「有明海の真ん中で潮干狩り」

f0201348_232640.jpg 蒼穹に荒い筆でさっと刷いたような雲、そして思い出の数ページに連なる霞に煙る雲仙の三岳と、中腹に帯を流すように靄のかかった多良山系を遥拝する中での潮干狩り。
先月末、定年退職前に同じ職域で昵懇にしていた後輩から「潮干狩りに行きませんか」と電話を貰い、序でに7・8年振りの再会に「前の晩から来てもらって飲みましょう!」とのお誘いである。

 久し振りに公共機関を利用する。
5月中旬の残照も手伝い、電車内はむっとする空気感が漂う。お年寄りは初春姿、若者は夏姿とその対比が実に面白い。

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f0201348_2371741.jpg お互いに老けているだろうが、加齢する毎にその老け込みも速いだろうから、私の方が見間違えられるかも知れない。小さい頃しか知らない「子供さん達もさぞかし成長しているだろうな」と、電車の揺れに身を委ねながら想像を膨らませる老生。そして、6時20分待ち合わせの駅に到着。
彼が来るまでの間に整備された駅前の広場に時間をつぶす。


 ”バラ展でSDが購入した”ピエール・ド・コン・サール”
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f0201348_1131382.jpg 奥さんに送って貰った彼が車から降りた瞬間に、殆ど変っていない二人はお互いに直ぐ分かり歩み寄り握手。そして、そのまま彼が行きつけの“お寿司屋”さんへと歩き6時半過ぎから飲み始める。
 お互いに飲める素質を持ち合わせ、先ずはジョッキで乾杯し、当然のように焼酎に移って行く。晩酌はお湯のわり方を年齢相応にしているが、ここは一般的な焼酎6に対してお湯4である。

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f0201348_1154022.jpg 積もった話にお代わりも次々として5杯までは覚えているが、その後は朝5時まで記憶が飛んでいる。
 頭痛は余りないが、71歳には応えた2日酔いである。
汗を掻くため直ぐに部屋の風呂にお湯をはり、優に30分以上浸かる。火照った身体に冷えた水を冷蔵庫から取り出し500mlを二口で飲み干す。

(左は映発した”べた凪”の彼方に普賢岳を主峰とする雲仙岳の山影、下は経ケ岳を主峰とする峨々とした山稜の多良岳山群)
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 そして、友達が迎えに来てくれるまでの2時間、だらだらとベッドに横になり朝のTV番組。
10時前に迎えに来てくれた彼の車に乗り、先ずは彼の家にお邪魔する。
昨晩の話で、28歳になる息子さんが世界一周の旅に出てそれをHPを出していると聞いていたので、直ぐにPCを開いて見せて貰う。
 上海に始まり東南アジア、再度中国から中央アジアに出て、トルコからヨーロッパ、モロッコ、フランクフルトからから中米パナマに入りコロンビアから西岸をチリの南端まで、その間ガラパゴス島やイースター島にも空路で足を伸ばし、今はブラジルのマナウスからベネズエラに入っている。帰宅後、早速とHPへコメントを書き込む。

 大川市より漁船に乗り、引き潮に任せるように筑後川を下り干潟へと向かう。干潟まで来て2時間ほど潮が引くのを待ち、その間に昼ご飯とおしゃべり。(ここで小休止、アサリの味噌汁で晩御飯)


f0201348_23213049.jpg 今日のお客さんは男性5人と若い女性2人に幼子である。
「何故カメラを持って来なかったのだろうか」と、後悔しながらガラ携で写真に収める。
(サイズの大きな写真は若い後輩のスマホの写真を送ってもらった)
 干潟のアサリ掘り、私は1時間弱で腰筋が脹り出し、何となく落ち着かなくなり程々のところで船に上がる準備をする。冗談だが、少しでも遅くなると満ち潮で船に上がれず海に取り残される羽目になるらしい。
 満ち潮は引き潮と違いあっという間で船も浮きだす。有明海の中央部に航路があるらしく、ゆっくりとそこまで行くと黒煙を吐き、水を切るように猛スピードで有明海を滑るように登って行く。漁船とは思えないほどの迫力、36ノットと云うから60km超であろう。
 友達の家でコーヒーをごちそうになり最寄りの駅まで送ってもらう。

 橋下徹大阪市長の大阪都構想、投票総数140万票を2分し僅か1万票超の差により敗退。政治の世界で必ずしも正しいと思っていないポピュリズム、その分水嶺は前例主義で変化を好まない国民性ではなかったろうか。





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by 1944tourist2004jp | 2015-05-17 23:17 | その他 | Comments(0)
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