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「三俣山」の出会い(6)

f0201348_21213736.jpg ここでも、三重県鈴鹿からの一人の男性あり。
未だ現役バリバリの男性である。
 長期休暇が取れたので、長崎への里帰りついでに「石鎚山」に登って、昨日から九重に来ているとのことである。
 「石鎚山」はいずれ登りたい山の一つである、色々と情報を語って頂いた。

f0201348_21254421.jpg 今日は4人の男性と会ったが、山では色んな人生を本音で語れるから本当に嬉しい。
 「雨ケ池越」から、一時の間は登山道らしき道を下るが、後は如何にも「自然遊歩道です!」との雰囲気の道を淡々と下って行く。
 風通し陽通しの素晴らしい喬木林に、「フィトンチッf0201348_21263130.jpgド」は抗癌剤より勝るかも知れないと思いつつ、大阪の人との楽しい会話を思い出す。
f0201348_21272838.jpg 野焼きしたのかタデの湿原も、7月の風景とは様変わりしている。
f0201348_21282713.jpg 今日のコースは花が少ないのだろうか、はたまた目敏く見つけ得ない私の老境の目のせいか、僅か2枚の写真しか掲載できない。
 長者原には、登山届の約束通りの15時半ジャストである。
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f0201348_21194312.jpg 時間的には5時間弱の山行であったが、かなり疲れている。
 休む間もなく車に乗り込み九重ICから高速に入るが、途中眠くなり山田SAで若干の仮眠をとる。
 帰宅後の風呂とビールが恋しく待っている。

「三俣山」の出会い(1)から見る時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2010-04-29 20:34 | 山登り | Comments(2)

「三俣山」の出会い(5)

f0201348_19315133.jpg 鞍部から近道ができないかと脇道へと入り込んだが、崖崩れのような急坂に嵌り込みぞっとする思いで引き返す。
(北峰から見ると正に崖崩れであった)
 時間的にも体力的にも相当ロスしたが、最終的には本峰からの道を選び、目標通りに北峰へと下りて行く。
f0201348_19242760.jpgf0201348_19245042.jpg 緩んだ急峻な下りは滑り易く、ごろ石の難路は足を取られ易くロープに助けられ、「登りはかなりしんどいだろうな!」と想像しつつ下りて行く。
f0201348_1927232.jpg 途中に点々とあるシャクナゲの蕾は固く、かなり遅れていそうな感じである。
 花に余り興味の無かった私も、知らず知らずのうちに「そよかぜ」さん達に感化されて気にしているから面白い。
 「経ケ岳」に案内して貰った折に、「今年は裏年かも知れない!」と云っていたことを思い出す。
f0201348_19383475.jpg 右手に爆裂火口跡の断崖を眺めながら、屹立する北峰へと向かう。
厳しい登りであるが短いので体力的には問題ない。
余り眺めの無い頂上に13時50分着である。f0201348_19272360.jpg
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 「ミヤマキリシマ」と「シャクナゲ」の岩陵に沿ってピークを二つ越え、一路「雨ケ池越」へと下りて行く。


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 時々東に開ける眺望は、「坊ガツル」の向こうに「平治岳」、「大船山」、「黒岳」と楽しめるが、南峰分岐点から急斜面を下り、後は自然林の中を黙々下りて行かなければならない。
 いつも持ち歩いているラジオは周波数を合わすことができない。
下りて行く中で、いつしか見たような小高い丘陵が目に入る。
昨年の7月に妻と末娘と3人で登った「大船山」への経由「雨ケ池越」である。
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by 1944tourist2004jp | 2010-04-29 19:23 | 山登り | Comments(0)

「三俣山」の出会い(4)

f0201348_18265253.jpg 本峰の斜面に取り付いた所で後ろを振り返ると、東京の男性が西峰頂上に立っている。
 南峰との鞍部を歩いている所へ、南峰から同年代風の男性が下りてくる。
ここでも10分程度、老境間近の男の会話が弾む。f0201348_18303854.jpg



 北九州市の男性で、メタボ解消のために2年前から九重山群に入っているらしい。
今年一杯で定年を迎えるが、年金も65歳からと云うことで数年働かざるを得ないと言い残して、「又逢いましょうと!」と別れる。
健康検査で引っ掛からない身に大いに感謝しながら山頂へと急ぐ。
 12時50分に本峰で「北峰、大鍋・小鍋」を確認して、カメラを「大船山」から「平治岳」へと焦点を合わせているところへ東京の男性が上がってくる。
目で挨拶を交わした後、「済みませんが写真をお願いします!」と請われ、山頂の標識を前にパチリ。
f0201348_18362216.jpg 彼を残して、私は南峰へと向かう。
 山頂直下の登りは水路にあたり泥濘んだ状態で非常に登りづらい。「ミヤマキリシマ」の根っこに助けられながら登って行く。f0201348_18383546.jpg
 





 無残にも焼け焦げた山頂が少しでも回復していればと願うばかりである。
f0201348_18373245.jpg シーズンには確認できるだろう。
 「坊ガツル」を中にして、東側の「大船山」、「平治岳」は同じ山群でも豊かな樹木のお陰で山の相が全く違うから面白い。
 このまま大鍋、小鍋へと下りて行くのか、本峰まで戻って北峰経由で下りて行くのか一瞬迷うが、所期の通り北峰へと向かうことにする。

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by 1944tourist2004jp | 2010-04-29 18:25 | 山登り | Comments(0)

「三俣山」の出会い(3)

f0201348_173530100.jpg 硫黄臭の中、涸れ沢を渡りガレ場一気に登って行く。
 「諏蛾守越」の避難小屋に着いたのは丁度12時である。
f0201348_17385662.jpg 東京からの同年輩の男性がパンを頬張っている。
定年退職で時間ができたので2泊3日で九重に来ているとのことである。
 初日は赤川温泉近くの民宿で、腹一杯に豊後牛を食べ、僅か6千5百円だったと大いに喜んでいた。
 今日は「三俣山」を登って、法華院温泉に泊まり、明日「大船山」を目指すとのことである。
f0201348_1741816.jpg 私もバナナを1本、腹ごなしに押し込み、一頻り話をして「お先に!」と西峰の急斜面に取りつく。
 西峰山頂まで、確か30分弱の道程の筈である。
途中、数回眼下と遠くの山並みを写真に収めながら息を切らすことも無く登って行く。
f0201348_17421644.jpg 「久住山」を中心に広がる広漠とした山群は凄まじく殺風景だが、何かしら隠れた魅力が詰まっているから不思議である。
 中岳、天狗ケ城、久住山、星生山の四季折々の光景と眼前の眺望が重なり、大きく深呼吸しながら、反芻するように脳細胞の皺へと織り込んで行く。
f0201348_17463991.jpg 後ろを振り返ると先程の男性の姿が笹の中に見え隠れする。
 「大船山」を背にして、東側へ廻り込み岩の隙間を登って行くと、だだっ広い草原の西峰山頂である。f0201348_17472223.jpg





 青空は春霞にしては何となく薄汚れた感じで、九重山群以外の遠くの山並みはすっきりとしない。
 長居は無用とばかりに本峰へと笹の尾根筋に入り込んで行く。

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by 1944tourist2004jp | 2010-04-29 17:31 | 山登り | Comments(0)

「三俣山」の出会い(2)

f0201348_16245327.jpg 準備に手間取り長者原に着いたのは10時半を過ぎていた。
 まずはお地蔵様に手を合わせて、登山届に15時半下山予定と書き込んで舗装された林道に入って行く。
 遠くに夫婦連れらしき二人が歩いている。
 未だ冬の姿を残している自然林に新緑が点々として、清浄な陽光は心地よく、いつしか背中に汗を感じながら歩きが早くなる。
f0201348_1626247.jpg 歩を進める毎に、昨年3月登った道筋の記憶が蘇ってくる。
前の夫婦連れに着かず離れずの距離を保ちながらゆっくりと登って行くが、林道から登山道入口となった所で追いつく。
f0201348_16291196.jpg お互いに「お早うございます!」と挨拶を交わして、笹と「アセビ」等の灌木の中に導かれる一筋の道を登って行く。
 眼前には常に「三俣山」がどーんと構えている。
 50分弱で再度舗装された林道に出る。
「硫黄山」を背にして、早くも一人の男性が下って来る。
f0201348_1636302.jpg 挨拶がてら「もう下山ですか?」と訊ねると、「昨日は涌蓋山に登って、今朝は6時に長者原から坊ガツル、法華院と廻って長者原に帰るところです」と云う。
 同年輩とあらば、共通の話題も多くどうしても話が長引く。
f0201348_16381679.jpg 46歳から山登りに嵌り出して、当初は地元の大阪近辺を重点に登っていたらしいが、飽き足らずに16年間で100名山、200名山と挑戦を継続しているとのことである。
 末期ではない手術不可能な癌を抱えているらしいが、抗癌剤の服用もせず山登りをしているとのことである。
 小柄にして元気そのものである。
くよくよせずに好きなことをして、免疫機能を活性化させるのが一番の療法なのかも知れない。      
 夫婦連れに追い抜かれる中、落石防止柵の下で15分以上の立ち話をする。
 偶然の出会いは山登りでの楽しみの一である。

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by 1944tourist2004jp | 2010-04-29 16:05 | 山登り | Comments(0)

「三俣山」の出会い(1)

f0201348_1452919.jpg いつものように寝起きの生姜を飲みながら新聞を読む。
 私の朝食を準備して、「洗濯物を干して、日が陰ったらクンシランとスズランを風通しの良い所に出して水遣りして、イチゴ屋さんでジャム用のイチゴを買って来ておいて下さい!」と宿題を残して、そそくさと出かける妻。
f0201348_1555936.jpg 私は昨日の山登りのブログを書かなければならないし、娘から「これ読まない!」と差し出されている「神々の山嶺」も読みたいし、撮り溜めのDVDも見たいし、すべきことが沢山あるので渡りに船である。
 食後に宿題をバタバタと片付け、イチローのMLBを横目に、昨晩の続きを読みだす。
読み出したら放り出せない。
 エヴェレスト初登頂に絡むカメラを8100mで見つけ、冬季単独無酸素で南西壁に挑もうとする孤高の登山家を主題としたものである。
まだ7割方しか読んでいないので結末が待ち遠しい処である。
 しかし、66歳の頭は記憶するに余りにも萎縮し過ぎている。
忘れる前に「三俣山」も書かなければならない。
 「コヨーテ」さんの案内で「そよかぜ」さんの仲間達と登った後、天気も不安定だったが、私用が重なり束の間の好天の山登りを逃している。
f0201348_1457305.jpg GWの間に九重山群の「三俣山」と「平治岳」を登りたいと思っていたので、起きぬけの青空を見て、居た堪れない様な気持の佇まいを察して妻も喜んで薦める。
 長者原を起点に「諏蛾守越から西峰、本峰、南峰、北峰、大鍋・小鍋を通り雨ケ池越に下りて長者原に戻る!」と言い残して出かける。

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by 1944tourist2004jp | 2010-04-29 14:47 | 山登り | Comments(0)

「雷山から井原山へ」(9)

f0201348_23532285.jpgf0201348_2353385.jpg
f0201348_0534783.jpg 「アンノ滝」への分岐点から尾根を2・3回越えるようにアップダウンを繰り返し、「ダルメキ谷」へと下って行く。
 途中、「コヨーテ」さんは花ばかりでなく源流へと案内してくれる。
本当に心憎いばかりの気配りである。
岩と腐葉土に濾された伏流水は嫌み無く喉を潤してくれる。f0201348_23572390.jpg
f0201348_23581693.jpg そして、「アンノ滝」の出現である。
水量や落差規模、そして雰囲気は特に優れているわけでもないが、渓流沿いの森林のフィトンチッド同様疲れた身体を癒すに十分である。f0201348_23585626.jpg
 私達は滝を激写した後、一路瑞梅寺登山口へと下りて行く。
f0201348_0434995.jpg 登山口駐車場が広く整備されていることに、「コヨーテ」さんは「雷山登山口」の新装トイレと二度目の驚きである。
 デポした井原山入口駐車場到着は16時45分、7時間の山登りと山野草花観察の素晴らしい山行であった。
 道すがら10分程度の道を「雷山登山口」駐車場まで「コヨーテ」さんをお送りする。
f0201348_045825.jpg その後、私達は孫に会うために1時間弱の道程を高速を乗り継いで娘の家へと向かう。
f0201348_0452846.jpg 「雷山から井原山」へと 大いに楽しんだ後、3日程慌ただしい日々を過ごす中での掲載となったので記憶違いがあるかも知れない。
そのうち何方かが教えてくれるかも知れない。

「雷山から井原山」へ」(1)から見る時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2010-04-21 23:45 | 山登り | Comments(2)

「雷山から井原山へ」(8)

f0201348_23231015.jpg 花知らずの私一人感激した「オキナグサ」の山頂を後にして、「水無分岐」から「アンノ滝」を経由して「瑞梅寺登山口」へと下りて行く。
 分岐点から間もなくすると、厳しい勾配が次々と続く。
だらだらと嫌になるほど下りが続く「宝満山」の「うさぎ道」や、「黒岳」の風穴からのごろ石急登と比較しながら、木の根の階段、ごろ石の急坂を慎重に下って行く。
 私の膝はまだゆとりを残しているが、相当長い距離を歩いている妻が皆さん方の足手まといにならないかと心配である。
 長い急坂を下り渓流沿いの道に来ると5人の足が止まり出す。
f0201348_23274062.jpg 「オオキツネノカミソリ」の群生の中に咲く山野草の花。
 名前と花が一致しないので名前を上げて行くことはできないが、次から次へと可憐な小さい花が顔を覗かせて来る。
 皆さん方は疲れもなんのその、花に夢中なのである。
前を行く「そよかぜ」さんの紹介に、妻も満足気に軽快な足取りで付いて行く。
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f0201348_2336362.jpg 渡渉が相前後する頃から苔生した岩や杉の大木が目立ってくる。
「屋久島」とは比べようも無いが、私はこのような渓流沿いの苔生した陽の当らない道は、原日本人が巨木や岩に神を感じたように何となく好きである。
 渓流とマムシ草を見て思い出したが、花を愛する山男の「コヨーテ」さんは大の蛇嫌いとのことである。

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「雷山から井原山へ」(9)を見る時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2010-04-21 23:15 | 山登り | Comments(0)

「夏野菜の植え付け」

f0201348_20452863.jpg 最寄りの駅まで娘を送り、帰ってくると朝食の準備ができている。
 食後、記憶が飛ぶ前に「雷山から井原山へ」(8)でも済ませようと思っていると、「今日は夏野菜を植えようね!」と機先を制せられる。
PCを立ち上げることもお預けである。
f0201348_20524241.jpg 確かに、種苗店の方は「雨後の定植が一番良い」と言っていた。
 食後に妻が家事を済ませている間、「将棋名人戦」第2局を観戦する。
残念ながら途中で声が掛かり、不承々々DVDに予約して、20分ほど走って隣町の種苗店へ行く。
 店は農家と家庭菜園をしているだろう老夫婦で大盛況である。
 妻が栽培計画を立てていたので買う苗は決っているが、時間をかけ元気の良さそうな苗を慎重に選んでいく妻。
私は辛抱が足りないので「それでよい!それでよい!」と流し眼をするが中々終わらない。
任せていた方が収穫も多い我が家の「家庭菜園」であるからこればかりは仕方ない。
f0201348_20573065.jpg 半月ほど前に堆肥を入れ耕していた畝は、鍬を入れると定植するに塩梅良さそうにほくほくとしている。
マルチを張り、「ピーマン」、「ナス」、「ズッキーニ」、「トマト」、「キューリ」と植え付けしていくと、西の方から雨雲が張り出し小雨がパラパラと落ち出す。f0201348_20581739.jpg
 すわ!「大変だ!」と私は急遽家に帰る。
登山靴等を外の風通しの良い所に出していたのである。
 雨がやむ様子が無いので、植えた苗に支柱を立て、「ジャガイモ」のわき芽をかいて今日の農作業は終りである。
(モッコウバラとビオラの中のシクラメン)
 f0201348_20591576.jpg取り残された「マダーボール」、「坊ちゃんカボチャ」、「沖縄レイシ」はいずれ近い内にと持ち帰る。
 玄関に入ると、中に入れていた大鉢の「スズラン」が花盛り、香しく迎えてくれる。
 2時間遅れの昼食に、肉体労働の疲れを感じて中々食が進まない。
 後は自由気儘に「将棋名人戦」のDVDを見ながら束の間の睡魔に心地良く昼寝zzz。
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by 1944tourist2004jp | 2010-04-21 20:15 | 家庭菜園 | Comments(0)

「雷山から井原山へ」(7)

f0201348_12185096.jpg 私達が山頂に立ったのは12時45分、「雷山登山口」を出て新緑の中に長寿の山桜に癒されながら、山野草の花に挨拶をして、激写して丁度4時間である。
 開けた山頂は行楽のような人出で、「雷山」の2・3のグループと違いかなり賑わっている。
f0201348_1127641.jpg 唯々登るのと違って、別の目的があると、その度にリフレッシュされるので疲れを感じない。
妻もそのお陰で、曲りなりにも足を引っ張ること無く山頂に立っている。
 私はその度に花の名前がリフォーマットされるのが残念の極みである。
「一登山一草花」。
f0201348_11515810.jpg 「コヨーテ」さんが真っ先に案内してくれたのが「オキナグサ」である。
盗掘にも会い数が少なくなり石囲いがしてある。
 靄のような綿毛の中に若干濁った色合いの花がパッと口を開け、可憐には程遠く少しグロテスクだが、じっと眺めているとその横顔は愛らしく見えてくる。
f0201348_11543469.jpg 山野草を愛する人達が心密かに大事にしている気持ちが大いに理解できる。
感激の少ない私も数枚、そして携帯にまで激写する。
 「コヨーテ」さんが林道の「タラ」の芽が切り取られているのを見て残念そうに嘆息していたが、道徳観の欠如は下界だけでなく、神々の住む山にまで押し寄せているのかと思うと、改めて戦後教育行政の在り方に疑問を感じてしまう。
f0201348_11585450.jpg 人混みを避け「井原山」愛好者の広場に導かれての昼食である。
食後には「雷山」同様、無言の儘に仲間のためにコーヒーを準備する「コヨーテ」さん、「素晴らしい弟分でしょう!」と「そよかぜ」さんの言葉に素直に頷く私達である。
 甘党の私は勿体なくもインスタントコーヒー派で少し苦手である。
f0201348_128976.jpg 「そよかぜ」さんから私達に配られた甘納豆が山頂の低気圧ではち切れんばかりに膨らんでいる。
f0201348_1232554.jpg 小1時間の昼休みをとり、コヨーテさんの先導で縦走路水無分岐より下りて行く。


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 昨日から孫達を相手しながら、思いだ思い出しキーボードを叩いているので、相当間違っているかも知れない。

「雷山から井原山へ」(8)を見る時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2010-04-20 11:20 | 山登り | Comments(1)