カテゴリ:山登り( 595 )

「自由絵日記に山登りを」(3)

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f0201348_15303616.jpg  30分の山頂休みで11時45分に下山開始。

f0201348_15311520.jpgRちゃんは山頂へのゴロ石の厳しい登りに、「登りより下りが怖いね!」とよく分かっている。ある時は石に座って滑り、ある時は両手を十分に使って、見ていて安心できる下りである。Mちゃんも教えなくとも自然に熟している。
 二人は色んな人々と一期一会の挨拶しながら12時30分に避難小屋に到着。
そして、星生崎も難なくクリアーして平坦な山路へ、二人は付いたり離れたりとそれぞれに主張があるのだろう。離れた時はいつもどちらかがSDに寄り添い、従妹同士ながらお互いに二人の世界が出来上がっているようだ。
 低学年時代の僅か数場面しか記憶が無い私はかなり幼かったように感懐するが、色んな媒体を通じて知らず知らずのうちに情報を得ている今の子供達はどうなんだろう?横並びに幼かった私達、そして横並びに相当早熟な今の子供達、比較のしようも無いがどちらが、社会性豊かに育っていたかと言えば私達の時代かも知れない。



f0201348_15322969.jpg 星生山との分岐点に差し掛かる頃、私の右の靴のソールが剥げ落ちそうになる。往路で投げ捨てられたソールをMちゃんが見つけて、このようなこともあるんだろうと思っていたが、まさか自分自身に災難が降りかかろうとは想像だにしなかった。
 山登りの時に常に医療用救急品(湿布スプレーや消毒薬・包帯、三角巾、バンデージ、そしてこむら返り用の芍薬甘草湯etc.)や応急処理用具(靴紐、ガムテープ、ビニールテープ他)を入れているので、道傍でビニールテープと紐で応急処置をし、行き交う人から奇異な眼差しを向けられるかも知れないが、跛行せずに下山出来そうなほど固定できた。
2・3回であるが、困った人に利用して貰ったこともある。山は自己責任と助け合いである。
 下山後、我が登山靴を見て余りの劣化にSDと顔を見合わせる。6年前に末娘にプレゼントして貰ったイタリア製の登山靴であった。娘と酷使した靴に感謝の一言、有難う。

f0201348_19143264.jpg 二人の下山路は駐車場でのソフトクリームを約束すると、呟くことも無く大人のようなスピードで下って行く。
沓掛山からは2人が先導し、振り返りながら「あの二人遅いね!早く」と言いながら、膝関節痛を思わせるような女性二人を差し置いて走り下る。何回注意してもソフトクリームには敵わない。
 私も登山靴の応急処置で、14時20分に難なく駐車場まで下りて来る。
孫二人は5時間10分(SDの万歩計によると1万7千歩)の久住山を楽しんでくれたようだ。そして私達もM&Rの同伴は思ったより楽だった。
 帰りは”涌蓋山”の登山口がある筋湯温泉の“うたせ湯”で、汗を流し、そして存分に疲れを癒して玖珠ICより高速に乗って帰途に就く。
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by 1944tourist2004jp | 2016-08-18 15:37 | 山登り | Comments(0)

「自由絵日記に山登りを」(2)

f0201348_13122837.jpg 今朝は炎天下に一汗、2人を連れて畦の散水と収穫。
雑草は一面我が物顔に伸び放題。ゴーヤは黄色に、オクラは太くなり過ぎ、畝はマルチをした上に苗の周囲を枯草で覆っているのでさほどでもないが、水を欲しがるカラーピーマンは相当に干からびていた。f0201348_13134452.jpg









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 駐車場は2/3ほど埋まっている。
いつもなら老成達に占領されているが、流石に夏休みとあって小さな子供連れも目に付く。
先ずは、竈炊きのご飯と同じで最初は歩調をできるだけ遅くすること。そして、決して急がず足元に用心すること、30分間隔で補水休憩を取ることを言い含める。
その上、安直で気忙しい己へ、もしものことがあれば無理せず引き返すことを言い聞かせる。


f0201348_1332224.jpg 8時10分牧ノ戸峠に到着し、半に登山口に就く。計画は12時に山頂でお昼をして、15時に戻って来ること。
 M&Rに「まだ~?とか、あとどのくらい?」とか聞かないことを約束させる。足取りには一貫して問題はないが、初めての長距離登山で心理的なものか、腰が痛いだの足が痛いだのと若干の不満を呟きながら、SDに交互に手を引かれて歩を進める。
 最初の展望台から眺望する由布岳は全く見えず、沓掛山からの阿蘇五岳も高岳が雲海にやっと顔を見せる程度で、目的の山頂は全く見えない。
然程に遠望の利かない尾根沿いの退屈な道に、山歩きの注意をしながら淡々と歩いて行く二人。
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 扇ヶ鼻の分岐点で2度目の休息をする。しかし、止まると汗が寒さを呼び、二人とも「もっと!」とは言わず5分程度で歩き出してくれる。
そして3度目の休息は久住山を真正面に拝む平坦な西千里ヶ浜沿いの山路。子供達に先導させるとペースが速くなる。
そして、星生崎直下のゴロ石のアップダウンを一気越え、10時30分に避難小屋に出る。

f0201348_13243720.jpg 山頂までに一度休息する予定であったが、ひょんなことから山頂まで休まずに登り詰めることになる。Mちゃんが「Rちゃんは2回も先頭を行っているのに自分は1回も無い!」と涙ながらに訴えたからである。

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それで、Mちゃんを先頭に立てると、RちゃんやSDのペースも考えず黙々とゴロ石の道を登って行く。途中、1回足を止めるが、私が「一番乗りするんじゃないのか」と声で後押しすると、大きな石に手を使いながら息を弾ませぐいぐいと山頂に迫る。
そして、登り始めて2時間45分の11時15分に山頂標識を抱いたMちゃん。
数分遅れでRちゃんとSDが到達。他の邪魔にならないようにと北壁に近い方で二人はお握りを頬張る。f0201348_13282225.jpg

 SDは途中お腹がすくだろうからと用意していた味パンを車に忘れ、私は二人が喜ぶだろうと、一昨日より凍らせていたゼリーを家に忘れる。何とも始末に負えないおじいちゃん&おばあちゃんである。f0201348_13284135.jpg
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by 1944tourist2004jp | 2016-08-18 13:33 | 山登り | Comments(0)

「自由絵日記に山登りを」(1)

f0201348_8245194.jpg 炎暑の墓参り、「生花は直ぐに萎れるだろうから」と、SDは涼しげな水色と白を基調とした造花を買い、私は酒のみの親爺と兄貴のためにそれぞれに1合瓶を2本買う。勿論、拝んだ後は持ち帰り私の晩酌となる。
そして、99歳で亡くなったお袋の「もう、いいよ!」との言葉を無視して、延命治療に走った責任を痛感している私は、墓前でいつも「安らかに」にと深謝している。
 山裾に造成された墓苑、この暑さに生花はやはり少ない。
焼けるような墓石を少し乾拭きし、敷石に散水し、線香を置き静かに手を合わせる。
墓参者が少ないのを尻目に、美しい青空を見ながら“テンテコテン テンテコテン テンテコテンテコテンテコテン”と笑って貰う。
 後、実家へと20分程度の距離。いつもなら実家で酒を酌み交わし歓談した後にSDの運転で帰るのが常であるが、混雑する都市の道路と高速を敬遠するSDでもあり、また翌日に子供達が孫を連れて来るので、その準備もあり早々に引き上げる。
「酒飲まないですか?」との嬉しい姪の言葉に後ろ髪を引かれる思いもするが、1割負担の前期高齢者は自重する道も知らなければならない。本当のところは先日の深酒が脳裏を霞めたからである。


f0201348_9324349.jpg 新一年生の孫娘二人が今回のお泊り。私達にとっても、また孫二人にとっても素晴らしい夏休みの思い出づくりだ。
4年生の男の子は、保育園時代から九重山群に連れ出していたが、孫娘達は低山逍遥のみで今回初めて深山に入る。
 黎明の4時半起き、準備をする前に「空模様は如何?」と空を見上げると、何ともすっきりとしない。
新聞の予報欄は“曇りの後雨”。SDに「今日はプールにして山登りは延期しよう」と言うと、即「そうね!」との反応。熟睡していた二人を起こして「今日は天気が悪いからプールにしよう」と持ちかけると、遊ぶことに異論があろう筈もなく、「いいよ!」と喜色満面の二人。
 10時開園の流水プールに間に合う様に早々に出かける。先日連れて行った男の子は「プールの底に水中メガネやキャップが落ちてるよ!」と楽しんでいたが、今回はMちゃんの抜けそうな乳歯が物の弾みで抜け落ち、流水プールの落し物となってしまった。
誰にも見つからないだろうが、偶然見つけた人は驚くことだろう。
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f0201348_8484777.jpg そして、今日も昨日に続いて4時半起き。
一番楽な“牧ノ戸峠”から尾根伝いに雄大な山群を見ながら久住山に連れて行く予定である。
“日向ひょっとこ”夏祭りの時に、松原ダムの所が通行止めになっていることは分かっているので、若干遠回りになるが九重ICで下りて飯田高原経由で“牧ノ戸峠”へと向かう。
 気疲れと暑さ疲れに美味しくウィスキーを飲みながらブログを書いているが、さすが疲れから酔いが早い。

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by 1944tourist2004jp | 2016-08-17 20:33 | 山登り | Comments(0)

「孫達と」

f0201348_12324797.jpg 土日を利用して、遊びに来ていた孫を連れ久し振りの山登り。低山佳景の“立石山”。
都市近郊にあり、足元も滑ることのない花崗岩の山である。保育園時代から九重の山並みを連れて歩いた孫にとって、高さはやや物足りないが、玄界灘に広がる絶景が補って余りあるほどの山である。

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f0201348_12485661.jpg 昨年の5月13日、小富士と親しまれている“可也山”に登った時、玄武岩の海蝕洞窟“芥屋の大門”から足を延ばして登ったところ、期待値を大幅に上回る大パノラマにSDや孫達を連れて来てやろうと思っていた山の一つである。



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f0201348_12521967.jpg 蒼穹の昨年は、芥屋の海岸を背にした山路からの眺望に、天草の太郎丸・次郎丸岳を髣髴させる海浜の透明感溢れる景色に唸りっ放しであったが、今年は心なしか霞んだすっきりとしない芥屋の海岸であり、三角錐に突き出た大門である。白内障を経験した人には分かり易い景色である。
PM2.5なのか初夏にかけての靄の所為か、“芥屋の大門”はまだしも“可也山”は手術直前の症状である。            

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 海水浴場として名を馳せている“芥屋の海岸”は、新しい駐車場も整備され、海の家も1棟は竣工し、もう1棟も基礎が組み上がって、間もなくやって来る海開きを待つばかりである。
11時の浜辺に、子供連れの家族や若者の嬌声が聞こえる中、孫二人を連れて、廃屋と化したホテルの際を通って登山路へ入って行く。階段状に整備された山路を過ぎると、クレイと露岩が交互にあらわれ、振り返ると海底まで澄んだ芥屋の海岸と大門を見る。

f0201348_13142222.jpg コンビニで準備したお握りや飲み物をリュックに押し込んで、4年生の孫が喜び勇んで先頭を登って行く。
30分ほどの道のりで山頂に到着。狭い山頂に3家族ほどがお昼を開いている。
 周回コースの方へ少し下りて、一段と眺望の利く露岩で記念写真を撮り下山する。
海辺では、バーベキューの数家族、浜や磯釣りの数人、白砂に戯れる若者と真夏並みの賑わいである。

 観客で賑わう大門と黒磯海岸で遊んだ後は、都市高速を一直線で孫達を送り届ける。
低山とは言え露岩の山では、目の届かないような距離にならないこと、下りは私が先頭で決して慌てないこと等、逸り気味の上の子には厳しく言ったが分かってくれたことだろう。

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by 1944tourist2004jp | 2016-05-23 12:53 | 山登り | Comments(0)

「雪山逍遥」(3)

 昨日の昼過ぎに更新したブログで触れたばかりの甘利経済再生大臣の金銭授受。その後、衝撃的な辞任で政界に激震が走る。ポピュリズムに走らず国益を大事にしたい一人の日本人として、TPP交渉での一連のご苦労に対し、只々「お疲れ様でした」と申し上げたい。

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 平成23年に並ぶ積雪量と思うが、違うとすれば平成23年は“べた雪”の所為で、数ヵ所に渡り灌木や枝が雪の重みに負け割けるように山路に覆いかぶさっていたことだろうか。

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 今年は北から蛇行してきた零下15度の寒気団の所為で、大きく撓んだ枝は何処其処に見られたが、粉雪のお蔭で折れた枝は見なかった。

f0201348_12284548.jpg 宝満山からの登山客に会うことも無く、また追い抜き追い抜かれる登山客もいず、白い恋人たちの集う尾根道をSDは喜々として歩く。仏頂山直下の短い急坂に少し息は弾むが、昨年8月以来の山登りが嘘のように脚力に問題は無い。

f0201348_12291362.jpg山頂の雪をかぶった祠に鎮座している石仏にお賽銭を用意していたので、今日の喜びに感謝の手を合わせる。

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f0201348_1230581.jpg 鎖と石段の近道にするか、“稚児落し”の直下を遠巻きに山頂に上がるか。SDは一瞬逡巡するが、鎖があるので大丈夫と近道へと促す。
山頂に登り着くと先客は男性が一人。予想外の驚きであった。
先ずは社殿を前に拝礼して無事の登山をお祈りし、古処山系でもと思い社殿の裏側に回るが暗雲に閉ざされて遠望は全く無い。

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f0201348_12344971.jpg カップラーメンとお握りで昼をとって一段落。
同年代の男性から「今日は道路の凍結が心配で、太宰府駅から竈門神社経由で歩いてきました。これから“うさぎ道”を下って内山方面に出たいと思っているんですが、どうですかね」と聞かれる。
長い道程と踏み跡の無い雪の“うさぎ道”で迷った経験があるので、河原谷を下って昭和の森へのルートをお勧める。
 30分ほどの昼休みをとって仏頂山へと取って返す。
宝満山へ来る時は小枝に積もった雪が首筋や頭に降ってきて冷たい思いをしたが、僅か30分の融雪で雨粒に変わりぽたぽたと落ちてきて、カバーをしていないザックがぐっしょりと濡れるし、来る時は無人の尾根道だったが“難所ケ滝”方面から次々に来るグループ登山者に、再三路傍に避けざるを得なくなった。
 分岐点から河原谷ルートの急坂へ、3年ほど前にアイゼンを装着せずに苦労していた男性の記憶をお互いに紐解きながら下って行く。
僅か30分で氷瀑の直下に出て、下山のお土産として”小つらら”をカメラに収める。

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 9月頃、畑仕事で草が刺さった右目にここ数日違和感があり涙が出るので病院へ行くと、傷になっているところの結膜が浮いて剥離できない状態になっているとのこと。自然剥離に任せるか、切除した後に再生を待つか経過観察しましょうとのことであった。


平成23年、同じアングルで撮った写真f0201348_1326338.jpg
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by 1944tourist2004jp | 2016-01-29 12:37 | 山登り | Comments(2)

「雪山逍遥」(2)

f0201348_1717581.jpg 昨年から公民館で習い事をしているが、その「日向ひょっとこ」のお面が届いた。
踊りは苦手で常に敬遠していた私であるが、SDの強い勧め(?)もあって仕方なく申込み、三日坊主を忘れ7ヶ月経った今も続いている。我ながら不思議である。
衣装は昨年の早い時期に届いていたが、お面は一つ一つが誂えで2月6日の初踊りに間に合うよう頼んでいた。勿論私の素顔に見紛うばかりのお面を作って貰った。
神楽に源流を見るという”日向ひょっとこ”、人を楽しませ笑わせるような踊りには程遠いが、仲間に紛れて頑張ってみよう。


 15分程度で準備を終え、登山道に向かうと路傍には残雪が広がり、山裾には大寒波の名残があり弥が上にも氷瀑への期待が高まる。

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f0201348_17353933.jpg 林道を30分程度登った所でアイゼンを装着し、ほど良い登山客に渋滞も無くマイペースで登って行く。途中、下山の3人に挨拶がてら「氷瀑は如何でしたか」と訊ねると、「最高でしたよ!」と色よい返事。
私にとって一番の目的である縦走路の雪景色、水曜日であることを失念して下りの若い男性に「尾根の方はどうでしたか」と訊ねると、「昼から仕事がありますので登っていません」とやんわりと当たり前の返事が返って来た。 
 SDのペースも落ちないし、私も少しばかり腰に違和感はあるものの痛みは走らないので、休息することも無く、また水を飲むことも忘れ淡々と先に歩を進める。仏頂山への分岐点に来ると氷瀑に感激する歓声が三々五々と聞こえてくる。
 氷瀑を前にして、登山客はごった返しに非ず、また閑散とすることも無く、適度に場所を譲り合って記念写真が撮れ、今年の山登りを暗示してくれるかの如く期待通りの第一座登山である。

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f0201348_17431186.jpg 直下で記念の写真を数枚収め、尾根道の方へ少し上がり間食として持って来た味パンと初めての水を口にする。殆ど汗を掻いていない私は精々100ml程度の水で満足する。
 真新しい踏み跡のついた尾根への山路、私達の前に女性5人グループがアイゼンを頼りに登っている。最後尾のお一人から「私達は尾根から三郡の方へ行くんですが、どちら方へ行くんですか」と訊ねられ、私は予定の周回ルートを返事する。何かしらお互いに知りえた山路を確認するようで実に楽しい一期一会である。
 札幌在住の若き日々、ワンゲルに所属して雪山に再三登っていたし、当たり前の寒さや雪に感慨を深くしたことはなかったが、南国での積雪は全く印象が全く違う。
重いテントや食料を目一杯押し込んだ30kg超のカニザックを背負い先輩にお尻を叩かれながら苦しい思いをしての山頂と、年金生活で時間に余裕があり、日帰りの軽くフィットした縦型ザックでの登山は鍛錬から程遠く苦しみは微塵もない。

f0201348_17435222.jpg 樹幹や枝や葉に積んだ雪は芸術的な空間を作り出し、「空気も白く感じるね!」とSDも喜色満面で足を止め白の世界を楽しんでいる。
若干長い登りであるが、記憶を辿って山路を常に紹介しながら、二人とも息切れも無く真っ白な世界を登って行く。
 縦走路の手前で5人グループの方々が一息ついていた。彼女達が周りの景色を堪能する喜びの顔に、同調しながら縦走路へと足も軽い。



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by 1944tourist2004jp | 2016-01-28 17:45 | 山登り | Comments(0)

「雪山逍遥」(1)

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 日本列島が冷凍庫入りして、積雪と北部九州各県における水道管凍結による断水のニュースが流れる中、サッカーのU-23が2対1とイラクに競り勝ちリオへの切符をどうにか手に入れたが、テニスのエース錦織圭選手は全豪オープンで第1シードのジョコビッチにストレート負けを喫して、残念ながら4強入りは叶わなかった。

f0201348_15331288.jpgはたまた、政界ではTPP交渉で米国のフロマン代表を差し置いて道筋を開いた甘利経済再生大臣の金銭授受の問題等、悲喜こもごものニュースがメディアを駆け巡る。

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 このような中で、ここ数日腰痛に悩まされている私だが、歩くだけなら左程問題ないことを良いことにして、「雪の我が町散策」、そして「雪山逍遥」とついつい誘惑に負けてしまう。
腰を曲げた姿勢で数分過ごした後、背筋を伸ばすと激痛が走り暫く動けなくなるが、背部の何処にも圧痛が無いので純粋に筋肉痛と自己診断して放置している。



f0201348_15111637.jpg 平成23年の新年、蒼穹に浮かぶ大雪の宝満山に言い知れぬ爽快さを体験していたので、午前中晴れの予報を頼りにSDを誘う。
この時は竈門神社からの登山ルートを選んだので、今回は「昭和の森キャンプ場」を起点に“難所ケ滝”から三群縦走路の尾根に出て、雪景色を楽しみながら宝満山に向かい、山頂でこの上なく美味しいカップラーメンを食べ、仏頂山へと折り返した後に尾根沿いに進んで河原谷ルートの急坂にとり就く5時間コースとする。

(平成23年1月7日)
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f0201348_1545989.jpg しかし、この雪と寒波で昭和の森までノーマルタイヤで行けないかも知れないし、この時期“難所ケ滝”人気で駐車場が埋まっているかも知れない。その時は竈門神社まで戻る積りで7時過ぎに家を出る。
 通勤や貨物トラックが一番動く時間帯で、渋滞にも嵌りキャンプ場に着いたのは8時半。しかし、思いもかけぬほど駐車場には余裕があった。
下山後の駐車場には通行帯にも車が溢れていたこと思えば、かなりの人達が早朝より午前の遅い時間帯の方が間違いないだろうとの判断が働いていたかも知れない。
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by 1944tourist2004jp | 2016-01-28 15:45 | 山登り | Comments(0)

「孫と九重山群へ」(4)

f0201348_13145999.jpg 6月上旬のミヤマキリシマの喧騒は無く、テントも数張り、空が高く晴れ上がり陽の降り注ぐ大船山を背に蒼茫の坊ガツルは爽涼とした冷気を含み寂寥としている。

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f0201348_13184295.jpg 7時40分に登山口を後にして長い道程に入っていく。景観の無い単調な登りながら、孫はへこたれることなく私達のスピードに合わせて登って来る。
最初に開ける展望場所に来ると鹿児島のご夫婦がザックを下し景趣を楽しんでいる。私達を見て場所を譲ろうとするが、私は休息時間にはまだ早いし間もなくすると二つ目の見晴らせる場所があるので、「どうぞごゆっくり」と言って歩を進める。昨日から30分前後で休息を取るようにしている。


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f0201348_85559.jpg 想定通りの見晴らしの場所で1回目の休息タイムとする。砂防堤工事の終わった三俣山の裾から法華院温泉へと流れ込む沢と温泉の黒い屋根を見ながら、孫も昨日のルート思い出しているようであった。
色んな方角から眺望する星生山から連なる硫黄山や天狗ヶ城と中岳の幽谷の山容を堪能する。
 休憩は座らずに5分程度ど済ませているが、今日は3人とも疲れは無いとみて「次の休憩は段原!」と言って出発する。SDは「ふっ!」と独り言を吐いたが、孫はその距離を知らない。

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f0201348_13372843.jpg カエデに秋の走りを見ながらの9時半、段原で数分休息し私達二人のザックをデポすべく孫の小さなナップサックにペットボトル3人分入れ、疲労の少ない孫とSDの状態からして精々20分程度だろうと勇んで出発。
 山頂に孫を一番乗りさせると登山口から2時間ジャストの大船山であった。

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f0201348_13363681.jpg 登攀時に下り二組、山頂には鹿児島のご夫婦と男性が一人。猛々しい今夏、登山客も本当に少ない。
記念写真と壮大な山容に魅入られながら15分ほど過ごす。苦労もせず山頂を極めたような孫にとって、大船山の存在はどのように感じたのであろうか。

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f0201348_1340505.jpg 昨日から、登りより下りが肝心と口を酸っぱく言い含めていたので、山頂直下の距離は短いが急峻な下りに私が先頭になりルートを教え、後ろからSDが手の使い方等に気を配りながら下りてくる。登りと同じ20分で段原に到着。
 悠揚とした山頂を振り返りながら法華院温泉で貰った弁当を開く。

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 下りは私、孫、SDの順番を崩さず、1時間15分で坊ガツルに下りてくる。昨日と打って変わって、休憩の要求も不満の独り言も無く淡々と下りて来た孫。

f0201348_13564116.jpg 予定通り雨ヶ池越ルートの周回コースに入って長者原まで相当長い距離になるが、雨ヶ池越での1回の休憩で花を楽しみながら2時間強、丁度15時にヒゴタイのお迎えで駐車場に着く。今日は7時間20分の強行軍であったが、孫は弱音を吐くことが無かった。


 老若を問わず、暑気と肉体疲労を癒してくれるに持って来いのソフトクリーム。その柔らかな冷たさに、孫は思い出を、そして私達は健康を感謝する。

 そう言えば、数日前から玄関先にツバメの糞が落ち始めた。今シーズン3度目の抱卵と巣立ちかも知れない。

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by 1944tourist2004jp | 2015-08-13 13:12 | 山登り | Comments(0)

「孫と九重山群へ」(3)

f0201348_8321253.jpg 西峰で束の間の休息を取り、直ぐに本峰へと緩斜面を下り、灌木の中を登りに就く。孫の脚は軽やかに息が上がることもない。そして、30分弱で1744mの山頂に登り着く。

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f0201348_8363671.jpg山頂から四方に広がる深山の峰々、山の喜びを少しでも感じて欲しいと思い、彼が過去に登った久住山や中岳、そして明日登る大船山を指さし、乾いた喉に一口二口と冷水を流し込む。
 四方に広がる壮大な眺望を5分ほど楽しみ諏蛾守越の石室へ。浮石に気を配りながら”ぶつぶつ”との独り言も無く、山の地図に紹介されている所要時間とほぼ同じスピードで、白く眩い北千里浜を囲む山群の佳景を楽しみながら下りて行く。


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f0201348_8435220.jpg 40分ほどで石室に下って来ると、私とほぼ同年代の男性が孫と思われる女の子を連れて並んで座っていた。お互いに今回の山登りルートを語り合いながら一期一会を楽しむ。
 SD渾身の冷えた赤紫蘇ジュースを飲んだ後、残していたお握りを食べ14時40分に法華院温泉へと向かう。
ガレ場を下り、砂礫の千里浜から蒼穹の山群に圧倒されながら、灌木の湿った下りを丁度1時間で温泉に到着。


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f0201348_8453411.jpg 諏蛾守越を後にすると、私の少し辛辣な激励もあり不平を垂らすこと無く大人のペースで歩調が流れる。少なからず心配していた明日の強行軍も杞憂であったとの思いを反省する。
 温泉の18号室に落ち着き、先ずは3人ともかけ流しに抱かれながら汗を流す。
孫が「逆上せるから上がろう!」と言うのを数回引止め、数人の男性と山談義をしながら適温の湯を精一杯に満喫する。


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 6時の夕食まで、涼しい部屋に早々と敷布団を敷き、その上でゆったりと身体を伸ばし孫から今日の山登りについての感想を聞く。

 空腹の夕食に出てきたヤマメの”から揚げ”を齧り付いた瞬間、門歯の1本が抜け落ち、“バカボンの親爺”風面相に孫の笑いが止まらない。
因みに、見た目にさほど頓着しない私であるが、余りの老相が気になって帰宅の翌日に行きつけの歯科医院にて門歯を元通りにして貰った。
 部屋に戻った後、孫は宿題のプリント3枚片付け、私達は明日の準備をすると、疲労と言う健康的な睡眠薬で直ぐにご就寝となる。

 6時45分からの朝食に6時起床。
夕食と同じ席に着くと、お隣さんご夫婦は薩摩弁独特のイントネーションに話が弾み、話しかける暇を見つけえず。お二人さんとは部屋も真向いで、大船山の登りと山頂で数回顔を合わせることになった。
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by 1944tourist2004jp | 2015-08-13 08:50 | 山登り | Comments(0)

「孫と九重山群へ」(2)

f0201348_20422548.jpg 兄弟とそれを許した親に甚く感心しながら、私の歩幅も伸びて行く。しかし、ここに来て孫の歩調が何かしら怪しくなってくる。
汚いモスグリーンと白と硫黄色が入り混じった毒々しい硫黄山の山肌を正面にして、右側は落石防護壁の林道、おまけに路面は簡易舗装と彼にとっては退屈至極な山路である。

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f0201348_20465671.jpg振り返って、「平坦な所だから、もう少しシャキシャキと歩け!」と発破をかけると、「これが普通の歩き」と思わぬ反発の言葉が返ってくる。




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f0201348_20501753.jpg 陽は真上に差し掛かり一段と暑さが厳しくなってくる時間帯、そのような中で彼の歩調に疲労の気配はない。単に気分的な問題だと推量し、「男なら愚駄々々言わずに早く来い!」と、有無を言わせず命令口調で突き放す。私は彼が2年生の時に、宝満山を楽々と登ったことでその脚力は分かっている。

 硫黄山からの涸沢を渡り、ガレ場の登りに「もう直ぐ昼飯だ!」と、若干甘い言葉を差し向けると、案の定意気軒昂とまではいかないが歩調に力が漲ってくる。
 両手を使いながら上がって来るガレ場は、身の軽い孫にとって危険性は無い。気になるのはポイントの少しすり減ったサッカーシューズを履いていることである。濡れたクレイは問題ないが岩の上は滑り易いかも知れない。




f0201348_20513683.jpg 彼の登山歴は私達と重なる。
3歳になって直ぐ、福岡市近郊の大楠で有名な“立花山”へ連れて行ったのが始まりである。途中で愚図りだし路程の1/5ほどは抱っこして登った。
その後、5歳の時には“久住山”。「まだね!」、「まだね!」の連続には閉口したが、結局は自力で山頂に立った。
そして、1年生の春には残雪が深い中岳へ挑戦し、雪と戯れながら寒風の厳しい山頂に立った。そして、今回の一泊二日の九重山群である。




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 諏蛾守越” に着くと、老人会らしき10人超のグループに日蔭を占領され、仕方なく肩身を狭くしながら腹の足しに各自お握りを1個頬張り、私のザックを表示板の下にデポし、SDのザックに貴重品と水を入れ早々に“三俣山”の斜面に取り就く。

f0201348_2192776.jpg 孫の足の運びは淀みなく、息つきに何の変化もない。問題は抑揚しがちな気分のみと、SDと挟みうちにしてぐいぐいと引っ張って行く。
そして、あっという間の25分で”三俣山”西峯に立ち、山頂標識に取りつけられていた温度計を見ながら「23度だ!」と大きく叫び私達を見る。座り込むこともなく得意満面で被写体に納まる孫を見て、私の厳しい口調も間違ってなかったと確信する。

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by 1944tourist2004jp | 2015-08-12 20:40 | 山登り | Comments(0)