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「屋久島紀行 No.8」(宮之浦岳:淀川小屋へ)

f0201348_15332100.jpg 島津さんは50Lのザックに濃緑に際立つ黄色のザック・カバーを付け先頭へ、SDそして私と続く。私達はせいぜい7・8kgの荷重である。下山時に荒川口に着いて、島津さんが”屋久島白熊”を買いに行っている間、彼のザックを4WDに積み込んだ時の感覚では、40kg超を担いでいた筈である。

 喬木の中をくねりながら、そして軽い起伏を繰り返しながら伸びる山路。彼は私達のペースを推し量るように歩を進める。彼の最初の言葉は「ヤクスギランドの数倍の規模を見れますよ!」であった。




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f0201348_15131213.jpg 次々に現れる樹齢千年以上の「屋久杉」、そして「栂」や「樅」の大木は1木たりとも個性を失わず、それぞれの造形で泰然とした佇まいをしている。私は後ろに付き、原生林に見える巨樹を自由にカメラに収める。彼は時々立ち止り、巨木について、締め殺し”ヤマグルマ”、シャクナゲ等の着生、”土埋木”、”合体木”、”倒木・切株更新”等、森の営みを紹介してくれる。
私が最後尾で自由気ままにカメラワークしている間、彼は目敏く花を見つけてSDに色々と説明している。

 SDは「山の花」に、私は「山の眺望と巨樹」と屋久島での興味は少し違う。
彼は私達の関心の違いをまだ知らず、いつも二人を前にして溢れんばかりの薀蓄をで紹介してくれる。
 原生林に分け入って、私の初印象は「事実は小説より奇なり」と言うが、「自然も人の芸術より奇なり」である。
昨日の「白谷雲水峡」や「ヤクスギランド」然り、重厚な森林に尊厳と畏怖を感じながらの山行である。
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『屋久島紀行 No.9(宮之浦岳:高盤岳展望台)に続く・・・』
※「屋久島紀行 No.1」から読む時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2009-09-30 23:18 | 山登り | Comments(0)

「屋久島紀行 No.7」(宮之浦岳:淀川登山口)

f0201348_1315718.jpg 深夜の豪雨を微かに記憶しながら、4時過ぎには目が覚める。
5時10分前に玄関口で登山靴を履いていると、島津さんが前触れもなくにゅっと入って来る。勿論、初対面としての挨拶を交わす。
 車の助手席には黒のベレー帽を被った女性スタッフがいる。
 積み込みをそそくさと済ませ、昨晩民宿「志保」さんに予約して頂いた朝と昼の弁当を買って、昨日登ったばかりの「ヤクスギランド」へと向け4WDが闇を疾走する。
 昨日も感じたが、こちらの人はカーブでクラクションを全く鳴らさない。
この大自然に不必要な雑音を撒き散らさないように、また野生動物を驚かさないように無意識のうちに行動しているのかも知れない。

f0201348_1323614.jpg 後で聞いた話であるが、妻は「ヤクスギランド」からの3分間、超スローな世界を実感していた」と言う。
私が修験道の山「求菩提山」で感じた、俗界と聖界の際で感じた数分間の身震いに似ている。
 「ヤクスギランド」を過ぎ、かなり走った所で1台のワゴン車に沿って路肩に停まる。
「登山口の駐車場が満杯なので、ここで朝食を済ませて登山口まで歩きましょう!」と島津さん。
 道路の傍には原生林を暗示するかのように、「樅」らしき大木が黎明の空にすっと2本背筋を伸ばしている。
早朝にも拘わらず私達二人の食欲は旺盛である。
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f0201348_1335453.jpg 清澄な空気を胸一杯に呼吸しながら100mほど歩くと「淀川登山口」に中り 早くも10数台の車と登山客で賑わっている。
準備体操をして、鉄のパイプに「協力金」二人分の千円を入れ、案内掲示板を前にして彼から今日の行程を詳細に説明して貰う。
 湿った木段を数段、愈々6時20分に世界遺産の「屋久杉の暖帯性雲霧林帯」の原生林に分け入る。



『屋久島紀行 No.8(宮之浦岳:淀川小屋へ)に続く・・・』
※「屋久島紀行 No.1」から読む時はこちら



※「雨の求菩提山」を読む時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2009-09-30 22:46 | 山登り | Comments(0)

「屋久島紀行 No.6」(民宿と登山ガイドさん)

f0201348_8263566.jpg 安房港に一番近い民宿「志保」さんの玄関を入ると、幾組か予約があるかのように客用のスリッパが並んでいる。
 そして、先ずのお迎えは大きな「屋久杉」の飾り一枚板。屋久島らしく違和感なく置かれ、1間ほどのピカピカに磨かれた廊下を挟むように数部屋があるこじんまりとした民宿である。奥さんは私の髭面に一瞬驚いたらしく、奥へ戻り予約確認に少しばかり手間取る。
f0201348_8285020.jpg 私達が「志保」さんを選んだ理由は、朝食のみで夕食は自由に外食が出来るからである。
 早速一風呂浴びて、一番近いレストラン「屋久どん」へ向かう。連休中はかなりの混雑だったらしいが、海を見る広いフロアーに今晩は私達二人。
 贅沢な屋久杉作りの窓際のテーブルに着くと、暮れなずむ「種子島海峡」があり、飛魚をメインにした魚料理に、生ビールと焼酎「三岳」で明日の晴天を祈願する。「三岳」は芋の香りと味が僅かに舌に残り、焼酎にしては東北のお酒のようにのど越しがすっきりとして非常に飲み易い。
 酔漢として杯を重ねたいが明日が待っている。小1時間ほどの食事を楽しむと、いつしか「種子島海峡」に闇が下りていた。

 勘定をしている時、「福岡の方では?ここの奥さんが福岡出身なので”~たい”との言葉で判りました!」と云われ、細やかながらデザートを頂いた雰囲気でレストランを後にする。

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 民宿までの100mの中程にあるスーパーに立寄るが、既に店仕舞いの準備をしている。安房港を左手に見ながら、久し振りに見るキラキラと輝く星空の下にほろ酔いで民宿へ、振り返ると街の灯はなく漆黒の夜道である。

 明朝5時には 登山ガイドさんが民宿まで迎えに来てくれるので、遅くとも9時までには床に入りたい。ザックの整理中、「山と高原地図」が微かに膨らんでいるので何気なく開いて見ると、末娘の仕業「大己貴神社」のお守り袋が忍ばせてあった。本当に嬉しく優しい末娘である。
 私達の登山ガイドさんは体験教育社「ヤクシマーズ」の島津康一郎さんである。
屋久島に100人程度いらっしゃる登山ガイドさんの中から島津さんを選んだのはほんの偶然である。ネットの一覧表から、印象的なガイドさんを2・3方選んで、最初に繋がったのが島津康一郎さんであった。
「宮之浦岳」と「縄文杉」の縦走コースをメインに相談していると、彼の方から色々な体験コースをソフトな声で詳細に紹介しくれた。その好印象に彼の日程が合えば是非お願いしたいと申し出る。
f0201348_14412243.jpg その日のうちに、メイルで約束したが、二日ほど音信が途絶える。「日程が無理だったのかな!」と思い、他のガイドさんとの交渉をし始めたところで突然メイルが入る。10月に入ると修学旅行等の案内で時間を割けないが、9月なら24日か27日で「淀川登山口」から「宮之浦岳」に登り、「新高塚小屋」で1泊、「縄文杉・ウィルソン株」等を見て、「荒川登山口」に下りてくるコースが可能との返事であった。即、「27日からの縦走をお願いしますと!」とメイルを入れる。
 最終的に24日からの3泊4日になったが、その理由は(No.1)で紹介済みである。
結果的には最高の天気で、最高の登山ガイドさんで、最高の縦走を体験することができた。



『屋久島紀行 No.7(宮之浦岳:淀川登山口)に続く・・・』
※「屋久島紀行 No.1」から読む時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2009-09-30 21:43 | 山登り | Comments(0)

「屋久島紀行 No.5」(ヤクスギランド:その2)

f0201348_1495577.jpg 樹皮の”コブ”が仏陀の横顔に見えることからその名がついたらしい。雨の恵みに苔生した巨木の樹肌はぼこぼことして黒光りし、その泰然とした様は圧倒的で名刹の木彫阿吽像を連想させてくれる。
雨の中に一頻り対面していると、太忠岳から道筋にレインウェアー姿の親子連れが突然現れる。その岩峰に特徴ある山の印象などを聞いていると、既に3時20分となりコースの制限時間を経過している。










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(苔生した倒木)f0201348_14135718.jpg
f0201348_14144398.jpgf0201348_14153067.jpg(倒木更新)
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f0201348_1418744.jpg 雨の中、整備された木道や石畳を足早に戻って行くと、「双子杉」、「くぐり杉」、そして出口に近くで「清涼橋」に出る。観光客は「白谷雲水峡」と比べようもないほどに少なく、出会ったのは先の団体さんと 親子連れの登山客を合わせて10名程度であった。
最終的には50分コースながら、傘をさして80分コース分を歩いて来たようだ。

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f0201348_1422374.jpg 安房までの16km、ライトを灯し、九十九折に軽くクラクションを鳴らしながら下って行く。登りの車は少なく、離合は2・3台だったように記憶する。
 港と街並みを見渡せる所まで下りてくると、往路同様雨は降っておらずアスファルトの道も全く濡れていない。
 


『屋久島紀行 No.6(民宿と登山ガイドさん)に続く・・・』
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by 1944tourist2004jp | 2009-09-30 21:03 | 山登り | Comments(0)

「屋久島紀行 No.4」(ヤクスギランド:その1)

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 安房で先ずやることは登山用品店「アンデス」に寄ることである。
登山ガイドさんから「シラフを入れるので40Lのザックが欲しい」と言われていたが、店で私達の35Lと30Lのザックに押し込んでみると意外と問題ないので、山小屋用のシュラフとマットのみを借りることにする。


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 陽はまだ高い。民宿に入るには余りに早過ぎるし、町や港の散策は下山後で間に合っている。
山群は厚い雲冠に沈んでいるが、山麓から平地への下界は南国特有の青空が負けずと頑張っている。これが屋久島の普段の姿であろうことは紛れもない。老境にして背伸びをしたがる貪欲な私、「ヤクスギランド」へとカーナビをセットし、2車線の立派な道路に港の風景を眼下に高度を稼いでいく。


f0201348_1354784.jpg 整備された道路が終わり、深山へと導く離合の窮屈な曲がりくねった隘路、高度がます毎に暗雲が低く重く垂れ、細雨となる。路傍から迫る喬木は辺りを一段と暗く狭くする。前照灯をつけ細心の注意を払いながら10kmほどの道程に車が軋む。都合の良いことに下りの車が全くない。



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 標高1,000m以上の「ヤクスギランド」に2時半過ぎの到着。鬱蒼とした森林は雲間に薄暗く、雨も本降りとなって、管理棟の温度計は18度まで下っている。
「協力金」300円を支払い、傘をさして屋久杉群の中へと入って行くと、陽光は全く閉ざされカメラもオウトにするとフラッシュ設定となる。

f0201348_13553666.jpg ここでも無理をせずに「仏陀杉」までの50分コースを選択する。「白谷雲水峡」は渓流沿いの照葉樹林帯の散策であるが、こちらは屋久杉をメインとした森林の散策である。
入って直ぐの「くぐり栂」の太さと高さに圧倒され最初の記念写真となる。

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 大振りの雨も厭わず好奇心の赴くままに林泉橋を渡ると、杉の大木が渓谷沿いに点々と目に飛び込んでくる。

f0201348_13571838.jpg 伐採後の切り株の上に育っていく「切株更新」の小杉や、大木に着生する珍しい姿に感動しながら歩いていくと、沢の斜面に「千年杉」の巨木が鎮座している。濡れた木道を下ると「荒川」支流の渓谷に出る。この頃になると雨が一段と強く傘を叩く。



(千年杉を見上げる)



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 整備された木道や石畳の順路に従って、「太忠岳」に通じる荒川橋に出る。
私達は50分コースなので橋の途中で折り返すが、花崗岩の川床を持つ荒川渓谷を眺望していると7・8人の団体さんが通り過ぎる。 団体のガイドさんが妻に「雨ならではの屋久島も、また一段と素晴らしいものですよ!」と話しかけたらしい。
なるほど!苔の瑞々しさ、樹肌の微妙な光沢、着生の妙、岩を抱くように成長している巨木等、比べることはできないが明るい陽の下より生命の息吹を一層味わうことが出来るのかも知れない。と、改めて雨の雲霧林を振り返る。
 荒川橋から沢を少し登るとハイライトの「仏陀杉」に出る。

『屋久島紀行 No.5(ヤクスギランド:その2)に続く・・・』
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by 1944tourist2004jp | 2009-09-30 19:28 | 山登り | Comments(0)

「屋久島紀行 No.3」(白谷雲水峡:その2)

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f0201348_13345873.jpg 蛸のように岩を抱きかかえ成長する木、朽木の上に命を繋ぐ二代木、大木に着生する木、そして緑濃き森に茶色の絵具を流したような異様な樹肌の木、多様な森に身を没入しながら”弥生杉”へと向かう。
 

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f0201348_13363750.jpg 周回するコースに人気は無いのか、人通りが嘘のように少なくなってくる。そのような中に柵で囲われた”弥生杉”を中心に道は迂回する。


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f0201348_13374658.jpg樹高(26.1m)はさほどないが、寸胴の太い幹(8.1m)に枝はなく突先に枝を横に張り出したこれまた異様な立ち姿である。
見上げると、灰褐色の樹肌の一部が剥げ落ち、茶色の地肌が剥き出しになっている。そして、堂々とした樹齢3千年の大木は森を見渡しているかのように端然としている。




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 「気根杉」や「ヤマグルマ」に取り付かれた杉、そして猿や鹿、森の知られざる生存競争の厳しさをひしひし実感しながら迂回路へと下って行く。


 コバルトブルーの空の下、渓流に転がる「憩いの大岩」に腰を下ろし喉を潤し、二人とも寡黙な中に自然の営みにお互いの心情を汲み取る。午前中の1時間半、フィトンチッドに満ちた原生林を満喫して、高度800mから山麓を滑るように一気に海岸線へと出る。次は屋久島大社である。


f0201348_13423685.jpg 前岳を背後にして参道を登り詰めると、先ずは大振りの真っ赤なハイビスカスが咲いている。SDは自分の掌を当て「家のアイビスカスの2倍はあるね」と、南国の花に一頻り感心する。
 境内は広々として、手入れ良く刈られた芝生の向こうに伊勢鳥居と神明造りと思われる社殿が目に入る。社殿は台風銀座のせいか堅固なコンクリート造りのようである。


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 いつものように無事の登山を祈願する。 
不思議なことに、賽銭箱は社殿の硝子戸の向こうにあり、硝子戸を開けてお祈をりする。10分ほど散策し後、社務所で職員に尋ねると、「猿がいたずらしてどうしようのないので扉を閉めている」とのことであった。
 事後、ネットで調べると伊邪那岐命・伊邪那美命・天照皇大神・天神様を奉斎主神とし、大宰府天満宮の流れ造りに模して建てられたらしい。

 登山の前準備はこれで完了、民宿のある安房へと向かう。



『屋久島紀行 No.4(ヤクスギランド:その1)に続く・・・』
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by 1944tourist2004jp | 2009-09-30 18:14 | 山登り | Comments(0)

「屋久島紀行 No.2」(白谷雲水峡:その1)

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f0201348_13223341.jpg 標高800mに位置する「白谷雲水峡」、聳立する名も知らない峰々のを仰ぎながらエンジンを吹かし高度を上げて行く。
眼前に今日最初の野生動物、1頭の屋久鹿が登りのエンジン音に邪魔されたかの如く私達の方に一瞥を投げる。車を止めても無視するように平然と草を食んでいる。360度視野を持つ草食動物であるから気づいているのは勿論だろうが、保護動物のせいか安心しきっている。
人2万人(現在1万4千人)、猿2万頭、鹿2万頭と聞いていたが早速のお出迎えである。

 登り詰めた所で、係員から強引に路肩に並んだ車列の最後尾に駐車を命じられる。
入口らしき方へ向かうと、「わ」ナンバーの車が数珠つなぎ、連休明けの平日にもかかわらず予想に違わぬ人出である。

      (飛流落とし)
f0201348_13231545.jpg  500mほど歩いてやっと屋久島自然休養林「白谷雲水峡」の管理棟である。入口前の橋の袂に立つと、苔生した大石をゴロンゴロンと転がしたような渓流が待っていた。
「森林環境整備協力金」の300円を払い、愈々、原生林である。木道を登って行くと、直ぐに花崗岩のクラックを勢いよく落ちる清流が目に入る。規模はさほどでもないが、花崗岩の島「屋久島」の地肌なのだろう。


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f0201348_13243293.jpg 屋久杉を代表する針葉樹林の鬱蒼とした森に木漏れ日はなく、倒木や巨木の裾に張り付く苔類の印象的な濃緑、如何にも年月を感じさせる。

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f0201348_13262435.jpg 吊橋を渡って進むと、3時間の「原生林コース」と4時間の「太鼓岩往復コース」となるが、私達は明日に「宮之浦・縄文杉」縦走を控えているので、後ろ髪を引かれる思いで1時間の「弥生杉コース」へと戻る。

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 少し奥へと歩を進めて行くと、正に依代と見紛うばかりの苔生した巨大倒木と大岩が続き、原生林の中に花崗岩の清流を渡渉し、先を見上げると団体客の「驚きの声」と同時に巨大杉が目に飛び込んでくる。



f0201348_1327486.jpg 胸高周囲の太さもさることながら、巨木の根元を抉るようにできた「ウロ」の大きさには驚かされる。立花山の大楠が若造に見える。
正に「俺様だ!」と暗黙の仁王立ちで口から舌を出している。
7・8人の関西風の団体さんが去り、私達二人占めの「2代杉」に、妻はビデオ班、私はカメラ班として濡れた岩に気を配りながら、思う存分気儘に写真に収める。初めて会った屋久杉に、次の訪問者が来るまで無言のまま、「ウロ」の大木と会話したくなる。15分は二人占めしただろうか、最後に帽子を取って低頭。


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『屋久島紀行 No.3(白谷雲水峡:その2)に続く・・・』
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by 1944tourist2004jp | 2009-09-30 17:38 | 山登り | Comments(0)

「屋久島紀行 No.1」(空からの入島)

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 当初の予定では27日に屋久島に入る予定であったが、登山ガイドさんの都合により急遽24日に変更になった。
延期になるよりは嬉しい誤算であるが、種子屋久航路の高速船「トッピー」を予約していたので、宿を含めて全ての変更手続きをする。

   (今秋、登山予定の霧島の峰々)
f0201348_1313920.jpg 台湾を直撃した台風による流木の影響で航路は運航停止となっており、24日までの就航解除について海上保安庁の許可は微妙な時期との返事である。
仕方なく空路で屋久島に入ることになった。
 実を云えば、林芙美子の「浮雲」の主人公が見た、「青い沁みるような海原の上に、ビロードのように鬱蒼とした濃緑の山々が晴れた空に屹立してる」と表現された屋久島を実感したいと思っていた。
 霧島よりの鹿児島空港の場所と、帰りに岳父墓参のために車でいくことにした。
未明の4時半に家を出て九州高速道路にのる。流石に通行量は少ない。
時間に余裕があるので、制限速度内で車をきしませること無く走る。お盆の時期に相当な長距離ドライブをしているので、少なからず愛車を労ってやりたい気持ちがある。

f0201348_13133767.jpg 予定通り7時前に空港に到着し、空港駐車場に入る。勿論、駐車スペースを探すに困る時間帯ではない。 直ぐに予約入力でボーディングパスを手にして、7・8kgあるだろうザックを二人分預ける。スムースに行くと思っていると、手荷物検査で大混雑、余裕で来た積りが30分ほどロスしてしまう。
 定刻の8時20分離陸で、屋久島まで僅か25分のフライトで、新聞を読む間もなく屋久島上空である。
北西側から着陸態勢に入ったため、左側の座席に座っている私の窓の外は、薄靄にかすんだ種子島と大海原である。期待外れの溜息入島は、8時55分であった。


f0201348_1314424.jpg 空港前に立ち、急峻な前岳の連なりを見ながら、二人は「暑さはそれほど違いを感じないけど、この明るさはやっぱり南国やな!」と、期せずして意見が一致する。とにかく眩く感じる。
1ヶ月で35日は雨が降る島と言われているが、幸運なことに初秋の青空は澄み渡っている。

 九州最高峰の山「宮之浦岳」を抱く屋久島の地を、私も妻も初めて踏みしめる。霊山と神々しい縄文杉に会える喜びで少なからず胸も高鳴る。
先ずはレンタカーの手配である。バスターミナルのような可愛い飛行場を後にして、レンタカーで宮之浦経由で「白谷雲水峡」を目指す。連休過ぎのこの時期、通行量は非常に少なく、信号もない道に島を実感し、車内に吹き込む風を心地よく感じながら、道沿いに雑草の如く咲いている真紅のハイビスカスや赤紫のブーゲンビリアを横目にしていると、あっという間に宮之浦到着である。



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『屋久島紀行 No.2(白谷雲水峡:その1)に続く・・・』

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by 1944tourist2004jp | 2009-09-30 17:05 | 山登り | Comments(0)

見事なスタートをきった民主党

 自民党総裁選を尻目に順風満帆の船出をした民主党。
官僚を無視したかのようなヒヤリング、三役会議、挨拶等は痛快である。
横柄極まりない官僚達の恨めしそうな目を見るにつけ、民主党への国民の期待ははち切れんばかりに世論調査が物語っている。
 いずれ巻き返しを図って来る官僚達や、国民に人気のない高速道路の無料化等を如何様に対応処理していくのか楽しみである。
 鳩山首相は、麻生さんのように行革担当の渡辺義美さんの梯子を外すことはしないと思うが、2・3人の大臣は別にして各大臣の援護射撃を断固して欲しいものである。
 「屋ツ場ダム」の中止について、前原大臣も色々と苦慮しているようだが、基本的には50年来地域住民の猛反対をなし崩しに抑え込んできた「自民党」、「官僚」と「ゼネコン」の癒着責任も問われるべきである。
民主党と前原さんにのみ、その責任の全てを押し付けるのは違和感がある。
 また、「ダムの建設は中止!」と断言した前原大臣との面談を地域住民や首長さん達が拒絶しているようだが、これについても私には理解できない。
 50年経って、治水・利水の目的にそぐわず、時代に適しない大型公共事業となったしまったダムを中止するのは致し方ない。
しかし、強引に押し付けら、翻弄されてきた地域住民は政官財癒着の玩具にされてきたのだから怒り心頭に来て当然である。
そこで、前原大臣は「自民党に代わって、地域住民への過去の謝罪と未来の生活保証」を話し合いに行くのではないだろうか。
 民主党は国民の圧倒的支持を受けて政権政党になったが、殆どの国民は民主党が声高に叫んだマニフェストの全てが忠実に実行されることに懐疑的である。
自民党と官僚の残渣を整理した後に、当然ながら財政を基本に政策の練り直しというか出し入れがあってしかるべきだと私は考える。
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by 1944tourist2004jp | 2009-09-23 16:18 | 雑感 | Comments(0)

「自民党総裁選立候補者討論会」と「動き出した鳩山新政権」

 昼の番組で「自民党総裁選立候補者討論会」を見せて貰ったが、最初から最後まで小粒な印象を拭い切れない。
この人なら、次の参院選・衆院選で自民党に投票しても良いと思うような人物はいなかった。
強いて言えば河野太郎さんかな!
何故河野さんかと云えば、メディアを通じて語ってきた自由奔放な発言と、「今回負ければ離党する覚悟で喋っているな!」と直感したからである。
 「あー言えば上祐!」ではないが、全てのことに弁解と責任なき未来を約束するのが政治家と思っているので、何を聞いても驚くことはないが、画面を通じて真面目な谷垣さんは古い自民党を背負っているし、存在さえ知らなかった西村さんは派閥領袖達を背負っているし、いずれにしても黒子が見え見えである。
 議員199票の行くへは概ね分かっているが、地方の300票がどのように転ぶか分からない。
結果は谷垣さんだろうが、河野さんが肉薄すれば党内人事で河野さん初め若手が登用され、ゾンビ軍団は相応の窓際に座ることになると確信する。しかし、河野さんがじり貧の状態で負ければ、彼は離党するかも知れないし、自民党の解党的立て直しは国民に欺瞞としか映らないだろう。
その場合、総裁選後の世論調査で自民党の人気は一段と低落すると思われる。
 一方、夜の番組で「動き出した鳩山新政権」で民主党3大臣がマニフェストを中心に語ったが、こちら等の第一印象は、「お手並み拝見!」と数カ月の猶予与えても良いと思うほど理路整然と落ち着いた話し振りであった。
 鳩山政権には自民党の残渣が山積しているが、動き出した後の大臣たちの一貫した発言には一抹の不安よりも、忍耐強く待つことも可能なのかなとの印象を受けた。
但し、無理難題を突きつけて連立をした「微数政党」出身の大臣たちの動きは要注意である
 逆転した「民主党」と「自民党」の人材を比べると、能力と数の差は歴然としている。
 
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by 1944tourist2004jp | 2009-09-19 22:31 | 雑感 | Comments(0)