「イタリア紀行19」(マテーラ)

f0201348_1361233.jpg
 高速を外れて高度にして200mほど頂きへとバスが登って行くと、間もなくして普通の街並みが現れて来る。
教会等を見学しながら入り組んだ道を30分ほど導かれて行くと、突然に廃墟のような洞窟住居群が眼前に広がる。

f0201348_16142934.jpg 生活感の無い空間に南イタリアの陽射しが白壁にはね返りやけに明るい。しかし、閑寂さは言い知れぬ悲哀を漂わせている。
f0201348_16145312.jpg
 廃墟の中心に、崩落しかかった教会に立つ十字架が物悲しく農民の歴史を物語っている。

f0201348_13195342.jpg
狭いサッシ地区には30もの協会が存在したらしい。宗教に頼らないと生きていけなかったのかも知れない。f0201348_13212830.jpg

石灰岩が浸食されたグラヴィナ渓谷に幾層にも並ぶサッシ(洞窟住居群)は、イスラム勢力の迫害を逃れた修道僧が8世紀頃から住みつき、その後オスマン帝国の時代にバルカン半島からの移住も加わり次々とサッシが積み上がっていったらしい。

f0201348_13132219.jpg そして、渓谷を挟んで反対側の岩壁には洞窟の痕跡を見ることができ、相当古くから洞窟が住居として利用されていたことが伺える。



f0201348_18263355.jpg


f0201348_16304363.jpg 少し浅黒いアラブ風の現地女性ガイドさんによると、第二次大戦直後まで小作農民が住居としていたらしいが、イタリアの恥部と言われ移住が進み今ではサッシ地区の居住者は4千人程度らしい。
 一軒の洞窟住居に案内して貰う。

入って見ると生活空間として居間、台所、寝室が先ずあり、一段低くなった所に農器具類の小屋、そして最深部に真っ暗な家畜小屋が掘られている。
別の入り口には、ワイン製造とセラーが並んでいる。

f0201348_16451217.jpgf0201348_1648014.jpg
f0201348_16454795.jpgf0201348_1646219.jpg




 一時間弱の見学の後、ドゥオーモの高台へと案内されサッシ地区を一望する。
悲惨な洞窟住居を人類の歴史遺産として見学することは寂しいことである。
 f0201348_16494620.jpg
 時間もかなり過ぎレストランへと入って行く。
淡いオレンジ色を剥き出しにした洞窟レストランは意外とお洒落で雰囲気は素晴らしい。
 私達は福岡の母娘さんと熊本のご夫婦と同席する。
既にお馴染みのお二組とは色んな話しが飛び出してくる。
熊本のご夫婦は最近老齢のお母さんを亡くされ、今はお二人だけで遅ればせながら新婚生活を楽しんでいますと冗談が弾む。
f0201348_16504742.jpgそして、ご主人の音頭で食事の合間に料理教室が始まる。
熊本の“カラシレンコン”の作り方を奥さんが逐次紹介していく。


f0201348_16521692.jpg
聞き手の二人の女性は色々と尋ねながら書き留めて行く。最後に電話交換して無事完了である。
 旅行から帰って一週間後に妻がレシピに沿って料理したが、色合も綺麗に美味しく出来上がり、早速お礼の電話をしていた。

 料理教室に夢中であったが、レストランの“耳たぶパスタ”と“モッツァレラチーズと生ハム”も本当に美味しかった。
男だけだと切れ切れの会話になりがちであるが、女性がいると話しが続くし盛り上がる。このような席も面白い。
 参議院予算委員会を聞きながら書いていたら、突然に東北沖地震の実況中継に切り替わる。予算委員会も急遽中止になり、全TV局が地震速報である。
 私は5時からの「囲碁棋聖戦」中継を待っていたがそれどころではない。
おぞましい八戸港の津波中継が入って来る。

「イタリア紀行20」(アルベロベッロ1)を見る時はこちら
[PR]
by 1944tourist2004jp | 2011-03-11 16:07 | その他 | Comments(0)


<< 「イタリア紀行20」(アルベロ... 「イタリア紀行18」(洞窟住居... >>