<   2012年 01月 ( 11 )   > この月の画像一覧

「氷瀑とミヤマキシミ」(3)

f0201348_15595827.jpg 人の歓声が教えてくれる滝までの距離。

f0201348_1603372.jpg
見下ろす所まで来ると前期高齢者の団体さんが印象を語らいながら賑やかに昼食中。
さり気無く直下まで下りて行き、順番待ちをする必要のない程度の登山者達に余り成長の無い滝を見上げながらカメラを構える。
博学のS.Hさんに後で聞いた話であるが、21日全て崩落したとのことであった。

f0201348_1671078.jpg お握りは準備していたが、空腹感はさほど無く、下腹にも力があるのでカロリーメイトで済まし尾根道へと戻って行く。
縦走路へ出る前、ザックを傍らに置いて雪の中から覗いている赤い実を撮っている男性に出会う。前出のS.Hさんである。

f0201348_1684320.jpg








「ミヤマキシミですよ」。

f0201348_168587.jpg


 モノクロ的な雪の中に見る真っ赤な実は生き生きとして可憐である。が、毒があると言う。
アルカロイド系、サポニン系とその毒性について色々教授して頂く。余りにも詳しいお話振りに「生化学に関するお仕事だったんですか」と訊ねると、私より数か月年長の彼は「銀行マンでした」と予想外の返事だった。
 北海道の山々から日本アルプス、そしてその植生について豊富な知識をお持ちのようで宝満山頂までの尾根筋を共にする。
彼の先導に前の人達を次々に追い抜いていく。私も早い方だと思うが彼の足取りは山歴を物語っている。
九重山群で私が歩いた道筋を1時間以上も速く歩いていた。
私も山登りを初めて4年、九州北部の山についてやっと皆さん方と会話ができる程になっているが、知識も足も彼に導かれ稚児落としまであっという間の時間であった。

f0201348_1614146.jpg 山頂に来ると一段と遠景が望まれ、午前中には見えなかった英彦山の雪壁が見える。
英彦山の植生を聞いて北九州市のS.Hさんとお別れする。
 今日も素晴らしい出会いに感謝しながら長い石段を下りて行く。右膝に若干の違和感はあるが九重で感じた疼痛感は無い。
 月末から寒波到来との予報、道路事情もあるが雪深き山の誘いを待ちたい。





f0201348_1615184.jpg
[PR]
by 1944tourist2004jp | 2012-01-27 16:15 | 山登り | Comments(3)

「氷瀑とミヤマキシミ」(2)

f0201348_15121418.jpg 休堂跡に来ると上から頑丈な石段にアイゼンの歯を立てながら3人の男性が忙しく下りて来る。「上はアイゼンが必要ですか」と訊ねると、「登りは良いでしょうが、下りは怖くて」と、ふーっと息を吐きながら椅子に座る。
 腰を下ろさず軽く調子を取りながら長い石段に向かう方が楽だと思い、一口二口と水分を補給してゆっくりとした歩調で登って行く。
 百段ガンギから中宮跡へと上がって行くと、常緑の葉に積もった雪が陽に輝き、時々垂く雪となって笹の葉を叩く、その心地良い微かな音が伝わって来る。
「寒さも行の一つとして励んだ修験者も同じ経験をしていたのかも知れない」と、古に思いを敷衍しながら行者道に目を馳せると雪道に数本の足跡が残っている。
 要所々々にロープが張ってあるのでアイゼンの必要も無く山頂への階段に出る。いつも見る階段越の青空である。




f0201348_15125119.jpg


f0201348_15174370.jpg 5・6人の人達に混じり透明感をある眺望の福岡市を一望し、難所ケ滝へ向かう女性二人と暫し談笑しながらアイゼンを履いていると、先ほどの若い男性二人が「アイゼンが無くても大丈夫でしょうか」と話掛けてくる。「積雪がどの程度か分からないが、尾根筋のアップダウンとか滝への下りを考えると相当苦労すると思いますよ」と返事する。

引き返す彼等を見遣りながら鎖を頼りに岩の隘路を下りて行く。

f0201348_15185365.jpg
 雪の縦走路には難所ケ滝からの登山者達もあり、いつもの雰囲気の自然歩道である。
仏頂山の慈愛に満ちた石仏に今日は物心ともに手を会わせることができる。
三郡山への尾根道や筑豊地区へ展望が開ける大岩に来ると、岩陰で女性お二人が昼食の真っ最中である。聞くところによると私が修験者にイメージした行者道を登ってきたとのことであった。

f0201348_15223654.jpg 昭和の森からの「滝は少し期待外れでした」との登山者情報に「ここから引き返します」と言う。私もそうであるが、皆さん方はやはり昨年の大雪の印象が強く、少なからず落胆の態である。「昨年の雪深き氷瀑」を見る時はこちら
 大石の上から数枚のパノラマ写真を収め難所ケ滝へと尾根筋を急ぐ。
下りの途中、男性がラーメンを美味しそうに啜っている。
「冬の定番ですね」と声を掛けると、鼻髭の男性はニッコリとして「いやー、本当に温まります、簡単でこれに限りますよ」と嬉しそうである。
[PR]
by 1944tourist2004jp | 2012-01-27 15:41 | 山登り | Comments(0)

「氷瀑とミヤマキシミ」(1)

f0201348_14355660.jpg
 寒波と雪の予報に年甲斐も無く小躍りして、清晨の山日和を待つここ数日。

f0201348_14373931.jpg 雲が割れ青空も覗いているが遠見の山並みは頂きを隠している。山への意気は昂ぶること無く朝食後もTVを前に炬燵に入る。
 家に居ても終日暖房を入れ、無精も甚だしく取り溜めのDVDを見るか読みかけの本を開くかである。
そして、飽きが来るとネット囲碁に2・3時間割くのが関の山である。
 サッシから伸びる日脚に、背中を押されるように踏ん切りを付けると既に9時半を回っている。近場の山しかない。

f0201348_144215.jpg 「雨と寒波が滝を一段と骨太に育てているだろう」と12月末に続いて難所ケ滝とする。
前回は昭和の森を起点に宝満山のピストンをしたので、今回は膝の調子を推し量る為にも正面登山口からのピストンとしたい。
 10時過ぎに竈門神社の駐車場に入ると登山姿の男女がちらほらと散見される。が、車の数からすると平日の今日は流石に少ない。
ストレッチもそこそこにして、雪深き昨年の1月に神社から一般道へ下る20m程の舗装道が凍てつき転びそうになったことを懐旧しながら拝殿を経由して登山口へと向かう。
花崗岩の立派な鳥居の横に式部稲荷神社“奥の宮”の赤い鳥居と祠が二つ並んでいる。
いつも賽銭をあげずに祈願ばかりしている無礼に、今日は賽銭用にと小銭を数枚忍ばせている。

f0201348_1443138.jpg 季節の良い時期ならこの時間帯には登りより下りの方が多いが、今日は未だ何方にも会わない。
国立博物館や四王寺の山並みを見渡す場所でカメラを構えていると若い男性が二人追いついて来る。
「学生さんですか」と聞くと、「いや働いています。今日は休みを利用して来ました」と照れ笑いをする。彼等は難所が滝から昭和の森へ行くとのことであった。
期待に反して、芭蕉の句碑に来て下草の陰にやっと雪を見る寂しい冬の宝満山である。

f0201348_14441693.jpg










 林道終着点までは不感蒸泄の範囲だったかも知れないが、石段を登り始めて上半身がじっとりとし、珍しく目が沁みる程に汗が顔から滴り落ちる。
[PR]
by 1944tourist2004jp | 2012-01-27 14:48 | 山登り | Comments(0)

「火渡り」

f0201348_1845235.jpg
 雨上がりの朝、これこそ山日和とばかりに澄みきった青空が一面に広がっている。京都の山友さんも家族のいる福岡の天気予報を見ているのか、私のコメントに「畑や山を楽しまれて下さい」」との返事が記されていた。

しかし、今日は真言密教清影山如意輪寺で火渡りの行事がある。

f0201348_18492822.jpg 信仰心はともかくとして、無病息災をお願いしても罰は当たらないだろうと毎年参加している。
 お経の響く本堂の大日如来に手を合わせていると、友達と先に出たSDと鉢合わせする。
開運厄除けの木札を記し本堂の中に入って仏様に手を合わせてきたとのことであった。
私もそれに倣い大日如来像を間近に拝むことができた。
 本堂から出て来ると、SDがお寺から頂いた弁当を持って私を待っていた。
参拝客が隙間なく本堂へと流れて行く中、藤棚の下で「弁当の中にもご利益が詰まってるかもね」と訳の分からない冗談を言いながら美味しく箸を動かす老僕。
f0201348_18464059.jpg 








 既に荒縄で囲んだ“結界”の中心に、薪組みを桧葉で覆い火渡りの準備が万端整い、読経を増幅すための大型マイクも数台設置されている。
そして、アマチュアカメラマンも三脚を立て陣取りしている。

昨年は上からの写真が主だったので、今年は結界の最前列でカメラを構える。

f0201348_952735.jpg
「平成23年火渡りの行事」を見る時はこちらへ




f0201348_19433883.jpg 行事について一応段取りを承知している私もご住職や修験僧姿の若い僧侶達が下りて来られる石段のはす向かいに陣取る。
お隣に白髪の男性が高価な一眼レフを肩に提げている。

f0201348_18583280.jpg 挨拶代わりに「この囲まれた場所、神道では依代と言うんでしょうが、仏教では何と言うんでしょうか?」尋ねると、「いや私も分かりません」と仰る。因みに、火渡りの後、若い修験僧に訊ねると、結界で良いとのことであった。
f0201348_18591593.jpg

f0201348_19133761.jpg お互い待ち時間の中で、写真や山の共通の趣味へと話題は敷衍していく。
5歳年長の彼は現役時代に会社の山同好会で相当歩いていたとのことで山の専門用語にも長じ、山友さんもいるようだった。
現在は写真を趣味に仲間と集いあっているようだ。
暫しの談笑に私のブログを紹介してそれぞれ好きなアングルへと分かれる。

f0201348_19342036.jpg

f0201348_19365262.jpg 半時間前ともなると、火渡り参拝客が押しも切らぬように結界の周りに集まって来る。
私の横になった男性は女性数人を連れて日田市から馳せ参じたとのことであった。そして、本寺に時々参ってはご住職の説法を聞き、「“気”を貰っています」と言う。
 頭が禿げるほどの十二指腸潰瘍を機会に物事を悲観的に捉えず良い方に考えるようになって初めて“気”の大切さを理解できるようになったと言う。
また、“気”を貰い始めて好循環に入ったのでは無く、「楽観的に考え始めて“気”が入って来るのが分かりだした」と付け加えた。
「今日も最後の最後で運よく駐車場に入れましたよ」と幸運に喜び、笑顔をつくる。
f0201348_19384489.jpg 愈々、ご住職を先頭に修験者となった若い僧達がホラ貝を吹き、錫杖を振り鳴らしながら下りて来る。
 一通り儀式が終わり、孟宗竹の先に火を付け桧葉の薪組の底に差し込む。
着火し易いような工夫がされているのだろう、直ぐに煙が濛々と青空に向け舞い上がる。
昨年は風で取り囲んでいる僧達も煙に相当苦しんだ様であったが、今年はまっ直ぐ上がっている。
立ち登る煙に釣られるように読経の声がこれでもかと増幅され、参拝客も無心に火渡りの行へと没入して行く。

f0201348_19582053.jpg
f0201348_19451921.jpg




f0201348_2004085.jpg
f0201348_19401375.jpg
f0201348_19484083.jpg
f0201348_1954416.jpg あっという間に火焔が噴き出し、想像以上に早く薪組を焼き落とす。僧達が薪組を掻き分け火渡りの為の道を造り出す。
塩と米と何か?分からないが火渡りの道に播き、儀式を執り行った若い僧から順番に僧たちが渡り、安全を確かめ参拝者を促していく。
f0201348_19524432.jpg
 私も写真を撮り終え、決して最後の福を選んだ訳ではないが、僧に錫杖で背中を数回念じられ渡って行く。
これで今年も無病息災で過ごせるだろう。
が、同時に“一年の計は元旦にあり”と週休二日制で肝臓を労いたい。
[PR]
by 1944tourist2004jp | 2012-01-17 20:05 | その他 | Comments(2)

「霧氷の雲仙岳」(3)

f0201348_15131179.jpg 妙見神社の素晴らしい霧氷を堪能して国見岳との鞍部へ下りて行く。
雪道にアイゼンの装着も考えたが、国見岳の岩を考えると時期尚早だろうと足元に気を配りながら歩を進める。

f0201348_15121638.jpg

f0201348_15195454.jpg 仁田峠の群生よりこの尾根伝いのミヤマキリシマに感激したが、霧氷のプロムナードも「凄い!」の一言である。
(1)の写真に付記したが、まるで結婚式のバージンロードを見ているようである。

f0201348_15245248.jpg

また、時々出会う灌木の隙間から見る妙見岳の霧氷の壁、平成新山の勇壮な山容、そして冬枯れの笹に模様を織りなす国見岳と本当に素晴らしい尾根筋である。

f0201348_1525555.jpg 要らぬお世話かも知れないが、観光客も終着駅から一歩足を延ばしてここまで来ると一層の感動を得られるだろう。
しかし、皮靴ではそうもいかないか。
国見岳の登攀時に見る山群の北壁もまた素晴らしい。

f0201348_1544448.jpg 山頂温度計を見ると零下5度を下回っている。2枚脱いだ上半身の寒さで長居はできないと、アイゼンを装着して早々に下りて行く。
f0201348_20433911.jpg 私にとって未踏の吹越ルートの山肌に広がる霧氷、仁田峠より急峻かも知れないが、次回霧氷山行は是非このコースを歩きたい。


f0201348_15302863.jpgf0201348_15285198.jpg

 加齢に伴い僅かな段差にも躓くようになってくるが、アイゼンを履いた時も疲れて膝が上がり難くなるとアイゼンの爪で転び易い。岩壁から普賢岳への長い急坂は特に注意しなければならない。

f0201348_1533583.jpg この山群の道々にも思い出は転がっているが、単調な下りに季節の景観を重ね合わせると一層味わい深い霧氷の山行となる。
 紅葉茶屋でアイゼンを外し登りに就くと一人の足跡が残っている。
ゴロ岩に霧氷越しの新山を想像しながら、また時々後背の妙見岳の壁に背中を押されながら息を弾ませ、額に汗しながら一気に登って行く。

f0201348_1534244.jpg

f0201348_1536589.jpg 山頂直下の普賢神社上宮に着くと、霧氷の並木の向こうに新山が聳えている。

f0201348_15391192.jpg














手を合わせ山頂へと上がって行くと、冷たい風が吹きつけて一気に上気した身体から体温を奪っていく。
先ずは四方の展望を思う存分に楽しみカメラを構える。

f0201348_15515637.jpg

 手袋しているが指先が痛くなる。中岳山頂と変わらない程の体感温度である。
早い雲の流れにやきもきしながらシャッターチャンスを見つけ、10分程度の岩峰を楽しみ下りて行く。
f0201348_20364916.jpg

 ガキッガキッとゴロ岩を掻き時々手を使いながら下りて行くと、下からアイゼンの音が伝わって来る。中年の女性が二人。
「お早うございます」と挨拶すると、私に気付いていなかったのか、顔貌に一瞬の戸惑いを感じたのか分からないが声が無かった。お互いに今日初めての一期一会かも知れない。「そう言えば、池ノ原園地に2台留っていましたね!」と和んでくる。
2組目はご夫婦、3組目は親娘、それぞれに一言二言交わし先を急ぐ。

f0201348_1556214.jpg 循環道路は真っ白で峠は終日封鎖されているのだろうか、ロープウェー発着場は相変らずに寂漠として動きが無い。

昼食をとりたいが温かい飲み物が無い。車に早く戻ろうと立ち止まること無く園地へ下りて行く。
 昼食後、4時間の疲れを癒す為に温泉町の銭湯へと向かう。サッカーの小峰監督も週1・2度利用している所である。
f0201348_1556231.jpg


























 雲仙の霧氷は“花ぼおろ” と呼称されるように、木々に純白で繊細な粉砂糖を振りかけたように美しかった。
[PR]
by 1944tourist2004jp | 2012-01-14 16:23 | 山登り | Comments(7)

「霧氷の雲仙岳」(2)

f0201348_11105999.jpg 吹越方面からトラックが下りて来たが、丸腰のまま雪道に高度を上げて行くのはやはり厳しい冬の雲仙道路である。
園地内の整備された仁田峠へ雪道を踏みしめ、「登り始めはゆっくり」と、己を戒めながら登って行く。
f0201348_11115628.jpg

f0201348_11171534.jpg 新雪に靴跡一つ、そして付き添う様に犬らしき足跡もある。その靴跡に自分の靴を重ねると数センチ短く、歩幅もやや短い。犬連れの女性が私より先に登っているのだろうか。若い女性は背が高いので中年かも知れないと、視界の無いルートに際限のない想像を重ねながらいつしかペースが上がって来る。
 二石の南無大師遍照金剛に頭を垂れ第3ポンプ室まで来ると、流石に厚着のせいで上半身に汗が滲む。


f0201348_1115765.jpg 














f0201348_11191153.jpg 自然石を利用した幅広の石段を30分ほど登って行くと見慣れた仁田峠である。妙見岳へのルートをとるといつしか二つの軌跡が無くなり新雪に初めて印す私の足跡である。
季節毎の観光シーズンにしか来ていないので、この閑散として冷え切った峠を見るのは非常に寂しい。f0201348_11211946.jpg

f0201348_22353880.jpg 売店は締り、広い駐車場の端に軽乗用が唯1台停まっている。
動くものは長い影を引き連れた私一人である。
 朝日の射す妙見岳の白い山肌にピントを合わせた後、開花の時期を待ちながら今なお眠るミヤマキリシマの遊歩道を登って行く。
f0201348_20464863.jpg
f0201348_14355532.jpg

f0201348_11345684.jpg ロープウェーの終点が近づくにつれ霧氷の付いた灌木が私を迎え、いつしか全面霧氷の木々が道を覆う。
一昨年、紅葉の大船山を目指して遭遇した霧氷には錦秋の彩りが下地にあったが、ここは白黒の世界で柔らかく付着した霧氷はまるで天使の羽毛のようである。f0201348_11351790.jpg
f0201348_1136351.jpg 人を送り出す時の様な白黒の世界にどうしてこれ程感激するのか分からないが、その美しさに引き込まれて行きそうである。
 張り出したガスに下界への展望は無くなったが、妙見神社への参道と鳥居を飾りつける霧氷は見事である。
俗世から隔離されたこの景色を神も楽しんでおられるだろうと、丁寧に二礼二拍一礼をして再び無事を祈る。
 仁田峠への道まで弘法大師の石仏に二度三度お願いして、ここでまた神様にお願いするとは、正に神仏習合の極みである。仏の化身、八百万の神々が何処にでも居て下さるから、日本という国は有難いし非常に便利である。

 展望台のような妙見岳山頂からの写真、国見岳と平成新山を載せておこう。f0201348_11393120.jpgf0201348_11395728.jpg

[PR]
by 1944tourist2004jp | 2012-01-14 11:45 | 山登り | Comments(0)

「霧氷の雲仙岳」(1)

f0201348_2054384.jpg

f0201348_22226100.jpg 折に触れて見聞きしていた雲仙岳の霧氷。山登りをしている今、身近な存在となっているが果たせていない。
毎年雲仙詣でをしているが、ミヤマキリシマであったり、ヤマボウシであったり、錦秋であったりと何となく縁遠い真冬の雲仙岳であった。

 国道から50mほど農道に入り、大赭色に広がる畑地から感動するだろう”花ぼおろ”の山並みを望んで写真1枚。
(長崎では雲仙の霧氷を”花ぼおろ”と呼称しているようだ)
f0201348_912898.jpg 山友さんのブログを見て、平成24年の第1座目は霧氷の雲仙岳と心密かに機会を伺っていたが、生憎とチャンスが巡って来ず、黎明の九重山群に先を譲ってしまった。

(木場の棚田展望所から見た霧氷の咲く雲仙岳)

f0201348_9163163.jpg 登山口については“そよかぜ”さんのアドヴァイスもあり、規制のかかり易い仁田峠は遠慮して池ノ原園地と決めていた。
これまで三山周回時はいつも楽な仁田峠を起点としていたので、私にとって一石二鳥のルートである。

 陽が射し霧氷が音をたててポタポタと肩に掛る昼前後の時間帯は避けたい。が、余り早過ぎると雲仙温泉までの道路規制も心配である。
当てずっぽうであるが、8時過ぎに池ノ原園地に到着出来るよう長崎自動車道に入って行く。

f0201348_9173690.jpg 山中で冷えた身体を中から温めようと折角準備したコーヒーを忘れ去り、未だ暗い長崎自動車道を突っ走る。
 この時間帯にも拘わらず交通量のある13日の金曜日、いつも休息場所にしている大村SAに入って行くと、流石に灰暗い中に人気は疎らである。
 7時過ぎの諫早、ICを下り一般道へ入り込むに気を使うような混みようである。現役を去って数年、改めて日々の間延びした生活を実感する。
 57号線の木場から雲仙温泉へと入って行くと、直ぐにチェーン規制の立看板が数本立っている。
「通行止めになっていれば57号線に戻ればいいや」と安易に流される。
木場の棚田を見渡せる場所に弘法大師を祀った祠がある。無事の登山を祈願して、雲仙岳が聳える棚田に今日2度目のシャッターを切る。
 ここ数年道路の拡幅工事が順調に進捗しているようだ。舗装された2車線道路を気持ち良く上がって行くと、九十九折りのカーブ毎に雪が残り滑りそうな程に踏み固められている。エンジンを噴かさずタイヤが軋むようにじわじわと上がって行く。
数台の車と行き交うが、お互いウィンドウ越しに目を見合わせ徐行運転で交叉して行く。
 予定通り8時過ぎに池ノ原園地の駐車場に入って行くと、長崎NO乗用車が既に駐車している。



         (妙見岳から国見岳へ向かう、結婚式のバージンロードのようである)
f0201348_9204499.jpg














  (普賢岳山頂直下から望む平成新山)
f0201348_20495872.jpg        
[PR]
by 1944tourist2004jp | 2012-01-14 09:25 | 山登り | Comments(0)

「黎明登山」(3)

f0201348_11175825.jpg 清らかに晴れた早朝に凜冽と頬を刺す北風。だが、寒さや疲れを忘れさせるような山群でのロケーション。
一人、山並みに抱かれる今を喜ぶ。
「わおー!」っと意味の無い雄叫びをあげる。

f0201348_11182887.jpg















残り数年で古希を迎える凡夫を奮い立たせる山の魅力。家内安全への祈念なのか、閉塞感漂う社会に対する憤りか分からないが、無意識の行動に理由付けする必要はない。
 三俣山から湧き立つ雲海は美峰由布岳を隠し、今にも全山を覆い尽くしそうに吹き上げて来る。茜色に染まる筈の盟主の壁は雪の白さに気押されるように色付いてくれない。しかし、果てしない大観に不満は無い、自然は小人の期待にも増して素晴らしい表情で接してくれる。

f0201348_11271928.jpg 御池を眼前にすると、丁度石室の方から放射状に光を放ちながらご来光のプレゼントである。
12月末の御池は何となく不安の残る凍てつきであったが、今日は如何にも分厚くアイゼンを跳ね返す。
f0201348_11353718.jpgゆっくりと全ての触感を楽しみながら池の中央部を横切り中岳へのルートへ入って、山群でのいつものポジションにカメラを構える。


 今日は白寿の“おふくろ”の見舞いに終日費やす。一昨年、股関節骨折によりかなり弱って来たが認知症は無い。久し振りに体調が良いのか二人向かい合うと、髭を剃れだの、散髪したらと子供扱いするから苦笑してしまう。
帰宅後、晩酌を重ねた後のブログ書き込み、今晩はこれが限界と就寝する。

f0201348_11425621.jpg 天狗と中岳の鞍部に立つと一段としばれ、強風が頬を突き刺し、鼻息と水っ洟で鼻髭がガチガチに凍りつく。
 ザックとアイゼンを岩陰に置いて岩峰へと登り出す。
山頂を前に谷あいから猛烈な勢いでガスが吹き上がり、あっという間に展望を消し去る。

f0201348_11432378.jpg















 下界の無い山頂に立つと、痛さを感じる風が容赦なく体温を奪っていく。もう少し、もう少しと数分我慢するが、鉛色の雲間に入った如く明けることが無い。仕方なく山頂標識を撮って早々と立ち去る。

f0201348_11491721.jpg 御池のど真ん中に立って池の端が見えない程のガスに久住山への迂回を諦め分れへと下りて行く。

f0201348_11493055.jpg

寒暖計の表示は零下6・7度。ガチガチに凍らせた鼻髭を思うと、中岳では風もあり零下10度程まで下がっていたかも知れない。

f0201348_11544626.jpg


 西千里浜まで下りて来ると、中年の男性二人が談笑しながら登って来る。
そして、間もなくして扇ガ鼻との分岐点に来ると、二組目の女性二人が賑やかに上がって来る。
8時頃登山口に就いた皆さん方だろう。
f0201348_11551718.jpg 尾根伝いの道で着膨れした様な同年輩の男性に出会い、暫し山や写真の情報交換。
「御池、中岳辺りで写真を撮りたくて上がってきましたが、このガスでは無理かも知れませね」、と挨拶代わりに立ち止まる。
「中岳からずっとこの調子ですが、予報は午前中晴れでしたから期待できると思いますよ」と、確信の無い返事で調子を合わせる。
「早く出て来たんですが・・・、駐車場で寝坊してしまいました」。


f0201348_1157752.jpg 沓掛山の瘤の尾根を見る頃に青空が広がって来る。
しかし、後背の山群には覆い被さるようににび色の雲が掛っている。

f0201348_11574116.jpg

f0201348_11584286.jpg 4時間ほどの山登りを終え車側で靴を履き替えていると、大型バスの団体さんが紺碧の青空に声高々と準備体操している。




f0201348_1234623.jpg




f0201348_12323277.jpg
[PR]
by 1944tourist2004jp | 2012-01-12 12:04 | 山登り | Comments(4)

「黎明登山」(2)

f0201348_2259219.jpg 曙光が消えずに照らす月に重なり、想像以上に黎明のスピードが速い。
 今日の日の出は7時15分、山群で拝む時は少し遅れるだろうから何処かで捉えたいと尾根道を急ぐ。
f0201348_2311656.jpg 靴やアイゼンの痕跡をくっきりと残し凍てついた登山道。いつもなら一苦労する下山だが、今日は遅くとも11時には下山している筈だから靴の汚れを気にする必要は無い。
山群に一人頷きながら、足元に再び目を落とし歩幅が広がる。

f0201348_2323217.jpg
f0201348_2343552.jpg 沓掛山の龍のように並ぶ瘤を振り返ると、谷あいからガスが上昇気流に乗って猛烈な勢いで張り出し、尾根道をあっと言う間に消し去ってしまう。

f0201348_235969.jpg

 程なくして山群は暗く眼前から消え去るが、無意識のうちにこのガスが遠ざかることを確信して西千里浜へと入って行く。果たして、薄く暁に色付いた稜線を従えるように山群の盟主が顔を出して来る。

f0201348_23221536.jpg 久住山がズームアップされるにつれ星生崎の突兀とした岩肌が明るく染まり、避難小屋の窪地に立つと完全に夜明けである。

f0201348_23272470.jpg

 久住が先か中岳が先か。未だ山群からのご来光は拝んでいないし、中岳への道半ばから久住の雪壁を彩る曙光が見える筈である。
脱いでいたアイゼンを履き積雪のある中岳への道へ進む。

f0201348_23233286.jpg

[PR]
by 1944tourist2004jp | 2012-01-10 23:41 | 山登り | Comments(0)

「黎明登山」(1)

f0201348_1737363.jpg 山友さん達のブログを拝見していると、お屠蘇気分を吹き払う様に早々と2座3座と山を楽しんでおられる。
それに比べ、12月に10勝21敗と休肝日を達成できたことに感けて、元旦来酒に砕け散っている酔漢。何とも情けない話です。

f0201348_17354648.jpg

 「登り初めに霧氷の雲仙岳は打って付けではなかろうか」と、直ぐに公的機関に電話を入れる。「一昨日までは残っていましたが昨日で消えたようです」、そして当然のことながら「霧氷予報はできません」との素気無い電話口であった。湿った空気が山に入って、且つ寒波の到来で樹木に着氷する筈だから聞く方も野暮である。

 f0201348_17393635.jpg 山行を決めると融通の利かない老僕は山の本を手に取るが、繰る前に風来坊さんのブログを思い出し、九重山群のご来光と即決する。
 昨年11・12月と2回続けて牧ノ戸峠から入っているので「新しい体験を求めて」と欲張る。漆黒の夜空に満天の星、暁光の射す久住山の雪壁はどうか。
 天気と日の出時刻を確かめ、6時に牧ノ戸峠の登山口で届を出す予定を組む。

 連休明けの忙しくなる大分自動車道であるが、3時半ともなれば車は殆ど走っていない。
何時ものように玖珠SAに寄ると、流石に乗用車に区割りされた所は空っぽでトラックも数台しか留っていない。
エンジンが響いているので仮眠しているのだろう。

f0201348_17515590.jpg
 九重ICで下り、夢の大橋、長者原経由でやまなみハイウェーに入って行く。
 真っ暗な中、凍った雪をバリッバリッバリッと踏みつけながら峠の駐車場に入ると、2・3台の乗用車が静かに留っている。冷気の中に人の動く気配は全くない。
 車の中で準備して予定通り6時登山開始である。
満天の星の積りが、満月に近いまん丸の月がその明るさで星を隠している。
登山経験の未熟さ、期待ばかり膨らみ月齢確認を忘れている。これも勉強と気を取り直してヘッドライトを頼りに沓掛山へと足を踏み入れていく。
 真っ暗な中に一人、ザクッザクッと雪を噛む心地良い響きが肢から伝わって来る。木段に来ると弾む息遣いと凍結した雪がガシャッガシャっと音色を変える。

 沓掛山を下り尾根伝いの道に入ると、徐々に夜の帳が上がり始め黎明の山並みが姿を現してくる。
[PR]
by 1944tourist2004jp | 2012-01-10 18:11 | 山登り | Comments(2)