「イタリア紀行24」(ボンベイからナポリ)

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 震災TVに釘漬けになってばかりでは余りにも爺らしい我が家の仕事にも取りかかる。
と言っても短時間の仕事である。ガレージの上に這っているキウイの剪定である。夏は大振りの葉で日陰をつくり、少ないながらも私達の朝食に旬の彩りを添えてくれる。
 サクランボとボケの花が咲き始めた。

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 外壁と石畳だけを残して碁盤の目状に入り組んだ街並みに驚愕する。
日本では吉野ヶ里遺跡に代表される弥生時代に、このように高度な技術文化を持った町が遥か遠くに存在していたことに感動せざるを得ない。
f0201348_20265064.jpg スタビアーネ浴場は男女別々の部屋に蒸気で一定の室温が保たれていたと言うから近代的である。浴場には石像が所狭しと彫られ繁栄の足跡を存分に残している。
立ち止まる余裕もなく、区画整理のできた一般の住居群へと足を延して行く。
 火砕流に生き埋めとなった人の石膏レプリカ、苦悶の表情に何故か「普賢岳の火砕流」が脳裏をよぎる。
一般住居の間取りはキッチンであったり、居間であったりと現在と何等変わりは無い。

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 パン工房、ワイン工房、居酒屋と進み、春画に類する施設があったり本当に驚かされる。メインロードに出るとその道路表示まであるから二重の驚きである。

f0201348_2222966.jpg 2千年の科学技術の進歩は凄まじいが、社会形態とか価値観に変化が無いことに何故か戸惑いを感じる!f0201348_2213386.jpg人間が如何に逆立ちしても、本能にあらがうことはできないのかも知れない。
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遺跡の数分の一しか廻っていないのだろうが、ガイドさんの説明に古代ローマ時代の生活感を実感することができた。f0201348_2254042.jpg
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フォロに戻り、再度ジュピター神殿を前に記念写真を撮ってスタビア門をへと下って行く。

f0201348_22101836.jpg カメオ工房の見学の後、情熱の町ナポリである。
カメオは美しい工芸品であるが、安い物は絵柄や彫りが貧弱だし、目に留まる物は余りにも高価でお土産としては遠慮する。
沖縄の美しい貝殻があればコンピューターを組み込んで大量生産できるかもしれない。と、下らないことを考えながらの工房見学である。
f0201348_22131296.jpg 「ナポリを見てから死ね」から、「ナポリが死ぬ前に見ておけ」と言われる塵の治安の悪い町。
ローマへの時間が無いのかも知れないのか、また呑気な日本人にとって治安の不安もあるらしく車窓観光となる。
日本のある男優が窓を開けてドライブしていて、前後を車に挟まれ身動きとれず高価腕時計を強奪されたとの話題を聞きながらバスは主たるコースを進んで行く。
映画等で出て来るスパッカ・ナポリとヌオーヴォ城を素通りして、塵の散乱も無く治安が良い海岸通りでやっと待望の写真タイムである。




                
         
                   

             (車窓よりヌオーヴォ城を見る)
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 海に張り出した古城の卵城、そしてベスビオスを背景とする丘陵に広がる市街地。
天気が良ければ正に写真スポットである。
情熱の町ナポリは30分ほどで終わり、消化不良のままにバスに乗り込む。
豪華客船が停泊するサンタルチア港を横目にローマへ一直線である。

「イタリア紀行25」(ローマへ)を見る時はこちら

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by 1944tourist2004jp | 2011-03-15 20:11 | その他 | Comments(0)


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