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「難所ケ滝」(3)

f0201348_17352955.jpg お握り3個で物足りない。
年齢に似合わずよく食べよく飲んで、そして食い意地がはっていると言うか食間や食後に甘い物まで要求する。
しかし、嬉しいことに遺伝的体質なのか体重は成人してずっと±3kg程度で、BMIも常に正常範囲を維持している。

だが、突然の腰痛や膝痛を考えると、身体の各所は年相応に劣化が進んでいることは間違いない。
また、集中力の減退や進む健忘を考えると脳は人様以上に萎縮しるかも知れない。

f0201348_17521364.jpg 私の育った福岡市を眼下に暖かい陽射しを受けて少し微睡みたい気分の山頂。
しかし、今日は5時間コースと決めているので13時半までに下りていたい。

仏頂山の直下から河原谷コースと公園への近道もあるが、昨年の1月アイゼンを付けて下った経験があるし、結構な急坂なので膝への不安を考えると許されそうにも無い。


f0201348_17363539.jpg 縦走路で2・3組のグループ登山に会うが、平日とあって皆さん揃って引退組である。
長い難所ケ滝への下り、膝に若干の違和感はあるが九重で感じたような抜き差しならない疼痛感はない。
「これも慈悲深いお地蔵様のお陰だろう」と一人納得。
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 大氷柱を前に歓声も人影も全くない。独り占めである。
点景として数人の彩り豊かな山ガールでも居てくれたら最高だが望むべくも無い。
やはり赤茶けた岩肌の“つらら” 群、何か味気なく魂がこもっていないような風景である。
 九重で少欲知足を感じながら、登山客が多過ぎて不満、少な過ぎて不満、雪が無くて不満、いつまで経っても欲の深い私である。
 概ね時間通りに公園駐車場に下りて来る。
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by 1944tourist2004jp | 2011-12-27 18:12 | 山登り | Comments(12)

「難所ケ滝」(2)

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 先客が数人いるかと思いきや、大氷柱の前に立つと私一人。

f0201348_10254652.jpg 一頻り眺めた後、静寂の中にカメラのシャッター音を響かせながら登ったり下りたり。
想像通り氷柱の成長は乏しく、溶ける水が氷柱の中を陽の光にきらきらと輝きながら落ちている。

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 前2回は雪に覆われた地肌の大氷柱に言葉を失ったが、今日のように赤茶けた地肌に少し痩せ細った氷柱は何か心寂しいものである。

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f0201348_10371331.jpg 縦走路に上がって行くべく、急坂を登って行くと若者が一人「午後から用事があるので早々と昼飯です」と挨拶して来る。
休息がてら一頻り山談義をしていると、上から初老の男性が下りて来る。

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 彼は春日市の方で週に5回ほど宝満山に入っているとのことであった。
流石に色んな道をご存じで、今日は昭和の森公園から頭巾山に登り周回してきたとのことである。
そして、「お勧めは一本松から入って頭巾山の南の沢ですよ!ここの沢は提谷コースより素晴らしいく。20数mの滝が標高680mから700mにあります」と、地図を広げて紹介してくれる。若者と私は氷柱を忘れて頭巾山コースについてご教授を受ける。
 15分もご講義を受けただろうか、3人それぞれ耳と手先に寒さの痺れを感じる頃、「じゃーお気を付けて」と別れる。
 雪の道しか知らない私は、初めて歩くような感覚に捕らわれながら喬木林の中を相変わらずのペースを維持して登って行く。
そして、登山口から概ね2時間で縦走路に出る。気温は0度。

f0201348_10403215.jpg 薄く残った雪を踏みしめながらのアップダウン。道には週末の人混みを感じさせるように靴跡が残っている。
大石の展望所から見る山群山、筑豊地区、そして重畳する古処山系の山並み、九重に続いて今日もまた透明感のある素晴らしい景観である。

f0201348_10433080.jpg 長崎鼻と南へのコース分岐を幾つか見ながら仏頂山に出る。山頂の祠の前には数本のお茶や水のペットボトルが整然と並んでいる。
申し訳ないが小銭の持ち合わせがないので、手だけ合わせ「膝がもちますように」と祈願する。
改めて拝顔すると慈愛に満ちたお顔、膝に安心感を貰えるに十二分の石仏様、何方が彫られたのだろう。


 宝満山へと下りて行く途中、先を一人の男性が歩いている。下山時にお話しする機会があったが、全く私と同じコースであった。
稚児落としの大壁を望み鎖を頼りに上がって行くと、古老と思しきご婦人が社殿の横で気持ち良さそうに目を閉じて日向ぼっこをしている。
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 拝礼した後、二言三言ご挨拶をして博多湾を遠望する岩に腰かけ、11時と少し早いが昼食にする。
広がる青空に仏頂山から山群方面、若杉山、そして遠くに大樟の立花山、博多湾を取り巻く島々、雲が博多の街並みに陰影を落とし、小春日和のようなバランスの良いパノラマである。
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by 1944tourist2004jp | 2011-12-27 11:09 | 山登り | Comments(2)

「難所ケ滝」(1)

f0201348_225201.jpg 腰の違和感は残っているが痛みは軽減しているし、膝の痛みも普段の生活をする分には全く問題ない。
沓掛山からの下りに惰弱を引きずっていては、山登りはいつまでたっても出来ない。
 不安を押し切って5時間程度の山行を決心する。山群逍遥で会った方の「週末には難所ケ滝へ行きます」との言葉が脳裏をかすめる。
試し登山には持って来いの距離、昭和の森公園から三郡縦走路に出て宝満山へのピストン。
岩壁に張り付くような氷瀑、雪と寒波を合図に毎年ターゲットにしている所である。
f0201348_2265431.jpg dojyou38さんのようにサポーターでも思ったが、急の思いつきどうしようも無い。
そこで少しゴムの緩んだ厚手の靴下のつま先を切り、踵部分を膝にあてがう様にすればどうか。試すとジャストフィット、暖かいし膝も曲げ易い。

 「行ってらっしゃい、気を付けてね!」、“膝は大丈夫だろうか?年の暮れに片付けや掃除があるのに!”との視線をちらっと背後に感じながらいそいそと出かける。

 払暁に照耀する宝満山の山肌を見るのは、夏に提谷コースの沢で苔岩に滑りカメラを台無しにして以来である。
 通勤の渋滞に嵌りながらも8時過ぎには公園駐車場に到着。
週初めの月曜日、当然のように指折り数えるほどしか車は留っていない。




f0201348_2292097.jpg 長い杣道を通り、膝を庇うようにゆっくりとしたペースでゴロ石の登山道を上がって行くが、雪は全く無い。
それにしても靴下の膝当ては良い。全く気にならないし何よりも暖かい。
布テープで留めているのでずれることも無い。


f0201348_22123670.jpg三郡山との分岐点で渡渉しやや勾配が厳しく成って来ると、ゴロ岩や木の枝になごり雪が点々として、小さな水溜りには氷が張っている。
この分なら“つらら”は大きく成長してなくとも残っている筈である。

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 歩き始めて1時間、屏風岩の手前に規模は小さいが岩壁に氷柱が垂れ下がっている。
前2回の山行で見逃した“つらら”群である。岩に凍てついた水に注意を払いながら直下までまで登って行く。

ここから7・8分歩くと“大つらら” 群の難所ケ滝である。
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by 1944tourist2004jp | 2011-12-26 22:39 | 山登り | Comments(2)

「山群逍遥」(4)

f0201348_17432629.jpg 少し食べ過ぎの腹を抱えて荒涼とした砂礫を歩く。細かい砂礫は踏ん張りが利かず、平坦だが結構苦労するものである。
 雪深い今年の1月に長者原から中岳に登って以来の北千里浜。荒漠とした中に一人居る私は、家族のこと、白寿間近で老衰してきたお袋のこと、今日の山登り、次の計画と果てることの無い自問自答を繰り返しながら歩く。

                       (1月山行時の北千里浜)f0201348_17505481.jpg



f0201348_17484991.jpg 2度目、3度目になるにつれ距離を短く感じることは、「まだまだ肢の衰えが無い証拠ではないか」と自認しながら、黄色のペンキが増えるにつれ勾配が厳しく成る久住分れへとペースを上げて行く。

f0201348_180190.jpg  予定より早く13時半久住分れ到着。
今日の行動について話すほどの接触に無かった鳥栖の男性とこの広大な山群で帰路に遭遇する。
雪の1月にも天狗の直下で風来坊さん達と偶然の出会いをしたが、山での思わぬ再会はとても嬉しいものである。
 その彼は先月に私が歩いたコースを逆周りしたとのことであった。
この偶然にお互い気分が安らぎ山歴やブログについて話しが弾む。私が最後の久住や阿蘇五岳を撮っている間に、「週末は難所ケ滝へ行きますよ」と言い残して彼は帰路に就く。

f0201348_1845699.jpg 特に変化の無い天気に写真を撮ることも無く淡々と牧の戸へと急ぐ。
「やっぱり!」と、泥状化した道に辟易としながら、またスパッツを付けていないことに後悔しながらの尾根道。
「もういいや!」と汚れることに拘泥すること無く歩き出した途端に右膝に違和感が生じる。
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山登りで今まで経験したことの無いような痛みである。
沓掛山のアップダウンで透明感の女性を岩陰に見るが膝の痛みで追いつけない。徐々に痛みが激しく成り、負担過重になった左膝までおかしく成って来る。
 数分毎に膝の屈伸と休みをとって木段を下りて行く。
後ろから来た同年代風の男女4人に、気付かれたくないので路傍に逸れカメラを構え休息する。
蟹歩きのように木段から簡易舗装へと下りて行くと、折悪しく先ほどの4人組が展望台で休んでいる。
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 空意地を張り、歩幅を小さく展望所の傍まで来て、最後に三俣山の写真を撮る。
雪の下りに一層気が重くなる。舗装の脇を時々木の助けを借りながら下って、やっとの思いで車まで辿り着き車傍で帰りの準備をしていると4人さんが後ろを素通りして行く。
 車を運転する分には問題なかったが、風呂に入るまでは右膝の屈伸が全くできなかった。
薄着と中岳石室から法華院までの下りで、気付かないうちに筋肉と膝の腱を消耗したのかも知れない。
次回の山登りに少なからず不安を感じる日々であるが・・・。
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by 1944tourist2004jp | 2011-12-24 18:09 | 山登り | Comments(4)

「山群逍遥」(3)

f0201348_11303797.jpg 昨晩は一足早く、孫達二人に久し振りに顔を見せた末娘を加えてのクリスマス。
腹に混ぜご飯を詰め込んだローストチキンを囲んで、3世代6人の賑やかな食事。

f0201348_1131150.jpgシャンパンにショートケーキ、その後、私はホットウィスキーへとグラスが進む。
正月を前にして、ここ1カ月は肝臓週休二日制を守るため、焼酎からウィスキーに変え、週1本の割で飲んでいる。


f0201348_11384149.jpg 寂漠とした久住分れに私と同年代風のご夫婦だけである。
蒼然とした大空は無いが、清冷にして透明感のある山群に私達の話題は今日の素晴らしい山登りである。お二人は久住山の後に凍った御池を周ると言う。
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f0201348_1140429.jpg 一気に御池まで上がって行くと、完全に氷結した池が広がる。
アイゼンを履いて池の中央まで行きたいが、この時期に一人逍遥している身として、不測の事故を考えると勇気が出ない。
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f0201348_17345654.jpg(今年1月山行時の御池)

f0201348_1144392.jpg 無人の石室で昼食も考えたが、10時半では余りにも早過ぎる。
石室から法華院温泉と中岳・稲星山の分岐点まで下って、そこから先は私にとって今だ踏まずの登山道、山の地図によると1時間20分の行程である。
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 平治岳に隠れるように浮かぶ美峰由布岳、そして手前に坊ガツルを遠望し、白口岳や大船山の山塊を見遣りながら中岳の山肌をトラバースする道は中々興趣豊かなものである。

f0201348_11475576.jpg しかし、ここから先が想像にも増してきつい下りであった。

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涸れ沢のゴロ石に中途半端な積雪があり、雪の下は薄い氷が張って滑り易いし踏み抜くこともある。足を滑らすと怪我するかカメラを壊すかである。

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物事を安易に考える質の我が身に最大の自戒を込めながら慎重に下りて行く。


f0201348_11553329.jpg 一面枯れススキの坊ガツルが次第に眼前に広がって来ると、ごろ石の沢から外れて再度山肌の歩き易い道に出る。

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f0201348_122142.jpg 落石の為のう回路を下りて行くと、間もなくして山荘への広い道に出て、数軒のバンガローを見る。
中々しんどい1時間15分の道のりであった。

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 山荘の前には三俣山の砂防ダム工事のトラックが数台留っている。
「今朝吉部の方から入って来られたんですか?」と挨拶がてら声を掛けると、「そうなんですよ、今朝の坊ガツルは寒かったですね、どちらからですか」と聞かれる。
確かに底冷えのする坊ガツルである。「牧の戸から入って、これから久住分れへと周回する予定です」と答えると、「寒い中気を付けて下さい」励まされる。

f0201348_12165254.jpg 正月準備の整った山荘で一息ついて、諏蛾守越直下を昼食予定場所として工事中の砂防堤の方へ上がって行く。
三俣山の柱状岩壁を上にして疎林の道を上がって行くと、雪のガレ場に入って行く。

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 途中、飴玉と菓子パンを頬張ったとは言え朝飯から6時間、流石空腹感が漂って来る。強まる風も後押しし岩陰に隠れ昼食とする。寒い時の定番カップラーメンである。
焦る気持ちと風で半煮えのラーメンとなってしまったが、山での食いものは全て美味である。山に入ると「少欲知足」がよく解る。


 私が岩陰から出た所で60代と思しき夫婦が下りて来る。
「法華院泊まりですか?」に、ご主人は「はいそうです。そこの雪は滑り易いから用心せいよ!」と、後ろについている奥さんに向け声を掛ける。
奥さんが山側にへばり付くように恐る恐る下りて来る。私も同じだが雪の下りは気を使う。
「じゃー、お気を付けて」と登りは楽である。
ガレ場を登りきると眼前に噴煙の硫黄山が広がり、砂礫のプロムナードが延びている。
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by 1944tourist2004jp | 2011-12-24 12:28 | 山登り | Comments(0)

「山群逍遥」(2)

f0201348_15241422.jpg 九酔渓の九十九折りで軽快に前を走る同県Noの車。
時間的にも九重山群を目指すお二人さんではなかろうかと決め込んでついて行くと、夢の大橋を過ぎて間もなく突然に右折した。しかし、私が膝を庇いながら山群逍遥から下山して来ると、そのRVが私の隣に留めてあった。彼等も後ろの私をバックミラーで確認しながら同じことを推量していたのかも知れない。
 8時半の牧の戸峠駐車場は先月中旬と打って変わって閑古鳥の態である。
私は登山口に一番近い所に入れ、ドアを開けると瞬時に山の冷気が震顫と共に全身の神経に緊張をもたらす。車の温度計は零下3度。
冬支度にレインウェアーを重ね着していると隣の男性が「お早うございます」と声を掛けて来る。中年風の男性は鳥栖からとのことであった。
 キャップのまま登山口に向かうと耳が痛い。取って返しニット帽を目深にかぶり再出発。
取っ付きの簡易舗装道に薄く雪が積もっているが、凍りついていないのでアイゼンを履かず用心しながら歩を進める。

f0201348_1538399.jpg いつものように冬枯れの山並みを撮りながら、ゆっくりとしたペースで木段まで登っていると先ほどの男性が「お先に!」と追い抜いて行く。
 最初の展望所に出ると、雲海に浮かぶ阿蘇五岳が幻想的な姿を現す。靄の消えた冬至間近の深山は冴え冴えとして、遠くの山並みをこれでもかと近寄せて来る。
一頻りカメラに収めた後、沓掛山の登り下りから尾根沿いの道に入って行く。

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 凍てついた道は登山靴の模様が浮き彫りにされ、道端には10cmほどの霜が連なっている。
冬の牧の戸コースの悩みは、昼過ぎの下山時に凍てついた土が融解してぐじゅぐじゅとなり靴やズボンの裾を汚すことである。
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 いつも団体さんの休息所となっている広場に、若い女性が一人物憂げな様子で岩に腰かけている。
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「何処に登るんですか」との挨拶に、「中岳です。御池が凍っていると最高なんですが!」と笑顔の返事。
短時間の会話ながら、今日の山のように透明感のある長身の女性であった。

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f0201348_1635574.jpg 私の先を行く鳥栖の男性は扇ガ鼻へと灌木の隘路を登って行く。
高層雲におぼろげな陽を見ながら、山群の盟主久住山の頂が徐々に姿を大きくしていく西千里浜。大きな空間を独り占めする爽快な山の散歩である。
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by 1944tourist2004jp | 2011-12-23 16:07 | 山登り | Comments(2)

「山群逍遥」(1)

f0201348_14171758.jpg 我が家のスープや鍋に新鮮な冬野菜が彩りを添え、実家や子供達にもお裾分けする冬野菜。
虫食い跡を見ながら食すのも中々おつなものである。
 昨年までは畦が低く”ひねダイコン”しか収穫できなかったが、今年は胸を張って持って行ける程に、葉は青々とし、根は伸び伸びと太く正に秋田美人である。
ヨトウムシに齧られたものもあるが、摩り下ろして良し、おでんにして良し、本当に美味である。

 10日には痛い腰を引きずりながら、昨年と同じ赤タマネギ150、早生100、晩生100の苗を植え付ける。
その間に春ジャガ畝造りも並行してやったので心おきなく菜園の仕事納めができる。

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 畑も一段落して山登りの態勢が整ったところで、姪達に山の楽しみを知って貰おうと、17・18日のいずれかに晴天の九重山群へ招待しようと思っていたが、寸前に姪が風邪をひいたり、突然の寒波に今シーズンの楽しみはあえなく潰えてしまった。来春の喜びとしよう。
その間、案内役の私の腰も少なからず遠慮していたかも知れない。

 19日、昼のワイドショーで橋下大阪新市長の初登庁と記者会見を楽しみに炬燵に深々と入り込んでいたら、突然のテロップで「金正日死去」。殆どのテレビ局が延々とほぼ同じ内容を繰り返し流していく。
明日もTV局の時間潰しのように学者や評論家が似たり寄ったりの内容をこれでもかこれでもかと話すことは想定できる。ならばと、束の間の好天を利用して九重山群の「冷え込みや如何に!」と出かけて行くことにする。姪達にも登った積りで写真を見せて上げたい。
腰痛は残っているが歩く分には問題ないだろうと、久々に早起きして早朝から出かける。

 白み始める東の空へうねる様に延びる大分自動車道。朝焼けに染まる筋雲と線を引くように輪郭をすっきりとした深山の稜線、その峰々が端然として「早く来い!」と声を掛けてくる。しかし、焦る心を嘲るようにここは80kmの制限速度である。
 いつものように玖珠SAに寄って九重ICで下りる。九酔渓経由で、流れるような山裾に薄らと白筋を引く涌蓋山を見ながら長者原へと向かう。
先月中旬の九重はピークハントだっただけに、今日はゆったりとした逍遥登山としたい。

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 山から遠ざかっているので肢に不安はあるが、凍てついた御池を見て白口岳の手前から法華院温泉に下り、諏蛾守越の下から噴煙を見ながら砂礫のプロムナード北千里浜を歩き、久住分れから登山口に帰る7時間コースである。

 今晩から来る孫達への「Xーmasプレゼントを買いに行こう」とSDが言う。序ながら未だ見ぬ新春の夢「年末ジャンボ」も買いたい。
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by 1944tourist2004jp | 2011-12-22 14:48 | 山登り | Comments(0)

「休む暇をくれない畑」

f0201348_18564297.jpg 「大雪、朝夕には池や川に氷を見て、山々は雪の衣を纏って大地に霜柱を踏む冬景色」と、紹介されているが今では源氏物語に想像するような季節感である。

 温暖な九州でも、私が子供の頃にはほぼ経験したような自然現象が今は無い。病んだ21世紀の地球は無表情である。
40数億年の温暖期と氷河期の周期的現象なのか、人類という好気性菌の大繁殖が病因なのか。
病気と寿命が100%遺伝的体質と生活環境に起因するとすれば、地球の温暖化もCO2が全てでは無いのかも知れない。
仏の教えによると、密度の差こそあれ人体も大気も地球も宇宙も一体だそうである。


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f0201348_18593218.jpg 腰に持病を持っていないが、ここ数日思い当たる節の無い突然の腰痛に気が滅入っている。
歩く分に支障は無いが,立つ時は腰をぐいーっと伸ばさなければ痛みが走る。
中腰で作業する畝造りによる筋肉痛の延長なのか、旧職域の親しい仲間と一献傾けた時なのか、はたまた12月に入っての炬燵暮らしによるだらしない姿勢のせいなのか全く分からない。

 ウォーキングとかスクワット等で肢の筋肉はそれなりに維持しているが、山行中に身体の支点となる腰に異常を来すと大いに問題がある。
温湿布が良いのか、冷湿布が良いのか判らないが自家治療を試している。

f0201348_19105420.jpg 昨日は自家苗のキヌサヤとスナックエンドウの定植、菜園仲間に頂いたヤーコンを株分けして一畦に分植。

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そして、種苗店には10日引取りの予約をしているタマネギの定植が待っている。
狭い菜園では連作を避けるとしても精々1・2年である。ベト病に浸食された畝の隣を利用しなければならない。
太陽光や空気で土壌消毒しなければならないと、半月以上かけて耕している。休む暇をくれない畑である。
 明日は孫の家に、明後日は白寿を迎えようとしているお袋の所へ冬野菜持って行ってやりたい。と、腰痛にめげず頑張っている。

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by 1944tourist2004jp | 2011-12-07 19:14 | 家庭菜園 | Comments(5)

「寺社観楓」

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by 1944tourist2004jp | 2011-12-01 21:32 | その他 | Comments(0)

「ヤーコン」

f0201348_19314839.jpg ヤーコン、私にとって初対面の芋である。
タマネギの畝に黒マルチを張っていると、お隣さんが「芋を掘るけど上げましょうか」と声を掛けてくれる。
収穫時にお裾分けをする中であるが、今回は黒枝豆のお返しなのかも知れない。間髪を入れずに「頂きます」と直ぐ下の圃場へとついて行く。
 1mほどに繁った大葉は霜にやられ少し枯れかかっている。お隣さんは「オリゴ糖が多く含まれている芋らしいですよ!」と話しながら、芋らしくないやや硬めの筒状の茎を刈り払い、深くスコップを入れる。サトイモを掘る要領で深さは30cm以上あるだろう。
蓮根を少し小振りにした様な塊根が種イモから派生してくっつき合っている。
加工品としてお店に出ているらしくSDは名前だけは知っているようで、早速と料理の仕方を習っている。


f0201348_19383763.jpg ウィキペディアによると、南米アンデス山脈原産のキク科の多年草で、塊根は貯蔵栄養素としてのデンプンではなくフラクトオリゴ糖を大量に蓄積し、収穫後1~2ヶ月の保存によって分解してオリゴ糖となり甘みが増して来るらしい。生で食べると、かすかにポリフェノールに起因する渋みを感じるものの、甘くしゃきしゃきとしてナシの果実に近い食感があり生食もされているとのことである。
 食用としての伝統の浅い日本では、食材そのものより豊富に含まれるフラクトオリゴ糖が乳酸菌の増殖に寄与すること、プロバイオティクスの整腸作用、不明ながら血糖値抑制効果などの健康に対する効果が注目され、一種の機能性食品と扱われる傾向にあると紹介されている。


f0201348_1952441.jpg 昨日に続き今日も午前中から畑での勤労作業。
キヌサヤやスナックエンドウの畝の整理、冬野菜の間引き、そして春ジャガの収穫し忘れ秋ジャガを収穫した後、曇天に模糊とした山並みを背景に田園と接する雑木林の紅葉に混じりたく、泥まみれの作業着に長靴のまま300mほどの距離にカメラを抱えて小さな紅葉狩りである。

f0201348_19523977.jpg 農道沿いに地味にして僅か200m程と短く、誰も振り向いてくれそうにない見頃の彩りと揺落を楽しんでいると、道沿いに菜園をしている男性が車でやって来る。

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f0201348_19573095.jpg 指呼の間にある菜園仲間として当然のことのように話しかけると、私と同じリタイヤ―組である。

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f0201348_19593220.jpg 栽培している野菜を傍らに色々と話しを伺っていると、私のお隣さんを師匠と仰ぎ、遠目に私達のぐうたら菜園もご存じだった。
 虫食いだらけの白菜に悔むこと無く、「無農薬でしているので仕方ないですね」と無頓着な気配である。
私達が栽培していない蕗、生姜、ラッキョウなど栽培野菜も豊富である。そして、昨日初めて目にしたヤーコンも繁っている。
黄色い花に「写真宜しいですか」と畦を回り込むと、師匠にも種イモをお裾分けしたとのことで、色々と勉強しているのか野菜同様豊かな栽培知識の持ち主であった。


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 30分ほど嬉しい菜園談義の後、昼食予定を変更して新しい仲間に頂いたヤーコンの種イモ3株を植えるため畑へと戻って行く。


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by 1944tourist2004jp | 2011-12-01 20:14 | 家庭菜園 | Comments(2)