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「Home、空から見た地球」


f0201348_1695575.jpg 小さな町の名もない桜を見て歩く。
子供達の卒業した学校、いつもウォーキング中にお参りしている寺社、そして初孫ができて1週間後の退院時にわざわざ遠回りした桜並木である。満開ではないが例年の如く美しい。
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最後に雨上がり紺青の空の下、土筆を採った土手へと行ってみる。前回と同じように手に二抱え程の収穫を持ち帰る。
卵とじ、天ぷら、そして佃煮風にしてご飯にまぶして食した。主役たりえない分、毎度出されても厭きないほどに美味しい。
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f0201348_16152932.jpg 想像を絶するような自然の景観、そして人間の欲が織りなす景観、皮肉にもその美しさは共に素晴らしい。
破壊も創造の一つと考えれば良いのだろうか。



 数十億年に渡り培われた地球の遺産を、数十万年の人類が正に食い潰そうとしている。
「Home、空から見た地球」は、その芸術的な美を通して人類の知恵が宝石のように輝く地球を破壊し尽くしそうとしている現状に問題提起したドキュメンタリー番組である。
 産業革命に始まり、化石燃料が人類へ恩恵をもたらした寸毫の期間で破壊しようとしている。
そして、残されているだろう数十年への警告を、物悲しいナレーターの声と音楽に乗せて訴えている。 
革新的な科学技術の進歩で、先進国と豊かな資源を抱える国の一部は豊かな生活を手に入れ、残された8割の民は開発と人口爆発の狭間で苦しんでいる。
f0201348_16174915.jpg 久し振りに感動したドキュメンタリー番組である。
BS放送でなく地上波で、そして教育番組として利用して欲しいものである。
 地球は宇宙の理屈で消滅してしまうのだろうが、人類が早く消滅すればするほどに、その死がやって来るまで「青い地球」として輝けるのかも知れない。
宗教は人の生きる道を教えてくれているが、宇宙観を基本にした般若心経は人類の究極の教えかも知れない。f0201348_16195159.jpg
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by 1944tourist2004jp | 2011-03-31 16:08 | 雑感 | Comments(0)

「土筆」

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 午前中から「土筆でも採りに行こう!」と2回ほど声が掛かってくる。
昨晩の酒が少し残っているので「はー」と、炬燵に寝そべったまま心無い返事を繰り返す。
 二日酔いも少し醒め、TVも一段落した昼過ぎに散歩がてらと誘いに乗る。
いつものウォーキングコースから少し逸れた土手沿いへと見当をつけて歩き出す。

f0201348_18295546.jpg 不思議なことに日当りの好い畦の土筆は背が低く、背丈が低く疎に咲いている菜の花の中に見つけた土筆は、瑞々しくて節間が長く20cm超の見事なものである。

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数歩遅れた所に「お店で売っているものに負けないね!」と年甲斐もなく歓喜の声を聞く。
皆さん方の散歩コースに入っているので余り期待していなかったが、何の!何の!両手に二握り程の収穫である。

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 先ずは卵とじで出してくれるらしい。
そして、明日は甘酢漬けでとのことである。

料理のできない私の仕事は”袴取り”である。










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by 1944tourist2004jp | 2011-03-26 18:26 | その他 | Comments(6)

「冬野菜の第2弾」

f0201348_1240316.jpg 旅日記を30回更新してエピローグ。
読み直しをしている間に、何故か12回目がエピローグの後ろに来てしまった。
原因も修正方法も知らないので、屈託なしに放置することにした。
 少しの余韻を持て余して、絵でも描こうかとスケッチブックを取り出すが気持ちが中々捗らない。下絵を描いたが色を置く気にならない。
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 HV特集「ビザンチン帝国」3回シリーズの最終回を観終えて畑へと出て行く。世界史に疎い私も、イタリアでビザンチン建築やモザイク画を目の当たりすれば当然ながら興味も湧いて来る。
 民族と宗教紛争が入り混じったビザンチン帝国の興亡。バルカン半島がヨーロッパの火薬庫と言われ、コソボやキプロス紛争もその名残であることが理解できたし、この歳になっても見聞を広めることが人生の肥やしになることを分からせてくれた貴重な番組であった。
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 昼過ぎから三日振りの畑。
飴玉4個、ラジオ、そして決して基本料金を上回らない携帯がポケットに入っている。
いつぞやは冬野菜に一晩中ラジオ放送を聞かせたこともある老境である。
携帯は妻にメールが時々入って来るが、私には酒飲みか麻雀の誘いしか架かって来ないので時計代わりである。
メールも子供達以外から入ることは無く、殊更に寂しい携帯である。長期契約でポイント加算があるので、寿命が来る頃に機種替えをする。店員さんの“ロハ”と言う言葉に絆されて延々と持ち続けている。
しかし、車に“紅葉マーク”を張り付ける頃には携帯も必要ないかも知れない。
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 私達が畑に着くと、下の菜園仲間の姿は見えない。
私達の倍以上を管理しているお二人は、篤農家と見紛うばかりに朝早くから畑に出て来るし、忙しい時期は当然の如く昼からも出て来る。奥さん方を見かけたことが無いので、畑に旦那方を現役の延長線上として見ているのかも知れない。
それに比べ私達は毎日行くことは無いし、出勤も午前中なら11時過ぎになるし、午後は2時か3時である。
ラジオを聴きながら、飴玉をしゃぶりながら、遮二無二取り組んでいる風情は存在しない。
畑の上に住宅が並び、老人ホームもあるので色々と話題を提供しているかも知れない。
f0201348_1804685.jpg 昨晩はここまで書いて気が進まず就寝。
「道草」の後、枕元に置いている「刺青」を10数頁捲る。
 朝食に昨日収穫して来た、ワサビナ、セロリ、ダイコンとカブの菜の花にドレッシングを掛けて食べるが、しゃきしゃきとした歯触りに苦みが少し舌に残り美味さを感じる。
素人にして上々だった冬野菜の第1弾、二番煎じの栽培成績は中の下である。
マルチを張って保温していたが、肥培管理の拙さか天候か分からないが、成長しきれないままに薹が立ち始めているし、ダイコンやカブは菜の花が咲き始めている。
しかし、今冬は少数多品種栽培でキャベツや白菜等葉物以外は買う必要もなく、年金生活には一石二鳥の菜園生活である。
先日お墓参りした後、実家より捥ぎって来た甘夏で口直しをして、久し振りにブログ更新する。
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by 1944tourist2004jp | 2011-03-25 12:18 | 家庭菜園 | Comments(2)

「イタリア紀行12」(バチカン3)

「イタリア紀行1」(プロローグ)から見る時はこちら

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 広場に出て先ずすべきことは、バチカン郵便局で切手を買いバチカンの消印で絵葉書を出すことである。
日本へのエアメイル切手は、イタリアで値上がりして1.65€になっているが、独立国のバチカンは未だ0.85€である。因みにローマ市内から出す分には、バチカンの0.85€の切手は使えるとのことであった。

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 陽が陰り、噴水の水も風に流され肌寒さが一段と増して来る。
240mの楕円形の広場の中央に立つオベリスクを抱くように、284本の円柱を4列に配した柱廊も見事である。
木造の法隆寺回廊とは完成年度にしても千年ほどの差があり、比較する必要もないが規模の圧倒的な差は如何ともし難い。






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f0201348_15273033.jpg オベリスクと噴水の中間に4列の柱が重なって見える場所が左右の石畳に標示されているが、確かに4列に並ぶ142本の柱が重なって見える。
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 サンピエトロ広場の大通りを出ると、そこは国外イタリアである。
土産物店に寄ってローマ郊外のホテルへと向かう。
カラカラ浴場などの古代遺跡を窓外にしながら1時間弱の道程である。
 郊外に出ると果てしなく牧草地が広がり、道沿いには下枝を払いマッチ棒のように刈り上げた松が街路樹として並んでいる。ローマには高木の特徴的な松が多い。
 今日はほんの田舎のホテルである。
ホテルのキーを貰いツアー客がエレヴェーターを利用して部屋へ上がって行くが、大きなトランクと不釣り合いなこじんまりとしたエレヴェーター。二組乗り込むと余裕なくフロントに行列ができる。
また、初めての経験であるがエレヴェーターは下りる時には側面が開くから吃驚である。昨日のホテルでは後面と自由自在のイタリアである。
私達が泊まったホテルのエレヴェーターは何処も小型であった。
f0201348_15435715.jpg 夕食前に添乗員さんに15分ほど歩いた所のスーパーマーケットに案内して貰うが、食品は驚くほど安い。チーズ、アンチョビ、パスタ、ハーブ、乾燥トマトと妻はトランクの容量を考えずに籠に入れたがる。当然ながら自制して貰うことになる。
 私達は仲間で最後の客となり、街灯の乏しい真っ暗な道をホテルへと帰ると、直ぐに夕食の時間である。
レストランに入って行くともう数席しか残っていない。
昨晩一緒になった寡黙にひっそりとした小倉の母娘さんと同席になる。犬を3匹飼っていて、夫と弟が世話していると言う。
白ワインを添えてパスタと(忘れた?)を食す。
 これだけの人数に僅か一人で奮闘している中年女性のウエイトレス。2人分のパスタを私の皿に盛ってくれたこともあり、少しいじらしくなって特別にコーヒーを注文してチップを渡す。
彼女が一人で後片付けする中、私達がコーヒーを飲みながら話していると、私達と反対の隅に添乗員さんとジャンニさん(運転手)が同じテーブルで話している。
私が“セニョーラ、You‘re working hard alone.”と言うと、英語が全く分からないのか肩を竦める。ジャンニが通訳すると、今度はイエスとの素振りで肩を竦めていた。

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 娘宅から帰る時、「おばあちゃんと一緒に行く」と言って泣き出した孫と必死に別れ、中央区へと末娘を送って行く。
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 途中、娘が「夕飯一緒にしない?」と言うので、パスタとピザの店で御馳走になる。
天神界隈での運手は妻には難しいと思い、「今日は俺が運転するから。飲んでいいよ」とワインを薦める。

f0201348_15595532.jpg 先ずはフォアグラとカモ肉の練ったもの、それからバーニャカウダ、シチリアーノピザと手長エビと貝のトマトパスタ。
そして二人は赤ワインである。
3人で小皿に分けて食べたが、専門店だけあってイタリアに劣らぬほど美味しかった。
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「イタリア紀行13」(アマルフィへ)を見る時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2011-03-18 21:08 | その他 | Comments(4)

「イタリア紀行30」(エピローグ)

「イタリア紀行1」(プロローグ)から見る時はこちら



f0201348_11432942.jpg パンテオンからヴェネツィア広場、コロッセオ円形競技場を通り共和国広場へと向かう。
 全ての観光を終り、オプションと自由行動の2班はバスに乗り込み、激しさの増す雨の中をフィウミチーノ空港へと帰路に就く。












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 共和国広場から延びる道路にはは残照にネオンが光り出す。飲み物やスナック、果物を売る屋台も路地の片隅でお客を待っている。



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 私達はバスの中で一段落して窓外に広がる夜のローマに、今旅行の思いを馳せているが、添乗員さんも全ての日程を問題無くこなし一安心しているのかも知れない。
 そして、この雨で飛行機が順調に飛び立ってくれるのか、次の心配をしているのかも知れない。
眩いばかり煌煌とした空港に着くと、空港内で補助してくれる女性が待っている。この広い空港で迷わず引率して行くのは大変だろう。
f0201348_12425244.jpg バスからトランクを出してくれる心やさしいジャンニ。
ジャンニにとって今旅行でのベストフレンドは新郎さんだったらしい。そして、二番手が私と言うことで「モルテ グラッツェ」と固い握手で別れる。
落雷もあり1時間以上遅れる。シャトルに乗って搭乗するのに今一度待ち時間がある。
 嬉しいことに食事時一度も同席しなかった女性と向かい合わせで話しをする機会があった。
娘さん二人と友達4人で参加したらしいが、とても旅慣れた雰囲気でローマ観光についても色々と妻に語っていたようだ。これで旅も完了だがツアー仲間全員と話せた。
イタリア時間22時半に発って、自転方向に朝と夜を追い掛けながらfar east Asiaへ14時間である。
 機内は帰りも韓国人団体に挟まれた私達である。3人席の窓側で、私を中にして妻と若い女性である。
乗り込んで間もなく飲み物とスナック、そして直ぐに夕飯である。
往きは品切れで”ビビンバ”を食べたが、帰りは”牛肉とパスタ”である。いずれにしても簡素な味の食事である。勿論白ワインは忘れていない。
f0201348_12443928.jpg 隣の韓国人は170cm以上の長身で20歳前後の可愛い女性である。
食後に「仕事ですか?」と尋ねると、「家族と観光旅行です」と、余り人慣れしていないかのように素朴な英語で返って来る。ソウルの大学生で社会学か何かを専攻しているらしい。
インチョン空港が近付いて来た時、「幸せな学生生活を送って下さい!」と言うと、少し恥ずかしそうに笑顔で「Thank you!」と応えてくれる。
 着陸して席から通路に出ようとする時、彼女が後ろに並んだ客を制して私達を優先して前に行かせてくれたことに、数回の会話にも拘わらず意志の疎通があったことを確信できた。
 福岡空港に着くと案の定娘が車で迎えに来てくれていた。
親しくなった人達と最後の挨拶をして別れる。
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by 1944tourist2004jp | 2011-03-18 11:37 | その他 | Comments(0)

「イタリア紀行29」(ローマ観光3)

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f0201348_91114100.jpg サンタンジェロ城からローマを展望して、テヴェレ川の対岸にあるナヴォーナ広場へとバスに乗り込む。
自然を眺望する観光ではないのでこの程度の小雨は我慢しなければならない。
マダマ宮の路地を抜け数分歩くと、4・5階の建物に囲まれた広い空間が現れ、相当な人集りである。
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 いつもなら大道芸人や似顔絵書きで賑わっているらしいが、雨の今日は少しの物売りと観光客ばかりである。












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 この広場は古代ローマでは戦車競技が行われ、中世では水を張り水浴やボート遊びの場となっていたらしい。

この広場には中央に「四大河の噴水」、北には「ネプチューンの噴水」、南には「ムーア人の噴水」と3っつの噴水がある。





 バロックの担い手ベルニーニがナイル、ガンジス、ドナウ、ラプラタを擬人化した彫刻の傑作と云われている。
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 奥の教会を設計したもう一人の担い手ボッロミーニと不仲のベルニーニは「見るに堪えない教会だ」とナイルに布を被せ、「教会が倒れたら困る」とラプラタの腕を教会に伸ばしたらしい。
 ミケランジェロ然り、稀代の天才達も一応に人間臭い逸話が作品に隠されているようだ。


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ナヴォーナ広場からパンテオンは近い。


 ミケランジェロが「天使の設計」と称賛した万(pan)神(theon)殿は紀元前後に創建されたもので、ギリシャ建築を代表するような柱が特徴である、と紹介されている。
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直径9mの天窓から射す光は荘厳さをより一層を漂わせている。


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f0201348_929626.jpg 今ではエマヌエール2世、ウンベルト1世、そしてラファエロの墓がある。
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「イタリア紀行30」(エピローグ)を見る時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2011-03-18 09:03 | その他 | Comments(0)

「イタリア紀行28」(ローマ観光2)

f0201348_18194765.jpg イタリア紀行を載せ始めて28回目の更新となる。
真冬の水溜りに張った氷のように砕け易く、時とともに溶け出す薄っぺらな記憶である。
それにつれて更新の意欲も段々と彼方へ飛んで行きそうである。
 この間に東北関東大震災があり、応援できない苛立たしさに少しの責任を感じたり、肉親の再会に涙したり、風評被害に乗ずるように買占めに走る一部の人間に憤ったりと暇が無い。
 今は、この大震災とイタリア紀行に手足を縛られたように他に目が向かないのが現状である。


 白ワインとピザの後、私達はローマ観光の第2幕に生き生きとしている。

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 小雨が降りだした途端に現れる傘売りに変身した物売り。
顔貌をからすると移民して来た人達なのかも知れない。





                              




                           



                                (真実の口広場前の噴水)

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 今では教会の柵の中にあり、柵の外まで50人程度の列ができている。
古代ローマでは排水溝の蓋だったらしい。確かにお洒落なマンホールには違いないが、2千年も経ち名前を貰い名画に登場すると世界の観光資源となっている。
日本のマンホールも地域によって図柄が面白いが、いつの日か観光資源になるかも知れない。

 一緒に手を入れる夫婦が大半であるが、私は遠慮して妻だけモデルにしてカメラを構える。
照れくさいと言うより、このようなシチュエーションに男は出るべきでないと理解している。

f0201348_19114652.jpg 天は観光客の気持ちか、はたまた物売りの生活を知ってか知らずか、断続的に小雨を降らす。
午前中とは逆にテヴェレ川沿いにサンタンジェロ城へと向かっていく。
 「地球の歩き方」の受け売りをすると、紀元135年ハドリアヌス帝の霊廟として建造され、中世以降は要塞や法王の住いとして利用されたらしい。また、サンピエトロ大聖堂と地下で繋がっているとも云われている。
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城内のらせん状になった傾斜を上がって行くと屋上に出る。f0201348_19472956.jpg








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f0201348_20122694.jpgf0201348_2019238.jpg サンタンジェロ城の名称は、ペストが大流行した時、時の皇帝が城の頂上で剣を鞘に収めるミカエルを見て、ペスト終焉を意味することに由来している。

そして、きれいな円形の頂上には、太陽を象徴したハドリアヌスが戦車を引く像も設置されている。
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 曇天の屋上からローマ市内の全貌を展望できる。
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f0201348_20275665.jpg そして、残念ながら後ろ向きに歪んだサンタンジェロ橋である。
橋の欄干には素晴らしい石像を目の当たりにするが写真にうまく収まっていない。

「イタリア紀行29」(ローマ観光3)を見る時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2011-03-17 18:18 | その他 | Comments(0)

「イタリア紀行27」(ローマの昼食)

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 ローマ三越で最後の買い物。
f0201348_11585811.jpg古代から文芸復興に至る建造物や美術品を目の当たりにして、私の了見はお土産はその道沿いに転がっている程度の物と考えている。
 無事を待っている子供達も同じDNAだろうから、お土産は思い出の写真とビデオだろうと推量している。と、言ってもお土産を前にして喜ぶ顔も浮かび、3品ほど手が出てしまい€と¥で支払いを済ます。f0201348_11574134.jpg


ジャンニの好意か予定のコースか判らないが、ローマ三越のある共和国広場から、豪壮華美なヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂(ヴィットリアーノ)のあるヴェネツィア広場を通り、ローマを二分するティヴェレ川沿いに舟形ティベリーナ島(中洲)を望み、カラカラ浴場、コンスタンティヌス凱旋門、コロッセオと贅沢な車窓観光して、待ちに待ったレストランに到着である。

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 今日のお昼はピザである。
派手な看板は無く、小さな開戸から半地下へと下りて行く。
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 ベージュを基調とした清潔感溢れるレストラン、受付の女性が笑顔で迎えてくれ、直ぐ横では生地のばしから焼き上げまでの行程がガラス越しに見える。

f0201348_1228070.jpg 無造作に飾られた花や小品がレストランを一層引き立てている。
しかし、残念なことに席間が非常に狭い。






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 前菜の後は大きなピザである。f0201348_1212399.jpg
イタリアに来て初めてのピザは生地が厚く大振りで殆どの方達は残している。
私達2人は胃もこよなく元気で、富士山7合目の山小屋のライスカレーを思い出すように完食する。
「イタリア紀行28」(ローマ観光2)を見る時はこちら





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by 1944tourist2004jp | 2011-03-17 11:47 | その他 | Comments(0)

「イタリア紀行26」(トレビの泉とスペイン広場)

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 観光は名画「ローマの休日」と「天使と悪魔」のロケ先になった名所を追っていく。

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 「地球の歩き方」によると、1762年に完成したバロック様式の傑作と言われている。トレビとは三叉路と云う意味で、泉の前から3本の道が延びていることがネーミングの由来らしい。

「後ろ向きにコインを1枚投げ入れるとローマ再訪が叶い、2枚投げると夫婦円満、3枚投げると別れる」と云われているらしい。
f0201348_19234338.jpg 無線ガイド聞きながら石畳の路地を数分歩いていると、予感も無く突然に「トレビの泉」が現れる。
想像より狭い空間に一瞬“おやっ”と思うが、背景となっているポーリ宮殿の壁と一体となった海神ネプチューンと2体の女神像、そして馬を操る躍動的な男性像は一瞬言葉を失いそうになるほど素晴らしい。


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 想像に反し観光客は少なく、自由気儘に泉の周囲を歩き回りファインダーを覗く。一通り写真を撮り終った後、私達も後ろ向きのままコインを投げ入れる。
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f0201348_201098.jpg(角の教会)f0201348_2056259.jpg

次はスペイン広場、地図で見ると直線距離にして500m程離れている。
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町の何処其処にオベリスクがあったり、教会があったりと文化遺産が転がっているのだろうが私達の心はスペイン広場へと向かっている。
 私にとってスペイン広場の芸術的価値がどれほどのものか判らない。歴史に疎い私にとって、「ローマの休日」が無ければ、小高い丘にある教会への広い階段でしかない。
オードリー・ヘプバーンとジェラードの印象が余りにも色濃く脳裏に刻み込まれている。
 スペイン広場の由来等は「地球の歩き方」の任せるとして写真を存分に載せておこう。

f0201348_19382328.jpg(船の噴水)


                           (トリニタ・デイ・モンティ広場から主要ブランド店が並ぶコンドッティ通りを見る)
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f0201348_20181039.jpg(サンタンジェロ城とバチカン方面)

「イタリア紀行27」(ローマの昼食)を見る時はこちら






                  (オベリスク)f0201348_2021178.jpg
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by 1944tourist2004jp | 2011-03-16 19:15 | その他 | Comments(0)

「イタリア紀行25」(ローマへ)

f0201348_1624857.jpg 豪華客船が停泊するサンタルチア港を窓外に、何かしら満たされない気持ちをナポリに置いたままローマへ一直線230kmである。
 南下する時に見たアペニン山脈の雪の頂きに、アマルフィ海岸通り、洞窟住居のマテーラ、お伽の国のようなアルベロベッロなど南イタリアでの思い出を重ねながら、二人とも転た寝をすることは無い。

f0201348_1635175.jpg 40分ほどして、モンテカッシーニ修道院の麓にあるお土産物店へと休息がてら入って行く。
 かなり広い店であるが観光客でごった返している。
日本語が飛び交い、お土産物を盛り沢山の日本人達の群れである。
私達は特に買う必要もなく、出口へと素通りしていくがレジには長蛇の列ができている。
 若干息苦しさを感じる店内を出て、丘陵に浮かぶ白亜の修道院が見える場所へと足を運ぶ。
土産物店への時間を割いて、修道院の美術品や広大な庭でも如何かと思うが旅行会社の都合もあるのだろう。

f0201348_169482.jpg アッピア街道を突っ切り時間通り、概ね3時間半で宿泊先のグランド・ホテル・フレミング到着。
少し古いが、大理石の階段や廊下の青い絨毯、奥にあるbarを見る限りでは由緒あるホテルなのかも知れない。
 2機のエレベーターはフロントの近くにあるが、大きいトランクを抱えた旅行者には小さく、2組入るともう身動きができない。
3階程度なら階段を利用するのが常であるが荷物が重すぎる。
 ツウィンベッドに予備のベッドがあり、イタリアでの最後の夜としては居心地よさそうな雰囲気の部屋である。
 夕食までの自由時間にちょっとした買い物でもと思い近所のフードセンターを覗く。
買い物はいつも妻に任せて、私は指示通りに動くだけである。

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 夕食はパスタと肉料理、ワインがあってこそ美味しい料理かも知れない。
 朝食は団体席を指定されず、広い食堂でそれぞれにゆったりとイタリアの朝食を楽しむ。
遅い9時出発に朝の散策に出るが、ホテルの周りは松の高木も点々とあり6・7階の瀟洒なコンドミニアムが並んでいる。
殆どのテラスには生活の余裕が感じられ、花や緑があしらわれている。






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 今日は「ローマの休日」でお馴染みの観光コースである。

 「トレビの泉」から「スペイン広場」へ行き、ローマ三越でお買い物。
午後はオプションで「真実の口」、「ナヴォーナ広場」、「サンタンジェロ城」、そして「コロッセオ」を通り「パンテオン」と豊富である。

昼食は今回の旅行で何故か初めてのピザである。

「イタリア紀行26」(トレビの泉とスペイン広場)を見る時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2011-03-16 15:56 | その他 | Comments(0)