「イタリア紀行28」(ローマ観光2)

f0201348_18194765.jpg イタリア紀行を載せ始めて28回目の更新となる。
真冬の水溜りに張った氷のように砕け易く、時とともに溶け出す薄っぺらな記憶である。
それにつれて更新の意欲も段々と彼方へ飛んで行きそうである。
 この間に東北関東大震災があり、応援できない苛立たしさに少しの責任を感じたり、肉親の再会に涙したり、風評被害に乗ずるように買占めに走る一部の人間に憤ったりと暇が無い。
 今は、この大震災とイタリア紀行に手足を縛られたように他に目が向かないのが現状である。


 白ワインとピザの後、私達はローマ観光の第2幕に生き生きとしている。

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 小雨が降りだした途端に現れる傘売りに変身した物売り。
顔貌をからすると移民して来た人達なのかも知れない。





                              




                           



                                (真実の口広場前の噴水)

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 今では教会の柵の中にあり、柵の外まで50人程度の列ができている。
古代ローマでは排水溝の蓋だったらしい。確かにお洒落なマンホールには違いないが、2千年も経ち名前を貰い名画に登場すると世界の観光資源となっている。
日本のマンホールも地域によって図柄が面白いが、いつの日か観光資源になるかも知れない。

 一緒に手を入れる夫婦が大半であるが、私は遠慮して妻だけモデルにしてカメラを構える。
照れくさいと言うより、このようなシチュエーションに男は出るべきでないと理解している。

f0201348_19114652.jpg 天は観光客の気持ちか、はたまた物売りの生活を知ってか知らずか、断続的に小雨を降らす。
午前中とは逆にテヴェレ川沿いにサンタンジェロ城へと向かっていく。
 「地球の歩き方」の受け売りをすると、紀元135年ハドリアヌス帝の霊廟として建造され、中世以降は要塞や法王の住いとして利用されたらしい。また、サンピエトロ大聖堂と地下で繋がっているとも云われている。
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城内のらせん状になった傾斜を上がって行くと屋上に出る。f0201348_19472956.jpg








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f0201348_20122694.jpgf0201348_2019238.jpg サンタンジェロ城の名称は、ペストが大流行した時、時の皇帝が城の頂上で剣を鞘に収めるミカエルを見て、ペスト終焉を意味することに由来している。

そして、きれいな円形の頂上には、太陽を象徴したハドリアヌスが戦車を引く像も設置されている。
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 曇天の屋上からローマ市内の全貌を展望できる。
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f0201348_20275665.jpg そして、残念ながら後ろ向きに歪んだサンタンジェロ橋である。
橋の欄干には素晴らしい石像を目の当たりにするが写真にうまく収まっていない。

「イタリア紀行29」(ローマ観光3)を見る時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2011-03-17 18:18 | その他 | Comments(0)


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