「縄文杉」に会いたい

 彼岸に渡る前に屋久島の「宮之浦岳」登山と、「縄文杉」を拝みたいとの気持ちをずっと心の中で温めていた。
 昨年は念願の「富士山」登拝により「ご来光」を拝ませて頂いた。今年は念願の屋久島である。
そのオードブルとして、規模ははるかに小さいが立花山の「大樟」にもお目にかかったので準備万端の積りである。
 九州最高峰の登山もさることながら、「神が宿っているに違いない」と言わしめる樹齢3千年の「巨大杉」も、聞いただけで初恋のような胸の高鳴りを感じるものがある。
山行スケジュールが決まった後、ジャンルは全く違うが屋久島に関する林芙美子の「浮雲」と梅原猛さんの「巨樹を見に行く」を通読した。
「浮雲」ついての感想は別の機会にして、「巨樹を見に行く」の梅原さんの感受性には感嘆させられた。
 梅原猛さんについては、「仏教」に関する本を数回熟読させて頂いたし、臓器移植に関する意見等も拝読しているので、哲学者としての人物像については齧る程度だが理解している積りである。
 “二度と来るまいと思った厳しい山道を経た後に対面した縄文杉に、「それは木でなく、神様でした。実際に神を見たことはないが、何千年も生きた巨樹は神さびていました。巨樹は七千年の齢に耐えて、神のいる天に連なり身じろぎもしない。」、「樹は今も、生と死、若さと老いを豊かに抱えながらはるかな時間を静かに森に溶かし、その長い生命をたおやかに生き続けている。」等などと表現している。
 比べるべくも無い天賦の才に恵まれた梅原さんの感性に、どれだけ近付けるか分からないが、若干距離を置いて無心の気持ちで拝礼する程度には近づきたいと思っている。
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by 1944tourist2004jp | 2009-09-19 14:09 | その他 | Comments(0)
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