「藤沢秀行名誉棋聖の死を悼んで」

 下手の横好きながら、囲碁を趣味としている人間として、藤沢名誉棋聖の死は非常に悲しい出来事である。             (風蘭)
f0201348_18484549.jpg 7月14日のNHK「クローズアップ現代」で、武宮九段のコメントを拝聴しながら改めて彼の偉大さ共有するすることができた。
 秀行名誉棋聖について考える時、こよなく碁を愛し、また俗世界を愛した波瀾万丈の人生である。
天から享受し才能を全うしたと思っている。
 他の芸術家同様、勝負師として平々凡々の人生の中に見出せるような生き方ではない。
f0201348_12115481.jpg いつの頃か忘れてしまったが、将棋の米永邦雄棋士との対談で、「神が囲碁・将棋を100%知り得ているとして、私達の棋力は何%?」と話が進んだ時、奇しくも「5%にも満たないのでは!」と両棋士とも語っていた。
天才にして、人差し指が短くなるほど研鑽を積んだ彼等をして言わしめた言葉を考えると、その情熱たるや遥かかなたの銀河星に届くほどのものではないだろうか。
そして、そのマグマのような情熱が、国内外の若者を叱咤激励するエネルギーになったのではないかと想像している。
 一線にあるプロ棋士の中で、体力と集中力が鈍って来る初老の時期に、棋聖の6連覇を可能にしたのは勝負を度外視した「磨かれた心」と「情熱」が原点にあると語られていた。
 小人として静かな余生を送ろうとしている時、勝負に拘る己を省みて、器が違うのは如何ともしがたいが、下手は下手なりに名誉棋聖が追及した「美しい碁」を打ちたいものである。

 囲碁に関して掲載する写真が無いので、ここではやっと咲いてくれた線のようなか細い「風蘭」と1日限りの花の命の「ハイビスカス」を供えたい。




※「作曲家 加藤和彦さんの死」を読む時はこちら
[PR]
by 1944tourist2004jp | 2009-07-09 23:12 | 雑感 | Comments(0)
名前
URL
削除用パスワード


<< 「梅雨繁き日々の1日」 「梅雨繁き日々」(2) >>