「老人性痴呆と私」(1)

 近い将来、予想可能な私の病気である。
 何故なら、親父も脳血栓→脳軟化症→痴呆へと進み75歳で亡くなった。
私達は別居していたので実感は無いが、お袋、姉、義姉はそばに居てさぞかし苦労したことだろう。
人それぞれかも知れないし、人的環境かも知れないが、男は意外とだらしなく殆どお世話ができない。兄貴も仕事にかまけて何もしなかったように思う。私も然りである。
 「お産・子育て」と一緒で、本能的に忍耐の要る作業に弱く根気が無いのかも知れない。
 放浪癖があり、2・30km歩き他人の敷地に入り警察から通報されたり、自転車で出かけ鍵を失くしたと思い込み行方不明になったり、傍目に本当に大変だったように思う。
お袋一人でなく姉・義姉と3人いたから、精神的に疲弊せず病気もしなかったと思う。
 私も親父の放浪実態を見るべく後をつけたことがあるが、まるで小学校低学年の子供と同じである。
1時間ほど付き合って一緒に帰ったが、このような日々を毎日おくっている3人に対し申し訳なく思っていた。
 そして、近未来の私がお袋側の遺伝により避けて通ることができるのか、はたまた親父と同じようになるのか若干不安である。
今のところ血圧・糖尿病ほか生活習慣病は無いが、20歳からずっと酒を飲んでいるのでいつ転んでもおかしくない。
また、人との付き合いは下手だし、結構頑固なので性格上素質はあるのかも知れない。
 そのために先が見え始めた55歳頃から、長期計画で暇を持て余さないように趣味の世界を作ってきた。
現在は囲碁、水彩画、そして妻との家庭菜園、山登りをしている。
アマチュア無線はアンテナの問題で再開は難しいかも知れない。
 硬式テニスも3年ほどしたがものにならなった。
弁解すれば左側頭部骨折で「三叉神経」を圧迫し顔面神経麻痺となり、耳の後ろから切開する10時間近い手術を経験している。
その結果、顔の方は見た目問題ないが、三半規管に少し問題があり平衡感覚が悪い。
要するにものになる前に止めてしまったのである。

 「継続は力なり」で、残っている趣味に少しでも没頭できるよう生活したい。



※「老人性痴呆と私」(2)に行く時はこちら
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by 1944tourist2004jp | 2009-05-20 09:25 | 雑感 | Comments(0)
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