが数輪。

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 平治岳から北大船山、大船山の展望を楽しみながら、枯れ薄の広がる坊ガツルに入って行く。山頂に雲は掛っているが想定通り透明感のある青空も広がり始めた。


 テントが数張り、2回目の休憩に入っていると見た顔の男性が通り過ぎて行く。向こうも髭の私に気付いたのか、お互いに「ここで会いましたか!」との挨拶を交わす。彼とは九重で数回会って色んな情報を貰っているが、お互い顔見知りと言うだけで素性を知らない。私達より30分遅れで長者原を出発したらしい。「一昨日登った時は今一だったので今日は見頃ですよ!明日は三俣山のお鉢に行きます」と満面の笑みが返ってくる。
彼も三俣山の山肌の紅葉に気付いていたのだろう。私も連荘になるが、先を急ぐ彼に「明日、また大鍋小鍋でお会いしましょう」と見送る。
 私達も数分遅れで腰を挙げる。ここからはゴロ石あり、泥濘ありの結構長い幟が続く。
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by 1944tourist2004jp | 2013-10-23 14:12 | 山登り | Comments(0)

「観楓連荘」(1)

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 ビールと焼酎を重ね過ぎてブログの整理ができず1日遅れの今日となってしまった。
21日はSDを連れ出し3年連続の大船山へ、そして、22日は1人で三俣山の大鍋・小鍋の御鉢巡り。

f0201348_2334837.jpg  吉部からの平成22年は冷え込みが激しく紅葉と霧氷が重なりあう素晴らしい紅葉狩りとなり、昨年は見頃を外し少し物足りない赤茶けた紅葉の山であったが、今年は如何に?
 長い人生、色んな喜怒哀楽に遭遇するが、32,000歩(ab18km)の長征ともなると奇遇ともいうべき偶然が重なるものである。
 交通量の少ない大分自動車道であるが、週明けの月曜日は商用車やトラックが忙しく追い越していく。私も登山口7時ジャストを目標としているので上限速度を維持する。
しかし、玖珠SAで朝焼けの空に連山のシルエットが浮かび、上昇気流に乗った朝靄が墨絵のようにかかる景色を目にすると、自ずと逸る気持もセイブされる。



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  いつものように九重ICで降り、210号線に出る交差点で赤信号停止。2人で過去の観楓について話していると、突然にドスンという軽い音と同時に前へ少し押し出される。追突である。
後ろの車から降りてくる気配が無いので、私の方から下りて行くと、広島ナンバー軽の4駆である。
運転しているのは若い男、助手席には中年の男性。「何か言うこと無いのか!」と詰問すると、申し訳なさそうに「すみません!」と頭を下げる。バンパーに凹みは無く、私達も首に鞭打ちのような違和感も無いので、一言注意して放免する。
 予定より若干遅れて7時過ぎに長者原到着、駐車場は既に7割方埋まっていた。
正面の三俣山から星生山に連なる連山には雲が厚く掛っている。「早朝はこのようなものだろうと」楽観しながら7時15分に“平治号”の銅像の傍を通り、タデの湿原に木道を歩く。
 今年は残暑が長かったのでやや遅れ気味かも知れないと思い、雨で行けなかった日に”法華院温泉”の方に訊ねると、「20日が見頃では?」との返事であった。
 観楓は時期に清秋が相乗して一段と美しい。
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by 1944tourist2004jp | 2013-10-22 23:01 | 山登り | Comments(0)

「井山大三冠誕生」

f0201348_12563972.jpg 昨晩は早めに晩酌を済ませ、錦秋の九重へと心弾ませ就寝。
4時に起きて真っ先に新聞を取りに行くと星は無くどんよりとした空、1面の天気予報欄を見ると大分県は“曇りのち雨”、朝冷えを増幅するかのような失望感で身体が一気に冷えこむ、寝付かれず5分経つ。


(5枚とも、昨年に吉部登山口を起点として、暮雨ノ滝、坊ガツルから大船山へ)

f0201348_1375663.jpg 仕方なく階下に降りて、名人戦第五局の深夜ダイジェストの録画を開く。
趙治勲九段に続く大三冠誕生の字が躍る。先週の“山の上ホテル”での大盤解説の観客の興奮が脳裏をかすめる。20歳直前に名人戦挑戦を果たし、現在7棋戦すべてに顔を出す井山裕太大三冠。


f0201348_1384848.jpg 趙、井山両大三冠とも序盤より熟慮の末に定石や形に囚われずに石を打ちおろし勝負を掛けていく。
8時間の持ち時間を序盤中盤で使い果たし終盤はいつも秒読み、1分以内に膨大な差し手を読んで苦悶の中で勝利する。
囲碁に限らず将棋でもそうだが、脳に汗を掻き2日制の番碁では相当量の水を飲むらしい。
プロとアマチュアではその読む力に天地ほどの差がある。「下手な考え休みに似たり」と言うが、私などは一生懸命考えても5手前後で、考えあぐねた末に間違いをやらかす。彼等は一瞬にして幾通りもの筋で100手前後が脳裏に浮かぶらしい。

f0201348_13132845.jpg 空前絶後と言われた将棋の羽生善治の7冠達成であったが、碁の世界でその記録が達成できるのか。衆愚としては達成して欲しいと思うが、他の天才棋士達も黙ってはいないだろうし、若いと言え1年間で番碁を7度する肉体的精神的疲労も想像を絶する。


 花と深山観望の九重、雨の日を選んでまで行く気になれない。日曜日が見頃となっているので若干延ばしたい。


f0201348_13335556.jpg 昨日、札幌に旅立つ末娘を空港まで送ったが、夕方には酒好きの彼女らしくビールジョッキを片手に鮭とイクラの海鮮丼の写メールが送られてきた。


f0201348_13191463.jpg 6年間IT関連の大手で働き退職。3か月ほど自由気ままに旅行したり勤めていた会社の同僚と遊んだりと片時も家に居ず、8月末に動機は全く不明であるが酪農実習をしたいと言い出す。それも北海道で・・・・。
就職面接で特技を聞かれ「老犬の介護」と言ったほどだから動物好きとの認識は持っていたが、酪農の“ら”の字も知らない娘である。
札幌在住の私の旧友に相談してみると、数日後に日本酪農の嚆矢“町村農場”を紹介して頂いた。江別市の石狩川沿いにある完結型農業の先駆けでもある。

何故今か? “親知らず”を2本抜き体調を万全にし、甥や姪の運動会を応援して、19日から厳寒の北海道で実習に入る。
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by 1944tourist2004jp | 2013-10-18 13:14 | その他 | Comments(4)

「運転歴47年」

 “やまびこ会”のメンバーであり、またつい最近ブログ友さんともなった方のブログを開く。昔懐かしい “いすゞジェミニ”を背に、肌を少しふれ合うようにして、初々しい笑みを浮かべ、想像するに頬をほんのりと紅潮させているだろう青春の美男美女の写真。山友さんには大変失礼ながら、ブログを読む前に見とれてしまった美形の奥さん。
従前にも彼の多趣味を垣間見ることはあったが、車に対する愛着も相当なものである。そして尚、53歳の現在も趣味に合わせて、スズキ・ジムニー改、三菱・ランサーセデイァワゴン、BMW・318iツーリングMスポーツ3台の車を乗り回しているとは羨ましいかぎりである。

f0201348_942018.jpg 加齢とともに怪しくなってきた運転技術、最近はハッとして胸を撫で下ろすことが年に数度、そして車庫入れすると必ず斜めに入っている。
75歳の免許証切り替えを持ってG免許のまま放棄しようかと考えているが、QOLを維持していれば命が尽きるまで持っていて、お棺に忍ばせてくれても良いと思っている。
 彼に比べると貧弱な私の車歴は、昭和43年入社した時に会社からの貸与車として先輩から譲り受けた初代サニー、次に初代スバルレオーネを貰い、自家用車での業務が認められるようになって直ぐに初代トヨタカリーナを購入。4年半で3台乗り換え退社。


f0201348_1350516.jpg 2年弱ヒッピー風にヨーロッパで遊び周って帰って来るとオイルショックの真っただ中、職は無く親に頼るわけにもいかず、束の間の車として友達から使い古しのスバル360を貰い半年ほど乗った。
再就職後はスカイライン(2000GTにあらず)、5年経って2度目の転職後からはカローラ、コロナ、スバルレガシー、ウィンダムと乗り継いだ。
 そして、定年退職と同時に発売となった2代目プリウスを購入。早9年、既に地球4周半走っている。
退職後に誘いを受けた公益法人での県内出張に使ったが、その間古都巡りや関東への長距離ドライブ等、故障も無く頑張ってくれるプリウスに感謝である。

 故障と言えるかどうかどうか分からないが、数年前にコーナリングで変な音がするのでディーラーに持ち込んだら、右前輪のベアリングに摩耗があるとのことで無償修理してくれた。
事故修理で一番金が掛ったのは、笑うに笑えない恥ずかしい事故である。後部のハッチバックドアを跳ね上げたままガレージにバックで突入、勿論スピードは緩いがそれなりに重傷。
そして、ダークブルーで傷や凹みは目立たないが側壁の下部に多々、車ドロボーも敬遠するほどの愛車となった。



f0201348_952041.jpg 10万kmか10年で専用バッテリーの交換を予想していたが、全く問題なく走っているし、今でも夏場にクーラーを入れなければ27km/L走ってくれる。
(前にも書いたが、夏場クーラーを入れるのは他人や幼い孫を乗せた時と酷暑の日。以外は開け放した窓から流れ込む自然の生温い風を、温暖化防止への細やかな貢献と思い我慢している。SDも末娘もこのことに決して反対しないから嬉しい。クーラーを入れると燃費が4~5km/L落ちる。新興国の消費量増大や投機筋によるオイルの価格が高騰する中で、日本中の車が1日でもクーラーを我慢したらガソリンの消費がどの程度倹約できることか!また温暖化防止に役立つことか!)
 ここ数年、車検の度にディーラーから買い替えを勧められているが、年金暮らしの身分だし何不自由なく乗れる現状車を手放すには余りにも勿体ない。親切な営業マンにやんわりと断りを入れている。 
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by 1944tourist2004jp | 2013-10-13 11:54 | その他 | Comments(4)