「イタリア紀行11」(バチカン2)

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 翌日から雨予報の土曜日、アンデス47、キタアカリ33、メークイン49個の種芋を2畝に植え付けし、ニンジン、赤カブ、ダイコン、コマツナ、ミズナ、シュンギク、ブロコリーの収穫して帰って来ると、優に3時間の農作業になってしまった。
 昨年の春ジャガの小玉を秋ジャガの種芋とし、今度は秋ジャガの残りを種芋としたが、果たして収穫や如何に?少し不安である。
 今日の日曜日はイタリアのお土産を持って末娘と3人で長女宅を訪ねる。
ついでに収穫した野菜も携えて行くと、二人の孫が風邪も快癒して機嫌よく迎えてくれる。





















(ミケランジェロのピエタ)



f0201348_1156544.jpg 愈々バチカンのブログに移っていくが既に1週間、脳に呼び掛けながら、そして少々の汗を書いて貰いながら書き綴っていかなければならない。

f0201348_121053.jpg 朝食ではツアー仲間として初めて挨拶した福岡の母娘さんである。
ソウル行きの機内で横同士になり妻が挨拶していたようだ。
また、ミラノの壮麗なドゥオーモの中に一緒に入って、溜息と感嘆を発しながら写真を撮って以来、娘さんとはカメラ操作で色々と話をしてきた。
 先ずはバチカン美術館へと案内してくれるが、入場券売り場はイタリア国内からの子供達の団体や各国からの観光客で大混雑している。
旅の本によると古代ギリシャから始まる美術品の鑑賞には1週間以上かかるらしいが、僅か2時間程の観賞時間しかない。

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 インフォメーションセンターらしき所で、モニター式のパネルを利用して東北大学に語学留学経験のある現地ガイドさんに15分ほど美術品の紹介をして貰う。
このような事前説明を戴かないと、美術鑑賞に迷ってしまうほど莫大な収蔵点数なのだろう。
 先ず、「ピーニャ」と称される中庭へと入って行く。説明を受けたかも知れないが、何故か青銅製の“松ぼっくり”がシンボルのように中心に治まっている。

 f0201348_1252146.jpg その後、案内されるままに流れの沿って美術品を鑑賞して行くが、私には何処をどのよう歩いたか全く分からない。
 説明不可なのでキリスト教に関する天井画、壁画、絨毯等の写真だけでも載せて置きたい。
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 そして、システィーナ礼拝堂に至る。
ここは無線ガイドなし、写真撮影禁止、帽子、大声、また床に座ることも禁止されている。しかし、全くの自由観賞である。
ルネッサンスの大家による旧約聖書を題材としたフレスコ画、そしてミケランジェロの天井画と祭壇画「最後の審判」を首が痛くなる程に魅入る。と、言うよりは遠くに凝視するとの雰囲気かも知れない。
望遠鏡持参の観光客も散見する程である。
結構混雑しているので上ばかり向いて歩いていると人にぶつかる。壁際の椅子に膝の疲れを癒しながら、二度と拝めないかも知れないフレスコ画を2度3度と脳裏へ焼き付けて行く。
 キリスト教徒の欧米人と私達とではその存在感に大きな違いがあると思い、ついでに人間観察もする。
私にとっては単なる歴史的な美術品かも知れないが、彼等にとっては人生と言うDNAに仕込まれたキリスト教、その感激は天地の差ほどにあるのかも知れない。
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f0201348_1216437.jpg そして、堅固な建造物の間を通ってサンピエトロ大聖堂の入口へと導かれる。
内陣の青銅製大天蓋、クーポラの窓から祭壇への二筋の日脚が燦燦と伸びて、ミラノのドゥオーモを一回りも二回りも大きく映しだす。
 集合時間までの自由時間に、キリストを抱く慈愛に満ちた聖母マリアの大理石像(ミケランジェロのピエタ)からゆっくりと時間を掛けながら祭壇へと歩を進める。
像や彫刻の隅々まで気を配り、入口から祭壇までの186mの大聖堂の荘厳さに心打たれ時を忘れる。
詩人や作家が初めてこの寺院に入った時、その感想をどのように表現するのだろうか。

「イタリア紀行12」(ヴァチカン3)を見る時はこちら


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 (柱のねじれときめ細かい彫刻も実に素晴らしい)
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by 1944tourist2004jp | 2011-03-07 13:07 | その他 | Comments(0)
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