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「3月30日」

f0201348_15375725.jpg 農家の広い庭。
青空に映えるモクレンやコブシの清々しい白さ、そしてイヌマキの生垣に透けるレンギョウやユキヤナギは楚々として美しい。
眼を奪われがちな梅や桜にも劣らない季節の花である。

f0201348_15422985.jpg また、ツクシ同様季節の野草として酢味噌で味わった菜花は、ウォーキングコースの土手沿いに咲き揃い息長く人目を楽しませてくれている。
 
f0201348_1545045.jpg この季節、我が家では鉢植えのサクランボの授粉が終わり、ボケが一気の陽気に咲き揃う様相を見せている。
慌てたSDは長く味わいたいオレンジ色の花に待ったをかけるように屋内に入れる。
因みに昨年実ったサクランボは30粒程度あったが、二人の孫が捥ぎって直接口に入れてしまった。

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f0201348_15553490.jpg そして、クリスマスローズのくすんだような色合い。匂いもなく奥ゆかしく下向きに咲く姿に虫達は気付いてくれるのだろうか。

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 親子3代に渡る“飛び石”誕生日に4日遅れた孫、計4人の歳を足しても意味は無いが111歳である。


f0201348_1624830.jpg そして、名古屋に転勤する末娘の歓送会も兼ねて久し振りに集う家族団欒の日である。
明日は孫達の前で二日酔いは覚悟しなければならないだろう。

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by 1944tourist2004jp | 2012-03-30 16:10 | その他 | Comments(4)

「山友さんと“小岱山”の山開き」(3)

 途中僅かな休憩を挿むが皆さん方に疲労の色は全く無い。やはり小岱山の主の様な方達ばかりである。

f0201348_21345892.jpg 縦走路に出る前に大回りコースとの合流点に出ると、「次回は大回りコースを歩きましょう」とぼん天棒さんの有難い声が後ろからかかる。

f0201348_21353033.jpg そして、筒ヶ岳への分岐点では、私の為にぼん天棒さんとMさんは往復20分程度の長助金毘羅へと案内してくれる。大パノラマの小岱山らしく色んな所に展望台がある。
 突き出した展望台に着くと、ご夫婦と岩の裏側では女性が一人お昼の真っ最中である。
Mさんに教えて頂いた三池山を1枚。

f0201348_21381264.jpg 直接筒ヶ岳に向かった人達が風を避けて山頂直下で待っていたとも知らず、私達は其処を素通りして観音岳へと周回して行く。

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 同年代の3人に共通項は多く、酒での失敗談や山歴を語りながら足も軽い。

f0201348_21434546.jpg ここ数年で山野草の花に長じたぼん天棒さんは常に足元に眼を配りながら歩いている。
葉っぱだけで、「これがミヤマウズラ、これがコクラン、これがイチヤクソウですよ」と私に教えてくれる。

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そして、「最近は顔を見ないようになりましたね」と言いながら、小岱山を愛した方が植樹した河内桜2本も紹介してくれる。

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また、同じ年の髭のMさんはアルプスやヒマラヤ、そして日本アルプスと私が近寄り難い山々を歩いていると言うから羨ましい。


f0201348_21461193.jpg 私達が観音岳で昼食をしている最中に、筒ヶ岳で別れた方達が「山頂の下で待っていましたよ!」近寄って来る。

来月から東京へ行くN氏の送別会に出る彼等と別れて帰路に着く。


f0201348_21464069.jpg ぼん天棒さん、土曜会の皆さん有難うございました。
記事に間違いがあったら教えて下さい、宜しく。
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by 1944tourist2004jp | 2012-03-25 21:48 | 山登り | Comments(7)

「山友さんと“小岱山”の山開き」(2)

 SDが友人との散歩時に取って来た土筆、さぞかし大群生の土手に行ったのだろう、スーパーの買い物袋に目一杯の量である。

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 仏事に残った私への仕事が二つ、ブロッコリーの収穫と土筆の袴とりである。
いずれも酒の“おつまみ”に料理してくれるし、老いては子と妻に従えと従順(?)に片付ける。
収穫は良しとしても土筆の方は予想以上に大変だった。

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DVDを見ながらの一気に片付けた2時間弱、ボールに山盛りとなり私の指先は灰汁で真黒となる。いずれにしても旬のものを思う存分に、そして只で頂けることに感謝しなければならない。

f0201348_20324026.jpg “小岱山土曜会”の方々、10人程度の男女のグループと前後しながら観音岳へと丸山コースに入って行く。
ぼん天棒さんの直近の山登りや“そよかぜ”さんとの長崎街道歩き、また私が由布岳でお会いした山守の方について、お互いの印象を語り合いながら整備された道を登って行く。
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 距離もさほど長くないし、先導して頂く山登りなので通り過ぎた道は印象が薄く、いつしか尾根道から右折して丸山展望台に到着する。
f0201348_20371490.jpg  今年初めての黄砂のせいか、はたまた霞のせいか分からないが展望は無い。しかし、初対面の私を気遣ってか、ベテランの奥さんが急坂の東斜面と緩い西斜面からの20本の登山ルートや視界にある山々について色々と教えてくれる。


f0201348_20385157.jpg 5分ほどの展望所休憩の後、踵を返すように観音岳へと自然歩道を登って行く。山頂直下の急階段ルートと自然道に分かれ山頂へ出ると、芝の広場には2・30人の参加者が思い思いに寛いでいる。
先導されていたMさんの私への第一声は「残念ながら雲仙岳は見えませんね!」だった。2月の登山時に幽かに見えた多良山系共々、青空の無い展望に姿も無い。
 土曜会の皆さんが顔見知りの方々と挨拶交わした後、直ぐに東斜面へと歩き出す。
間もなくすると分岐点に出て、私達が滑り易い急坂“小回りルート”へと向かう中、二人のご婦人が大回りへと別れていく。

f0201348_20405979.jpg クレイの急坂は湿って滑り易いが、落葉も残り横向きに下りれば滑ることは無い。
後ろを歩く長身のNさんは私の住んでいる町で仕事をしていたこともあり、気さくにお話ができる。機械設計の仕事で4月から東京へ単身で行くことになっているらしい。

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 苔生したゴロ岩の沢に出ると、昨日の80mm程度の雨量で小さな渓流になっている。ここから筒ヶ岳と長助金毘羅の縦走路までは急坂を登り返す。

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by 1944tourist2004jp | 2012-03-25 20:45 | 山登り | Comments(0)

「山友さんと“小岱山”の山開き」(1)

f0201348_1062066.jpg 楽しい明日が待っている時、必ずと言ってよいほど目覚ましより早く起きる子供達。
 人間60兆個の細胞から成り立っていると言うが、私の場合その大半の細胞膜はよれよれで浸透圧機能も劣化しているが、精神年齢を司る細胞だけは緊張感があり、この年になっても同じ習慣を維持している。

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(平安時代のお公家さんのような雰囲気の髭の神主さんと、馬の尻尾のように艶やかな髪をした巫女さんは正装に少し寒そうだった)
f0201348_109490.jpg 山友の“ぼん天棒”さんと久し振りに会える“小岱山の山開き”の朝、庇を叩く雨に気付いたのは起床予定の15分前。熊本県北部の天気が気になり新聞を取りに玄関先に出ると、東の空に寝ぼけたような輪郭の朝日がぼんやりと出ている。しかし、鉛色の空が広がり、新調(?)のスポーツ刈りを小雨が濡らす。
予報欄は午前中曇り、午後から晴れとなっている。

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 ワイパーオンで高速に乗って行くと、いつしか南の空が明るくなり青空も見えて来る。そして、防音壁の上から覗いているコブシの白さが眩く、沈んでいたモチベーションもアクセルが一気に踏み込まれる。
 慣れない道だが、前回登った時に“ふるさと自然公園センター”を地点登録していたのでカーナビ任せで林道から入って行く。儚く散って行く桜に似ず、長らく楽しませてくれる紅梅と白梅、普光寺に観梅に行ったばかりであるが二度目の林道に踏むアクセルも心なしか緩く成る。

f0201348_10115858.jpg 9時15分前のセンターには、老人ホームの如き様相で相当数の方々が集合している。
式典までの間に集合されている方々の写真を撮っていると、眼前にぼん天棒さんの山友“かっちゃん”さんが立っている。
観音岳の山頂で名刺と写真展の葉書を頂いていたので挨拶すると、一瞬のためらいに私が想定外だったことを忍ばせる。
彼は世話役の腕章に2台のカメラを肩から下げ忙しそうに人垣を分けて行く。

 見当たらないぼん天棒さんに携帯でもと、登録された番号にかけようとする正にその瞬間肩を叩かれる。「腰痛の記事を見ていたので、心配して今朝早くブログを開いたら由布岳の記事が出ていたので待っていましたよ!」と、いつもと変わらぬ屈託のない笑顔の第一声であった。

f0201348_1027695.jpg 山開きの神事、主催者挨拶、ストレッチ運動と40分ほどの後、記念品を頂き三々五々と登山道に流れて行く。
ぼん天棒さんの紹介で、私も“土曜会”の一員となり、久し振りのグループ登山である。

 仏事で出かけるSDを送る為にブログ書きを中断する。


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by 1944tourist2004jp | 2012-03-25 10:27 | 山登り | Comments(0)

「野焼き後の由布岳」(3)

f0201348_2225933.jpg ミヤマキリシマの灌木と岩場の隘路を通り山頂へと上がって行く。
無風の山頂で二人の女性がタッパーの手作り弁当を美味しそうに食べている。
お互いに由布岳で最初の挨拶を交わした同志、違和感無く写真を撮らせてくれる。

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f0201348_226272.jpg  昼食を邪魔する訳にもいかず、九重山群を1枚撮ってマタエへと鎖場を下りて行くと、私のザックのそばに“栗を頂いたご夫婦”が仲良くザックを二つ並べてこちらへ向かって来る。
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上から奥さんに足場を指示しながらご主人が先導して登って来る。私は集中している彼らに「お疲れさん、気を付けて下さいね」とだけ言い残してマタエへ。
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f0201348_2283317.jpg 1時間強のお鉢巡り。12時を過ぎているが空腹感は無く、下り1時間の積りで水を一息に飲んで下って行く。

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 そして、登山口まで残り15分程度となった辺りで、“由愛会”と書いたコンテナを傍らに登山道の排水溝を修復している男性に出くわす。

f0201348_22251636.jpgどうしても一言「ご苦労様」と声を掛けたく立ち止まると、赤いジャージズボンに色グロの男性が顔を上げる。
直感的に一期一会を満喫できそうな容貌に、冬枯れの中お互いの共通の話題に花が咲く。

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案の定、昭和14年生まれと思えない頑強そうな身体から野太い親しげな声で、手を休めて「自分を育ててくれた由布岳に奉仕しているだけです」と、屈託のない表情を浮かべる。
彼の為にも紹介しておきたいが、材料にしても行政や団体からの金銭的な援助を貰わず全くの無料奉仕とのことである。

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小・中学生の成長盛に苦労したことを糧に、自信に充ち溢れた話しぶりと行動である。しかし、決して独善的でなく菩薩行に近いボランティアをやっている。本当に頭が下がる思いである。
東日本大地震でも“思い出探し隊”の先頭に立って一番厳しい時期に三陸へ行っていたとのことであった。実体験を聞くと、一瞬涙を浮かべながら遺体との対面について話し、近々2度目のボランティアで入るという。

f0201348_22282375.jpg余談だが、彼は66歳で職を完全に離れ、野宿をしながら90日で佐多岬から宗谷岬まで歩き、NHKの30分番組にも紹介されたらしい。
また、”田子の浦”の海岸から出発して、富士の山頂に立った経験も語ってくれた。
 ごっつい指と厚い掌に握力が印象的な握手して別れる。県内の山開きの日程を紹介して頂いたので再会も期待できる。

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 明日は”小岱山”の山開き、好天を期待してブログを終了する。
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by 1944tourist2004jp | 2012-03-23 22:30 | 山登り | Comments(4)

「野焼き後の由布岳」(2)

f0201348_2032291.jpg 途中、同年代のご夫婦が道の傍らに休んでいる。挨拶すると、突然に「栗でもどうですか」と差し出される。
 今日の由布岳は大阪の方々に占領された感がある。このご夫婦は最初の方達である。
大阪の台所事情について歴史的背景や京都・神戸からの人口流入等、ご主人の蘊蓄を色々と聞きながら栗をご馳走になる。
そして、今話題の橋下市長への期待に移り15分ほど、最後に「若く見えますね!」との嬉しい言葉を背負って、「お先に」と歩き出す。


f0201348_2042635.jpg一昨日、4年振りに床屋に行って夏向けにスポーツ刈りをしたばかりである。
先ほど聞いたお話を一歩一歩に反芻しながらゴロ道を登って行く。
f0201348_20104494.jpg 1人、2人と若い男性が下りて来る中、展望の利く路傍で一心に大パノラマにカメラを向けているご夫婦あり。やや若いお二人もまた大阪から来られていた。
「フェリーで来て今晩は湯布院泊まりです」と、奥さんが嬉しそうにご主人に相槌を求める仲の良さである。

f0201348_20132583.jpg 最後の急坂を登り終わるとマタエ到着、丁度11時過である。
少し年長の男性に近寄ると、挨拶の後「高知から家族で来ました。女房達が湯布院の町を散策している間に私だけ山登りです」と笑顔を返してくる。
私が飴玉と一緒に持って来た“クロボウ” を差し出すと「いいですね!」喜んでくれ、話しが山歴と四国の山々へと移って行く。
昨秋、行きそびれた石鎚山の情報を頂いて、彼は西方の鎖場へ、私は東峰からお鉢巡りへと分かれる。

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f0201348_20155110.jpg 一気に登って行くと、学生らしき2・30人の団体に山頂は占拠され私の居場所がない。
山頂からの眺望を楽しむ暇もなく、分けるように東路の方へ進むと、一人の男性が申し訳なさそうに頭を下げ、道を譲ってくれる。
引率の方かなと、「団体さんですか?」との問いかけると、大阪から「中・高校生を連れて来ました」とのことであった。
ピストンで東登山口に下りて、今晩は城島高原でキャンプをするという。
正装はしていないが、ひょっとしたらボーイスカウトかも知れないと思いながら岩の難路を下って行く。

f0201348_20171430.jpg 東登山口との分岐点を経由して剣が峰へと岩場を進むと、鶴見岳、高崎山と別府湾、そして国東半島から確信は持てないが英彦山群を一望にする。
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ザラメ状になった残雪を岩陰に踏みながら、股下長が有利な岩場を上り下りして大崩へ。
マタエ越しにに独立峰の涌蓋山を見る。
f0201348_20235450.jpg 双耳峰の陰影と三角錐のバランスを一時楽しみ西峰へのクレイを滑りながら登って行く。

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by 1944tourist2004jp | 2012-03-23 20:25 | 山登り | Comments(0)

「野焼き後の由布岳」(1)

f0201348_22333725.jpg 山の楽しみは人それぞれかも知れないが、万人が共有する感動は雄大な景色であったり、山野草の花であったり、また仲間との語らいと山頂でのお昼かも知れない。
そして、季節は勿論のこと歩く度にする新しい発見、それがほんの細やかなものでも一様に感激する。
 それともう一つ、大切にしたいものは出会いである。
基本的には環境や疲労を共有しているので話しは通じるが、一山で一人は直感的に再会したい方に出会う喜びがある。
今回も素晴らしい出会いがあった。
 彼岸で故郷へ帰るSDを送って、半年振りに美峰“由布岳”へと向かう。昨年の9月に東口から登った折、SDの躊躇もありにお鉢巡りができなかったので、私だけの宿題として残していた。

f0201348_1752196.jpg 話題は忘れたが、話しに夢中になり下りるべき湯布院ICを通り過ぎ、日出ICから後戻りしたことや、正面に比べ変化に富んだルートを思い出しながら、制限速度厳守で高速を走る。
 ガソリン代が高騰している今、年金生活は極力倹約しなければならない。登山口まで平均燃費は20km強で済んだ。帰りはたっぷりある時間を、気儘に一般道沿いにある観光地に足を延ばしながら帰ったので、最終の燃費は26km強で210kmの行程であった。
16万kmを超しているが、故障もなくよく走ってくれる。
f0201348_17554430.jpg 9時15分、3月14日に野焼きされた牧草地を分けるように伸びる登山道へ踏み入れて行く。
 合野越を過ぎて間もなく、福岡から来たという若い女性二人に追いつく。二人の脚力に違いがあるのか少し距離をおき、時々励ましの声が聞こえて来る。
f0201348_17542364.jpg ゴロ石をジグザグに登る道は冬枯れの喬木林で息苦しさを感じるほどに緑が無い。
落葉とは熊と同じように、厳しい寒さを省エネで乗り切るための一種の冬眠なのかも知れない。初夏の陽射しを和らげる瑞々しい樹冠を思うと、自然の生命力にあらためて感服する。緑を大切にしなければならない。

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f0201348_22365998.jpg素晴らしい道標をパチリ。


 灌木帯に入ると、花曇りの空に展望も期待通りである。
湯布院の街並み、その彼方に広がる九重山群、そして円錐形の涌蓋山は取り分け美しい。
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by 1944tourist2004jp | 2012-03-23 18:20 | 山登り | Comments(0)

「孫達を訪ねて」

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 SDが友人と散歩がてらにとってきた土筆、今晩の酒のつまみにも出てくるだろうから袴取りの半分は私の仕事である。その最中のブログ更新。

 
f0201348_1853391.jpg 3年振りの“海浜公園”。
長女の第2子が生まれる時に、長男の親代わりとして遠足に来て以来である。

f0201348_18534650.jpg 冬枯れ芝生から抜け出そうとする園内は手入れが其処彼処で進んでいる。そして、平日の今日は人も疎らに閑寂としている。
間もない春を待つような陽射しと広々とした風景に溶け込むように、貸し自転車で私は長女を前に乗せ、SDと補助輪付きの長男を周回コースに追う。

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 「娘から久し振りに孫の顔でも見に来ない!」とメイルが入る。SDは世話の一番かかる時期の子供を二人抱えて奮闘している娘に、少しでも安らぎの時間があればと思っている。


f0201348_18552617.jpgまた、傍目に“保育園への送り迎えに嬉々として出かける祖父母“と見えることだろうが、私達にとって孫は理屈抜きに可愛い。
特に、孫が私達を見つけた瞬間に見せる安心したような笑顔が好きである。

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 4時過ぎに保育園へ。
今日はいつもと交替して私が遼○、そしてSDが瑞○の教室へと迎えに行く。
4・5歳の児童は言葉と感情が一人前で臆することも無いので、私の髭面を見つけると拭き掃除する手を止めて数人が近寄って来て触ろうとする。

f0201348_1931717.jpgその中に私を見つけ一直線に駆け寄って来る孫。抱き上げるとドーパミンが一気に放出される瞬間である。



 一晩泊まり、孫二人は保育園を午前中だけとして4人で海浜公園に行く。
思いっきりスピードを出して常にトップを走りたがる孫は、周回コースも終わりに近づいたところで転倒し膝を擦り剝くと突然意欲を失くし安全運転に回る可笑しさ。
充実した二日間の孫とのふれあいだった。
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by 1944tourist2004jp | 2012-03-15 19:16 | 孫達 | Comments(1)

「臥龍梅」(平山温泉)

f0201348_19122416.jpg 九州自動車道を横切るようにして平山温泉へと向かうが、山あいの道に車は少なく、距離に比しスムースな流れに30分程度で到着する。

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年に1度の割で来ている平山温泉であるが、湯の花の浮いた温泉の印象が濃く“湯の蔵”へとハンドルを切って行くことが多い。

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f0201348_19174087.jpg 以前のように湯の花は浮いていないが、温泉特有の肌に粘るような感覚が何とも言えず温もりを感じる。
露天に一頻り寛いだ後、内湯に戻り水で流し最後に温い湯船に浸かる。
何気なく横を向くと青い目の外国人が一人。数人の日本人の中に手持無沙汰の態で天井を見ている。

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f0201348_19201374.jpg 少しマイナーな片田舎の湯治場に、「どちらの方ですか?」と話し掛けると、「フランスです」と流暢な日本語が返って来る。
四苦八苦する必要もなく気楽な気持ちで会話が進む。
 現在、福岡市に日本人の奥さんと娘さんと3人で住んでいる彼は、高校時代に母国を離れ西南高校に入学したとのことであった。
爾来20年、母国での生活より長くなってしまったらしい。顔を見なければ日本人と見紛うばかりの日本語である。
パリ万博以来のジャポニズム、故郷の南仏ニース近郊の田舎について色々と聞いた後、眼を見張るような図体に私の好きなラグビ―に話題を移すと、ヨーロッパの五カ国対抗やエリスカップで常に優勝を狙う“シャンパンラグビー”に彼もかなり興味があったらしく、昨年のNZ大会での対日本戦や決勝でNZに8対7で準優勝に甘んじたこととに長湯を忘れ話しが弾んで行く。


f0201348_19255886.jpg SDとの上がる約束時間が近く成って、「お先にあがります」と出て行くと、彼も長湯が利いたらしく真っ赤な長躯を折り畳みながら後について来る。
「また、いつか何処かで会いましょう」と、お互いに一期一会の軽い握手をして別れる。
 遅い昼食となったが、そば専門のお店で遅い昼食をとって帰路に着くと、圃場の中で案山子コンクールの後片付けの最中に出くわす。

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by 1944tourist2004jp | 2012-03-12 19:35 | その他 | Comments(4)

「臥龍梅」

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 2時46分、全国各地で東日本大震災の被害者に黙祷が捧げられている時、私達はそば屋さんで10割そばに箸を入れていた。知っていれば暫し黙祷したことだろうが、地震発生の時間までは考えが及ばなかった。一夜明けて改めてご冥福をお祈りしたい。

f0201348_1363667.jpg 末娘が「久し振りに平山温泉に行かない」と言う。突然の腰痛に動きが鈍っている私は勿論のこと、SDも諸手を挙げて賛成である。
「開花の遅れている梅も見頃では!」と、Dojyou38さんのブログを拝見していたこともあり“臥龍梅”が反射的に眼裏に浮かぶ。

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 南関ICを下り少し遠回りするように山あいの道路を走ると、青空の里山に其処彼処と紅梅や白梅が咲き、農家の庭先にも手入れの行き届いた梅が美しい。

f0201348_13161181.jpg 直下までやって来ると、“梅まつり”の旗に半被姿の人達が忙しく駐車の案内をしている。
ほど良く離れた公民館の駐車場へと導かれて行くと、運よく出入り口に近い場所から車が出て行く。
係員が「750mほどありますがマイクロバスのご利用は如何ですか?」と、私の顔貌に老僕を感じたのか声を掛けて来る。

f0201348_13102675.jpg 普光寺までの鄙路に農産品や盆梅の露天に人集りしている。
傍の瀟洒なお宅には、三池山に向かって築山があり見事な枝垂れの梅が興趣をそそるように手入れされている。
 軽い坂道を上がって行くと、お寺の入り口に出て自然石の長い階段が龍のうねりのように続いている。
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f0201348_13213430.jpg 登り着くと先ずは紅梅を従えるように梵鐘が客を迎えてくれる。寺院の本堂らしき建物は無く平屋の事務所らしき建物が目に入る。
何処で手を合わせるのかと思いきや、2本の見事な梅の後ろの建物の中に簡素の賽銭箱が置いてある。
4月から名古屋への転勤が決まりそうな末娘の健康と安全を祈願して手を合わせ、頭を下げる。

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f0201348_1323317.jpg  “臥龍”の謂れについて、三国志の諸葛孔明に由来する言葉であり、転じてわが国では長じて天下をとった徳川家康に冠せられる言葉のようである。家康が幼少の頃今川家に人質として禅寺“清見寺”に暮らしその無聊の徒然を送っている頃、庭の一隅に一枝の梅を接木したものが、三百年の月日を経て大木に成長し、毎年春三月には凛とした風情で花を咲かせ、さながら龍が臥したような見事な枝振りもあいまって「臥龍梅」と呼ばれるようになったとのことであった。

f0201348_13251642.jpg 人出も手頃に、寂しくも無く、そして忙しくも無い梅園を30分ほど散策し下って行く。
途中にある“弁慶の足跡”について真偽のほどは別として、“臥せる龍に弁慶の足跡”とは突飛で中々味のある発想と配置である。
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by 1944tourist2004jp | 2012-03-12 13:38 | その他 | Comments(2)