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「御前岳から釈迦ヶ岳へ」(3)
 岩峰から眺望を楽しみ下って暫く歩くと眼上に迫る釈迦ヶ岳を見る。



 想像通りの岩の急坂に鎖とロープを頼りに登って行くが、距離が無いので休むことはない。そして御前岳から45分で山頂に立つ。
柔和なお顔をした石仏に手を合わせ、今日の無事の登山とこの素晴らしい眺望に感謝する。


 ザックを下ろしここでも4・5分ほど写真タイムとして休み、レーダードームのある普賢岳まで足を延ばす。
昨年、渡神岳山行の起点とした椿ヶ鼻ハイランドパークを眼下にして南への大パノラマを楽しむ。






 帰りは周回コースで矢部越えから幸運の滝経由で下りて行きたいが、登山口でがけ崩れにより峰越林道が通行止めになっていたのでピストンとなる。




 登山口に12時45分、今日は4時間15分の山行であった。




# by 1944tourist2004jp | 2012-05-19 14:35 | 山登り | Trackback | Comments(6)
「御前岳から釈迦ヶ岳へ」(2)

 昨晩、ブログを書いている深夜に珍しく携帯が鳴る、名古屋の末娘であった。転勤しての2ヶ月目、新鮮な楽しみもあれば任地での苦労もあるのだろう。仕事や人生について酔いも手伝って30分ほどの長電話となった。
最後に、北アルプスでの遭難事故を受けて「一人での登山は十分気をつけてね」と心配してくれた。

 40分弱で林道に登り着く。簡易舗装と砂利の道を西へ100mほど歩くと、黄地に黒で書かれた指導標が日射しに反射してやけに眩い。
休息の必要もなく、直ぐに丸太で補強された急坂へと踏み込んで行く。ここから山頂までは本格的な登りの連続で、ロープあり、鎖あり、不安定なガレ場と結構登り応えのある御前岳である。



山の本でも紹介されていたツガの巨木は完全に立ち枯れし青空を背景に空しく佇立している。

  山頂直下の急坂に鎖を頼り登って行くと、灌木の中から見事なシャクナゲの小木が顔を出し「水でも飲んで休んで下さい」と言うように花を咲かせている。美しい女性から諭されているいるような一時が過ぎていく。







 少し滑り易いガレ場を上がって行くと、南西に展望の開けた山頂に出る。登山口から丁度1時間15分。
 ザックを下ろし冷水を美味しく飲み、バナナ1本でエネルギーを補給する。そして灌木の隙間から北への山並みを楽しみ、5分程度記念碑の前に腰を下ろし肢の疲労をとる。

 釈迦ヶ岳へのルートも三角錐の山を彷彿とさせるように急坂である。
ここから尾根伝いに2・3のピークをアップダウンをしながらも歩幅は広がっていく。木イチゴの花以外に山野草の花を見つけることは出来ないが、新緑のシオジの大木が心と疲れを癒してくれる。

 南斜面の崩落跡を覗くと、恐ろしいほどの急崖であるが、それを灌木とミヤコザサが隠し歩き易くしている。
 岩のピークを前に挫折した前回を回顧しながら鎖を頼りに岩肌を上り詰め、道筋から少し横道に逸れ岩峰に立つと、御前岳のピラミダルな美しい山頂を障害なく見渡せる。



そして、次の目標である瘤のように突き出した釈迦ヶ岳の山頂とレーダードームを見る。
# by 1944tourist2004jp | 2012-05-19 12:48 | 山登り | Trackback | Comments(2)
「御前岳から釈迦ヶ岳へ」(1)
 ウィスキーを飲みながらブログを更新しようとしているが、4杯目ともなると記憶を手繰り寄せることはできても文章が続かず先に進まない。疲れると晩酌以上に杯が進むから困ってしまう。

 こんな時には気分転換と、ネットゲームを開く。
まず手始めに将棋、相手の見損じでものにする。これはツキがあると麻雀につなぎ配牌よくその気になって行くと、ダマテンに振り込みノックアウト。
次は本命の囲碁に挑戦、勝負事は辛抱が大切であるが、酔うとやはり読みが浅くなり、また我慢しきれずに自滅してしまう。正に「取ろう取ろうは取られの源」だ。



 何の着想も無いまま記事に戻る。
深紅やピンクのシャクナゲが路傍に点々とする日向神路。ダム沿いに繁る広葉樹の並木は初夏に冷涼感を醸し、解放した窓から早朝の清澄な空気が勢いよく流れ込み気分は爽快である。
しかし、フロントグラス越しに見る五月晴れは乳白色である。色から見ると乳青色かも知れないが、この言葉は聞いたこともないし実感も湧かない。いずれにしても、大気汚染物質を含んだ黄砂が偏西風に乗って来ているのだろう。

 今日は杣の里渓流公園の登山口に、8時20分という早朝登山である。



 路肩や公園駐車場には全くそれらしき車は留っていない。
いつものことながら準備は登山靴を履くだけ、平坦な山路を準備運動がてらにジャスト8時半の出発。

 3年前、指導標が未だ整っていない時に渡渉を間違えて植樹林に迷い込み疲労困憊の果てに登山口まで戻り、余りの情けなさに矢部越え方面から林道を迂回して林道登山口から御前岳に登り、釈迦岳への中途に暑さと疲労に太ももが攣りそうになりで挫折した山である。



 その苦労した道のりだけに記憶は鮮明である。今日の登山道は赤いテープを見落とすことも無く、また御前岳への指導標が点々と設置され迷いようがない。
 植樹林に初夏の陽射しは無く下草の朝露がズボンを濡らし、気化させる風もなく額から汗が滴り落ちる。

 汗は体温の上昇を防ぐためのものであるが、最初に身体のどの部分から掻き出すのだろうか。考えながら歩く。
「先ずは一番重要な頭を冷やし、次に全身を巡る血液を冷やす為に心臓と肺に近い背中や胸なのかも知れない」かもと。

 一人旅の山登りは花や眺望との会話が無いと、ついつい色んな事を考えてしまう。
足元に並ぶキツネノカミソリの濃緑の細長い葉を見ながら、「植物の開花には光と温度の条件が必要であるが、細胞の何処にそれ等を感じる受容体があるのだろうか。神経伝達組織等がないとすれば全ての細胞の遺伝子に何かが組み込まれているのかも知れない」と、足元を疎かにしながら渡渉を右へ左へと繰り返し30分ほど緩い登りに肢は軽い。いつしか渓流音が遠ざかって林道からの日脚が伸びて来る。











# by 1944tourist2004jp | 2012-05-19 00:58 | 山登り | Trackback | Comments(0)
「勘違い登山に続いて物忘れ菜園」
 畑に宿題を残しながらも晴れの予報に山登りも考えていたが、午後からの囲碁本因坊戦のTV中継にいささか逡巡する。そして、黄砂予報も重なり仕方なく午前11時から畑へと出かける。

 煙霧のような空を見ながら昼休み時間帯の田園に、畔伝いに我が菜園へ下りて行くと、何処からか音楽が聞こえて来る。何事かと思っていると添え木に携帯ラジオがぶら下がっている。これで二度目である。
1回目は下の菜園仲間が預かっていてくれていたが、今回は2昼夜ぶっ通しで、虫やカエルに日本放送協会のラジオ番組を延々と聞かせていたことになる。
家畜やハウス野菜に音楽を聞かせて成長を促すという話を聞いたことはあるが、NHKのお堅い番組では期待できそうにもない。
山開き“勘違い登山”に続いて“物忘れ菜園”である。一歩ずつ踏み入れている。

 SDが豆類の収穫やジャガイモの土寄せをしている間、私は先ずゴボウの残りを収穫し、ラッカセイとカボチャの畝造りと堆肥入れ、そして二人でゴーヤ等の残りのネットを張り等に昼抜きで3時までかかる。
これで畑も一段落、あとは水遣りとサトイモの畝造りを残すのみである。

(ガレージ上に這うキウイの蕾と花、今年も100個程度の収穫が楽しみである。近日中に授粉しなければならない)


 シャワーを浴びた後に遅めの昼食、そして4時から第67期本因坊戦第1局2日目の実況中継に見入る。
井山祐太天元の山下道吾本因坊への挑戦手合いである。
放送が始まって数手進んだ後、山下本因坊の突然の投了。それから片岡九段と中島美絵子アマの解説が2時間弱に及ぶ。

 一昨年、羽根本因坊に山下天元が挑戦した第65期。第2局が久留米市であったので見に行ったのが、解説会場には小林覚九段が招待されていた。解説会終了後、私の好きな棋士の一人でもあるので「良かったら写真を一緒にお願いできますか?」と声を掛けると、TVで聞き慣れた柔和な声で「いいですよ!」と快諾して頂き一生の記念を得ることができた。今でも自慢の一つである。
 今回の挑戦手合い、第65期と同じ天元が挑戦者となっているところから占うと、国際棋戦で日本のホープとなっている井山祐太新本因坊が生まれるかも知れない。










# by 1944tourist2004jp | 2012-05-16 19:47 | 家庭菜園 | Trackback | Comments(0)
「清老頭」
 学生時代の寮生活で覚えた囲碁と麻雀。
どちらも継続して、また根を詰めてやったことがないので上達は今一歩のまま止まっている。また、性格的に辛抱強くないのも上達を妨げている一因かも知れない。
 完全にリタイア―した後は閑を見つけてはネットで楽しんでいるが、実力はいずれも中の上程度である。
朝から雨で、畑も山登りも無く完全休養日に朝食後PCに向かって、へぼ将棋、囲碁、麻雀とネットゲームを楽しむ。

 相変らず将棋はぼろ負け、次に囲碁は上手に1勝2敗、そして最後に麻雀。
この4年で四暗刻と大三元の経験はあるが他の役満を上がったことはない。今日も”つも”が何となく思わしくなく、ラス前で持ち点2万のマイナス10のままで親が過ぎて行く。


 そのラス前、老頭牌が多くチャンタ狙いしかできない唸るような配牌であった。勿論、“清老頭” など脳裏に無く進行。
九満の暗刻が一つ、二組の対子をないて九索と一索のシャボン待ちとなる。残り二周り、場には既に九索2枚、一索1枚出ている。一人立直、二人はほぼ死んでいる。私も安全牌を数回出していたので警戒は立直した方に向いている。
そして最後の一索が下荘から飛び出す。
 一生に一度しかできないだろう手で上がったのでついブログに書いてしまった。
# by 1944tourist2004jp | 2012-05-15 20:31 | 趣味 | Trackback | Comments(0)
「母の日の頃の菜園」

 例年、この季節から雑草との戦いが始まる。

僅か4・50坪程度の菜園ながら、機械に頼らず全てを人手でまかなっている私達にとって、草刈りは果てしなく重労働である。

             (今年は収穫が期待できそうなズッキーニ)















 只でさえ管理の行き届かない素人夫婦の菜園、仲間の8割程度の実りから、虫に鳥に四足にと収穫の1/4を差し上げている。
その上、昨年は余りにも雑草を放置し過ぎて、夏野菜の葉にナメクジやアブラムシが集って散々であった。 

                     (誇るように自生したボリジが種を持ち始めた)










                        




 今年は近傍の畑にも迷惑を掛ける訳にいかないと、4月下旬から頑張って鎌をふるっている。
1日2時間程度の労働を3日もすれば、畝間や周囲の雑草はほぼ刈り取ることができるが、10月までは月に2回程度は強い紫外線を受けながら頑張らなければならない。


 防虫ネットを持ち上げるように成長した夏野菜の苗、雨に傷むこともないだろうとネットをはずし高い添え木に替え、蔓物のキューリ、ゴーヤ、ナタマメにはネット張る。



                      (春ジャガ:キタアカリの花)




 母の日に娘達から花が送られて来る。しかし、息子からは何の音沙汰もない。男は分かっていても中々実行が伴わない。親子して私も同じである。
デイケアーの無い日には、時々SDが昼食を作って二人で出掛けてお袋と一緒に過ごしているので、母の日といって改めて何かをする必要は無いと思っていたが、SDはお袋の為に朝から黙して料理に励んでいる。口には出さないが感謝はしている。
 ついでながら、7・8本の苗で、日々レジ袋の半分程度収穫のあるキヌサヤとスナックエンドウ、レタス、そして初めて植えたゴボウ、時期を遅くして定植したので出来が悪く小玉ばかりの早生タマネギもお土産にする。  
 3時間ほど元気なお袋を前に兄弟達と実家で寛いだ後、野菜のお裾分けを持ち30分ほど走って娘宅に孫達の顔を見に行く。

                                                              (ジャガイモの葉の上で雨をじっと待つ青ガエル)



# by 1944tourist2004jp | 2012-05-14 23:02 | 家庭菜園 | Trackback | Comments(8)
「思いもかけない宝満山」
 平坦な人生を望んでも、神は万人に想定外の山あり谷ありの一生を準備している。
山も然り。事故に繋がるようなことは決して起こって欲しくないが、予想外の事態が必ず待っている。
 嬉しい一期一会だったり、思わぬ山野草の花に出遭ったり、また雄大な景色だったりと期待以上の機会に恵まれることもあれば、期待に反して変化の無い鍛錬登山に終わることもある。
 限られた時間での山登りといえば、私にとっては宝満山である。今日はどのルートにするか。
お気に入りコースであり、初夏向きといえば渓流の提谷コースしかない。
65号線から萌黄色にパッチワークされた山肌の鄙路へと入って行き、登山口から20mほどの駐車可能な路肩に先客に並ぶように留める。

 春霞なのか黄砂なのか分からないが、好天にしては清澄感が全く無い。
簡易舗装の道路を準備運動がてらゆっくりとした歩調で登って行くと、昨年と様相が全く違う。岳麓寺コースに似た雰囲気の登山口の筈が、切り払われた樹林の中に無味乾燥な瓦礫が敷き詰められた広い道が通り、驚いたことに提谷コースへの進入が禁止になっている。
その警告文が「民地につき、不法侵入として写真を撮り所轄へ通報します」と、一瞬立ち尽すようにえげつない立看板。
おまけに、→と伴に書かれた“シラハゲ登山道”の看板に、腹立たしさを仕舞い込むこができず、ペースを忘れて“シラハケ道コース”へと踏み入れて行く。



 規模は大きくないが、大小の渓流滝が連続する谷あいの土地柄を如何様に利用するのか分からない。山間ながら下には田園があるので水を独占利用することはできない。産廃を廃棄するにも地形上中々難しい。砂利採取なのだろうか。

 額を伝う汗と伴にいつしか気分も和らぎ、渓流を春の芽吹きに切り替え、新緑を写真に収めながら変化に乏しい山路を急ぐ。




 百日絶食記念碑から紅葉谷コースへと苔生すゴロ石のルートへと入って行くと、高木のもみじが陽に透けて美しい季節感を醸しだしている。



 順路に沿って尾根コースと紅葉谷コースの分岐点を通り“普池の窟“に入る。窟の中で手を合わせ先を急ぐ。



前回は仏頂山からの縦走路に出たので今回は宝満山へと、うさぎ道との分岐点にでる。

 稚児落としの懸崖を見ながら山頂へと鎖を頼って上がって行く。社前の石段は老人ホームの集いに似て、私と同じ前・後期高齢者で賑わっている。幸せな光景である。
分け入って祠に手を合わせ、博多湾を見下ろす岩頭で冷えたパインとバナナで腹ごしらえをしてキャンプ場へと下って行く。


 7・8人の男性がログハウスの防腐塗装をしている。同じような年齢に心易く話し掛けると、今の作業を「西鉄山友会が竈神社に寄贈した後、ボランティアーで管理補修しているんですよ」と手を休めることなく紹介してくれる。
 「提谷コースに入れなくなっていますね!」と問いかけると、やはり皆さん方も私同様この山で一番のお気に入りルートであったらしく、至極残念な面持ちで暫し会話が飛び交う。行政にお願いしているが民有地という事でどうにもならないらしい。
民有地の上部が分かれば尾根越えの渓流ルートも開けると思うが、世話している彼れもご存知ないようである。



 慰労の挨拶をして、水場の脇を登り抜け“普池の窟“の上部の分岐点に出る。窟に近づくと読経の声が岩に反響するように野太く聞こえて来る。一心不乱に経を唱えている白装束の男性に気付かれまいと、留ること無く離れる。
 下りは紅葉谷コースとの分岐点から落葉の喬木林に赤テープを頼りに尾根道を下りて行く。

「昨年、提谷コースを歩いた時の写真」














# by 1944tourist2004jp | 2012-05-10 10:41 | 山登り | Trackback | Comments(8)
「勘違い山登り」(2)
 防虫ネットを押し上げるほどに成長した夏野菜。
ネットを外し、高い竹の添え木に替える作業をした後に水遣り、そして春ジャガの土寄せをすると概ね2時間。自家消費に毛の生えた程度の菜園だが、農作業は慣れないせいか山登りに比べエネルギーの消耗が激しい。

”ヤーコン”の芽吹き。菜園仲間に頂いた種芋を13個ほど植えていたが、先週から順次芽を出してきた。

   
 眼下に由布の町や対面の倉木山、そして遥か彼方に九重山群の壮大な眺めが蒼天の下に広がり、早朝登山の方々が一人・二人・三人と下りて来る。
















 GWの最終日とあって、小学生、山ガール&ボーイ、カップルが多く、ドブネズミ色の多い常の老齢登山と様相が一変。特に話し掛ける相手も居ず、路傍の花に注意しながら登って行く。

 マタエへ一気に登り詰め、ザックをデポしてゴロ石の東峰へ、そして踵を返すように険難の西峰へ行くと、岩肌に渋滞ができている。














1時間ほどかけて2峰から大観を堪能しさっさと下りて行く。


“知る人ぞ知る花の宝庫”とも“由布岳の絶好ビューポイント”とも紹介されている倉木山を望見した時に、午後の山として心密かに決めていた。

 1時間程度で登山口に出て、間食として持って来ていたバナナを1本食べ、直ぐに倉木山へと向かう。やまなみハイウェー から外れ牧場への斜面を登って行くが、所々に路肩が広くなり細い道ながら離合もできるようになっている。


 舗装が切れて程なくすると4台の車が留っている。空きスペースに留め、車の前に2本のパイプ椅子を置いているカップルに登山口を訪ねると、「この先10mほどの所です」と快く教えてくれる。



その初々しい二人雰囲気からして新婚さんだろう。山を遠望しながらのランチを準備している二人に「ごゆっくり!」と声を掛け登山口に向かう。

 セメント舗装の牧野道緩斜面を2・300mほど上がって行くと、Uターン場所なのか広く舗装され、ここから本格的な登山道になる。

 樹林の緩い登りを10分程歩くと、山麓コースと急斜面コースの指導標が立っている。

傾山の11時間を考えれば選ぶ道は自ずと決まっている。下りを膝に負担のかからない緩斜面とする。

 根子岳東峰の大戸尾根コースに似た黒土の急坂は滑り易く肢への負担も大きい。小休止をしないまでも時々息を整えるため木の根を利用して立ち止まる。
 途中、蒼穹に端麗な由布岳を振り返る。景色に点景が欲しい。しかし、花も無ければ、Oさんも“曙つつじ”さんもいない。


分岐点から25分程度でミヤコザサの肩に出る。


万年山山頂を思い出しながら、胸ほどに伸びたササをかき分けながら歩調が上がって来る。中ほどに来てやっと満開のミツバツツジがある。

 赤い杭を頼りに三角点に出て、山麓コースの分岐点から山頂へと向かう。
山頂からの由布岳は灌木に裾野を隠され、残念ながら中腹からの眺望に劣る。
5分程度で山頂を後にして、九重山群を左に見ながら細いが踏跡のしっかりしている斜面を下って行く。



山頂から30分ほどするとやっと斜面が開け、急坂ミヤコザサコースと違った味の由布岳を見る。



# by 1944tourist2004jp | 2012-05-07 20:34 | 山登り | Trackback | Comments(4)
「勘違いの山登り」(1)
            (倉木山山麓コースからの眺望)
 「早とちり、勘違い、物忘れ」と認知症の予備群になりつつある私であるが、昨日GWの最終日を“由布岳の山開き”と思い込み、早朝から大分自動車道を走る。
湯布院の町から見上げる双耳峰は、晴天に薄らと雲を棚引いて皆さんを待っている。

 8時過ぎ、満車に近い正面登山口の駐車場に来るとその気配が全くない。隣で準備をしている男性にそれとはなしに確かめると、「そうですか!」怪訝な顔をされる。
「来た以上は眼前に聳然とした美峰に登る以外にはない」と、気を取り直して登山靴に履き替える。


 
3月下旬の野焼き直後から一変して、山麓の蒼然とした生命感が溢れる牧野の中に踏み入れて行く。

 先日の傾山と違い、今日は山守のOさんがコツコツと整備している登路に一人である。
初めてお会いした時は、山路が崩れないよう斜めに溝を掘り丸太とゴロ石を利用して土留めの作業に汗を流していた。それ等の場を見る度に思い出すOさんの屈託のない笑顔。
整備された道は山の景色に同化しているので、登山者の大半はその汗と苦労に気付いていないだろう。




また、登山客が道から外れないように引いているロープの先はゴム管で緩く木に結わえてある。Oさんがザックに利用していたガス用の硬質ゴムである。
木に直接ロープを括っていると、太くなる幹に管理が追いつかず瘢痕が形成されて痛ましい姿になっているのをよく見かける。  

(鹿嵐山で必死に頑張っていた木2例)





                    







 眺望も花も無く、前後を歩く人も無く、淡々と登っていると色んな事が浮かんでくる。
一昨日、朝8時前に玄関のチャイムが鳴る。
朝の準備をしているSDに代わり、「こんな早くから誰だろう」と思いながらドアを開けると、新聞を差し出す手は名古屋に転勤した末娘。姉家族が遊びに来るのに合わせ、急遽深夜バスで帰って来たようだ。
 いつも予想外の行動をする娘。ワークホリデイのNZで1年間過ごした時も、私達に連絡もなく突然帰って来たし、こう言うところだけは私に似てる。
かなり自由にさせている積りだが、何処かで過干渉の親を少し牽制しているのかも知れない。
お互い親離れ子離れしなければならないが、親と言うのは死ぬまで子供のことが頭から離れない。白寿のおふくろが未だに私を子供扱いするように、親子の心情は年齢に関係ないようである。

















 喬木林が徐々に丈を低くして木漏れ陽が溢れ、額から流れる汗が眼に沁みて来る。ザックの天蓋に入れていた“傾山山開き”の記念品バンダナを取り出す。


 軽登山ながら山登りをしている者として、北アルプスで遭難された方々に陰ながらご冥福をお祈りします。
# by 1944tourist2004jp | 2012-05-07 12:53 | 山登り | Trackback | Comments(0)
「傾山とアケボノツツジ」(5)
 ガレージの上でやっと咲いたスズラン。手入れの少し悪い鉢植えで、今年は花芽が何となく小さく感じる。

一方、昨年洗わないまま孫達の口に入った鉢植えのサクランボは大粒が十数粒実っている。熟れ頃に孫達が来るので、今年も彼らの笑顔と伴に消えることだろう。



 昼下がりに「夏野菜の苗は如何か」と畑に行ってみると、雑草を刈遅れた畦が黄色や白と花畑になっている。
苗の方は防虫ネットのお蔭で雨による土跳ね等での傷みは全く無い。朝のスープに入れてくれるだろう少しばかりのスナックエンドウとキヌサヤを収穫して帰る。


 私達が待っている所へやって来たOさん、二言三言と交わしながら弁当を開く。Oさんに促されるように、遅まきながら私自信を少し紹介する。
















 取材ヘリコプターも去り、登山者が三々五々と下山して行く中、私達も予定通りに坊主尾根コースへと山頂を後にする。








ガレ場を下り五葉塚に来て深呼吸しながら深山と幽谷を一望にする。









 其処から間もなくして水場コースとの分岐点に出て、私達は下りだが健脚コースの三ッ坊主へと最初の登りに就く。三ツ尾経由で登って来た方々は倒れんばかりに肩で息をしながら、Oさんに「あとどのくらいでしょうか」と訊ねてくる。その度に大きな声で「もう少しですよ」と、5割引程度の時間で励ます。

ここから岩峰をすり抜けるように、梯子や補助ロープを利用しながら幾度かのアップダウンに汗を掻く。



 狭い岩峰の溝のような所に来ると急崖の間から覗く祖母山に発する本谷山から笠松山への偉観の山稜が広がり、路傍には点々と咲くアケボノツツジ。



そして、東側は身の毛もよだつような峻険な崖、一方西側の緩い斜面には喬木の疎林が広がる。このような繰り返しだが決して飽きることは無い。

 途中、倒木に腰を落として休憩する以外は、3人共淡々として疲れを見せることも無く歩調は順調である。
中でもYさんの下りは後ろの二人を必ずと言ってよいほどに引き離す。

 その間、Oさんの冗談は途切れることはない。そして、時には山での色んな知恵を語ってくれる。
食用にできる葉と毒性のある葉の見分け方や赤松の外皮と幹の間の肉は緊急食料としてOKだとか、30cmほどの猿の腰掛を見つけると制癌剤としての利用の仕方をこと細かに紹介してくれる。






 いつしかタフな三ッ坊主を抜け、水場コースとの合流点に出ると後は下り一本となる。腐葉土が幾重にも積もったような弾む道に、前の二人は北アルプスの山行などを語り合いながらペースが上がっていく。




 林道まで下って来た時は既に5時半を回っていた。しかし、立夏を間近にすると流石に明るい。林道を最終の休憩として、甘夏とジュースのお裾分けを頂き恐縮を重ねながら、その冷たい酸味に身体の安らぎを覚える。







10分程度腰を下ろした後、山路に入って直ぐに“落下注意” の看板を横に見ながら観音滝の口に当る渓流を渡渉する。

昨年、宝満山の渓流で苔に滑り半身水浸しとなりカメラを修理不能にした経験を踏めば、私もどちらかと言えばリスク高き人間かも知れない。
斜面を上り詰めてその腹を歩いて行くと、樹間に白い筋を引く観音滝を遠望する。直瀑の芥神ノ滝に比べやや傾斜のある渓流滝かも知れない。



 陽が届かず薄暮前の道を20分ほど下って行くと鉱山跡の駐車場に出る。お二人にお礼の握手をさせて頂き、ライトを付けて鄙路を帰路に就く。
# by 1944tourist2004jp | 2012-05-02 22:19 | 山登り | Trackback | Comments(6)


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